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「猿之助逮捕」の報道に接して

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:イメージマート)

 容疑は(母親に対する)自殺幇助ということである。自殺幇助とは、他人の自殺を手助けするということであるが、なによりも死因について疑問が残る。

 司法解剖の結果、死因は向精神薬による中毒死だということである。好ましいとは思わないが、すでにマスコミ報道で実際に使われた薬物名が公になっている。報道では、猿之助に処方された薬を、かれが両親に手渡したといわれている。量としてはそれが大量であったとは思われないし、医療の専門家の間では、この薬だけで死に至ることはほぼ不可能だという意見である。

 報道では、亡くなった両親の顔にはビニール袋がかぶせてあり、猿之助が両親の死亡を確認してからそれを取り除き、薬のパッケージとともにゴミとして処分したという話もある。

 これらを総合すると、死因が薬物による中毒死だとする警察発表には疑問が晴れない。もしも死因が中毒死以外で、かりに窒息死だとすると、実際に手を下して両親の命を止めたのは猿之助だということになり、自殺幇助の仮定が揺らぐことになる。

 自殺幇助(教唆)と同意殺人(嘱託・承諾殺人)は、同じ条文(刑法202条)に規定されているが、両者を分かつものは、猿之助が殺人行為を行なったのかどうかである。殺人とは、法的に定義すれば、「故意に他人の生命を自然の死期に先立って短縮させること」であり、かりに死因がビニールをかぶせたことによる窒息だとすると、まさにこの定義に当てはまることになる。ただし、その場合には、亡くなった人が死ぬことに(真に)同意していたことが前提であり、本件の場合には、段四郎さんも母親も、死ぬことについての同意を猿之助に伝えることができたのかどうかが問題になる。この同意は、うなずくなど動作で伝えることでもよく、かならずしも言葉で伝えなければならないということはないが、当時の心身の状態から死の意味を理解でき、自分が死ぬということについて納得できたような自由な状態でなければならない。

 ただ、両親の遺書も残されていない中で、情況証拠だけで当時の心理状態を推論することには無理があり、猿之助の自供を前提に最低自殺幇助は成り立つだろうということだと思う。

 今回の逮捕はあくまでも母親に対する自殺幇助ということであり、今後、段四郎さんの死亡に関してはさらに捜査が尽くされることになる。

 もしも段四郎さんが死の意思を伝えることもできず、それどころか死そのものを理解できなかったような精神状態であったとすれば、自殺関与を超えて殺人(無理心中)という話にもなってくる。その場合はいわゆる尊属殺人(親殺し)ということになり、情状としてはかなり重い。尊属殺人罪は、かつては刑法典に規定があったが、法定刑が「死刑か無期懲役」と極端に重く、最高裁が昭和48年に尊属殺人を普通殺人よりも重く処罰するのは法の下の平等に反するとして違憲判決を出し、平成7年に刑法典から削除されていた。しかし、古来、親殺しは人の根本的な道義に反する重罪だとしてきた歴史があり、情状は今でも決して軽くない。

 最後に動機の点も釈然としない。家族会議を行ない、死んで生まれ変わろうとみんなで合意したということだが、報道されると事前に言われていた猿之助のセクハラ・パワハラ疑惑記事を考えると、かれ自身については自殺という行動に出ることは分らないでもないが、両親を巻き込んで一家心中に及ぶほどの動機となるかといえばやはりこれにも納得できない部分も残る。(了)

[追記]

1.「猿之助逮捕」の報道がありましたので、タイトルおよび本文の一部をそのように修正いたしました。

2.画像について、先代の市川猿之助の画像を誤って使用していたので、お詫びし修正いたしました。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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