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大麻使用罪必要論の再考を

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:西村尚己/アフロ)

 国会に提出される予定の大麻取締法改正案の具体的内容が明らかになった(1月25日付け読売新聞)。厚労省の大麻規制検討小委員会における議論内容から予想されていたことであるが、改正案は、大麻由来の難病治療薬を使用できるようにし、また現行法には存在しない「大麻使用罪」を創設するとのことである。

 大麻使用罪創設をめぐる議論については、次の二点が重要であり、十分な議論が尽くされた結果だとは言いがたい。

第一は、大麻規制に関する世界の現状である。

 大麻の取締りについては、大麻の危険性が他の薬物(アルコールやニコチン、ヘロインやコカイン、覚醒剤など)に比べて相対的にかなり低いという世界的な共通認識と、大麻を非常に危険な薬物の一つだとみなしてきた、国内の薬物規制政策とがますます乖離してきているという現実がある。

 昨年、アメリカのバイデン大統領は、アメリカがマリファナ(大麻)を犯罪の問題としてとらえて厳罰に処してきた過去数十年来の懲罰的対応(処罰によって大麻利用を抑えるやり方)は誤りだったとして、180度の方向転換を表明した。これは大麻に関する公共政策を犯罪問題ではなく、医療の質という観点から見直す画期的なことである。

 世界にはすでに大麻を合法化した国もあるし、ヨーロッパでも大麻規制の大きな緩和政策が進められている。明らかに世界の流れは、薬物規制を犯罪の問題としてではなく、医療の問題として捉えようとする考え方に変わってきている。

 大麻を使用した者に対して、なぜ処罰という対応を取るべきなのか。この点の説得的な理由が、上記検討小委員会の報告書からは読み取れない。他国の状況を見れば、違法という評価は維持しながらも、刑罰ではなく(交通違反に対する反則金のような)前科のつかない行政的な制裁を選択している国もある。このような選択肢をなぜ取れないのか、その理由が知りたい。

 確かに何十年も実施されてきた厳格な大麻規制を緩めることには、ある程度の公共政策的なリスク(消費量の増大や未成年者への提供、交通事故など)が予想される。しかし、規制緩和の利益と、その公共政策的なリスクをいかに管理し、最小化すべきかについて、すでに大麻を合法化した国や地域の例を研究し、参考とすべきである。この点において、日本の議論は必ずしも十分だとはいいがたい。

 大麻使用罪という犯罪を創設して、とくに若者たちを処罰していくことは、薬物問題への真の解決になるのだろうか。

第二は、国際条約の問題である。

 現在、世界の薬物規制についての基本的な枠組みとなっている基本条約は、次の3つの条約である。第一は、1972年の議定書で改正された1961年の「麻薬に関する単一条約」(単一条約)であり、大麻の栽培、所持、消費、販売が禁止されている。アメリカがこの条約の主唱国であり、大麻を危険薬物とすることを世界に強くアピールしたのであった。第二は、1971年の「向精神薬に関する条約」で、このときに合成麻薬が違法薬物のリストに加えられた。第三は、1988年の「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国連条約」で、国際的な麻薬カルテルの台頭への対策が取られている。

 これらの条約の中でも、とりわけ単一条約が重要で、大麻を医療用や科学研究用の例外を認めないという厳格な禁止政策の根拠とされてきた。同条約は、大麻をもっとも厳しい分類に位置づけ、大麻の生産、所持、流通を違法とすることを加盟国に求め、各国はこれを遵守して世界の大麻規制についての協力体制を築くために、大麻を処罰する国内法を制定してきたのであった(ただし、各国は法律の制定にあたってそれぞれ自国の「憲法原則と法体系の基本概念」を考慮することはできる)。

 日本も例に漏れず1964年に単一条約に加盟し、この枠組みに沿ったかたちで国内の大麻栽培や所持などを懲罰的観点から厳しく取り締まってきた。

 しかし、2020年に国連麻薬委員会は、世界保健機関の勧告に従って大麻の扱いをもっとも厳しい〈付表Ⅳ〉から削除し、一段階降格させて規制を緩めるための決定を行なった(投票の内訳は、賛成27か国、反対25か国、棄権1であり、日本は反対に投票した)。改正案で示されている医療への大麻利用は、この決定に沿うものであるが、政府内に大麻規制の抜本的な非犯罪化が進まないのは、この条約の存在も大きいのではないかと思われる。

 ところが皮肉なことに、国際的な薬物規制の枠組みを構築し、大麻の禁止を世界に強く訴えてきたアメリカの多くの州で大麻規制の緩和が進んでいる。大統領もアメリカ政府が従来取ってきた大麻に対する懲罰的対応は誤りだったと認めているのである。遠くない将来に、アメリカ全体が大麻非犯罪化(あるいは合法化)に踏み出す可能性は大きい。そうなると各国に大麻の懲罰的規制を強く勧めてきたアメリカとしては、世界に対してこの考え方が誤りであることを訴えることこそ、道義的に正しい選択だといわざるをえない。

 日本の大麻取締法(1948年制定)が、当時日本を占領統治していた連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の強い圧力の下で制定されたことは周知のことであるが、その背景には当時のアメリカ政府が取ってきた不寛容主義に立った大麻政策が強く影響している。したがって、上のような国際状況の中で大麻使用罪の是非、必要性について根本的な議論をすべきではないだろうか。(了)

【参考】

  1. 日本の裁判所は大麻の有害性についてどのように述べてきたか(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  2. 大麻取締法制定の裏事情―大麻使用の犯罪化を考えるまえに―(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  3. 行為を犯罪化する意味―話題の「大麻使用罪」―(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  4. 大麻使用罪は本当に必要なのか(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  5. 大麻取締法に使用罪が存在しない理由(1)(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  6. 大麻取締法に使用罪が存在しない理由(2)(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  7. 大麻取締法に使用罪が存在しない理由(3完)(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  8. 大麻に烙印を押した男(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  9. 政府の公式見解を尋ねたいー大麻が合法な国との関係(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  10. アメリカが大麻非犯罪化に動き出した!ー人びとはなぜマリファナとかくも懸命に戦ってきたのだろうかー(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
  11. タバコから考える 大麻の望ましい規制は?(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース
甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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