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猿之助事件、新たなもう一つの見方

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:イメージマート)

■疑問の多い事件

 今までの報道内容から推測すると、次のような事実を前提にして事態が動いている。

 第一に、どうも死因がはっきりしていない。体内から向精神薬が検出されたということは事実のようだが、多くの医療専門家の話によると、猿之助が飲ませたと言っているあの薬の量(10錠ほど)で死亡することは「ほぼ不可能」である。「致死量に近い」薬物が検出されたと表現している記事もあるが、これはどういう意味なのか。その薬物だけでは死ねなかったということなのか。

 第二に、そうすると(猿之助は、ビニール袋をかぶせてテープで留めたと供述しているようなので)「窒息死」の可能性が出てくるが、遺体からそのような兆候は確認されておらず、ビニール袋をかぶせたという行為が直接的な死因にはつながっていないことが判明したとのことである。

 結局、亡くなった両親がどのような経過をたどって死亡するに至ったのかが不明だということになる。なぜ、これが向精神薬を飲んだことが死因だったと結論づけられるのか、まったく不明である。

■自殺関与罪には2種類の行為が規定されている

 第一は、他人の「死にたい」という願望に、殺害行為を行なうことで関わる場合である。依頼を得て殺害する嘱託殺人罪と、同意を得て殺害する承諾殺人罪とがある。ともに、死にたいという人に対して、殺害行為でその希望を叶える行為である。

 第二は、他人の自殺に殺害行為以外で関わる場合である。そもそも自殺する気のない者に自殺をそそのかす自殺教唆罪と、自殺の希望を叶えるために、死に場所に連れて行ったり、ロープや毒薬などを調達したりする自殺幇助罪がある。この場合、それらの行為は殺害行為ではなく、それだけでは決して死の結果が生じないことが特徴である。最後の一線を越えるのは、あくまでも自殺者本人である。

■猿之助事件の場合

 両親が「死ぬ」という意思を何らかの方法で表明しており、猿之助が向精神薬を準備して飲ませたならば自殺幇助か自殺教唆であり(死因は向精神薬による中毒死)、薬を飲んで眠っている両親にかれがビニールをかぶせて、これによって両親が死亡したならば嘱託殺人か承諾殺人である。

 そして今明らかになっているのは、死因が少なくとも(猿之助の行為による)窒息死ではなく、両親が飲んだ向精神薬の中毒死(の可能性)ではないかということである。

 しかし重要なのは、専門家の意見では、報道されているあの向精神薬で死ぬことは「ほぼ不可能」ということである。一般の診療内科等では、おそらく一回に処方されるのは30日分(30錠)が限度だということになっていると思うが、報道にあるように10錠で致死量(あるいはそれに近くなる)ということならば、今の医療の実際はあまりにもリスキーだということになりはしないか。

 なお、死の危険性を高める行為が自殺幇助であるという考え方もないことはない。しかし、この場合は、最初の自殺者が行なった行為じたいが死の危険性を含んだものでないといけない。その行為にそもそも死の危険性がないならば、殺害行為を行なっていない幇助者がいくら行為しても、死の危険性が高まったということにはならない。本件でいえば、両親が飲んだ薬の量では医学的に死ねないならば、両親に命の危険はなく(いずれ目が覚める)、猿之助の幇助行為が死の危険性を高めたとはいえない。

 しかし、かれがビニール袋をかぶせていたとなると、話はまったく別であり、その場合は、かれが死の危険を高めたのではなく、新たに死の危険を創設したのである(つまり殺害行為を行なった)。

■結論

 今後、猿之助があくまでも自殺幇助罪で起訴されたならば、そして私がかりに猿之助の弁護人ならば、以下のような弁護を行なって、かれの行為は刑法的には軽いものだったということをまずは主張するだろう。

 自殺関与(自殺教唆・自殺幇助)も、同意殺人(嘱託殺人・承諾殺人)も、自殺者(両親)が死亡したことによって既遂となる。

 本件の場合は、両親が飲んだ薬によって死亡したという因果関係が十分に証明されているとはいいがたく、両親の自殺そのものが刑法的には未遂と評価されるべきである(あの向精神薬による中毒死については法廷で科学的に反証可能)。すると、幇助行為を行なったとされている猿之助の自殺幇助もまた未遂となる(刑法203条)。

 また、かりに猿之助が両親にビニール袋をかぶせたことが死につながったとしても、死因が窒息とは確認されておらず、またビニール袋もすでに捨てられており、この点の客観的証明も不可能である。よって、かりに猿之助が(ビニール袋による)同意殺人に着手していたとしても、因果関係の証明が不十分であり、やはり未遂と考えざるをえない(刑法203条)。(了)

ー刑法の条文ー

(自殺関与及び同意殺人)

第202条 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮に処する。

(未遂罪)

第203条 第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。

【参考】

  1. 「猿之助逮捕」の報道に接して(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  2. 猿之助の「自殺幇助」には疑問がある(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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