■はじめに

 阿武町誤振込み事件で山口地検は、6月8日、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)で容疑者を起訴しました。

 これについては、私はすでに同罪の成立は難しいとする論考(下記)を発表していますが、今回の起訴を受けて、改めて検討しました。

■電子計算機使用詐欺罪について

刑法246条の2(電子計算機使用詐欺)

 前条に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、10年以下の懲役に処する。(太字は筆者)

要件

 この条文は、コンピュータ・システムの悪用に対処するために、昭和62年(1987年)に刑法一部改正によって設けられたものです。

  • たとえば、銀行員が自己の口座に架空入金を行い、預金情報だけが処理されたような場合、あるいは奪った他人のキャッシュカードを使ってATMを利用して預金情報を移動させたような場合、ともに現金(物)を奪ったわけではないので窃盗罪は成立せず、また人をだましたわけでもないので詐欺罪も成立しません。本条はこのような処罰の隙間を埋めるために新設されました。

 本罪の行為は、コンピュータに「虚偽の情報」あるいは「不正の指令」を与えることです。

 本件では、自己の口座に振り込まれた(誤振込みの)預金データを新たに別の口座への振込のために入力したことが「虚偽の情報」を与えたといえるのかが問題になっています。

  • たとえば、架空の入金データが「虚偽の情報」の典型です。つまり、入金の事実がないのに、それがあったとする嘘のデータ(情報)が、端的に「虚偽の情報」にあたり、それを入力することによって顧客の元帳ファイルに記録されている口座の残高情報が改変され、それが「不実の電磁的記録」だということになります。行為者はそのことによって事実上預金を自由に処分することができる状態になったわけで、これが「財産上不法の利益」を得たことに当たります。
  • なお、「不正の指令」とは、プログラムの改ざんや不正なウイルスを忍ばせる行為が典型であって、それによって自己の口座への実態に反する振替入金を行なうような場合です。本件の場合は、これには当たりません。

 本罪は特殊な犯罪ですからそれほど適用例は多くはありませんが、いくつかの裁判例がありますので、それを紹介して「虚偽の情報」の意味を明らかにしたいと思います。

裁判例

 まず、銀行員であった被告人が、顧客の口座から自己および第三者の口座に不正に160万円を振替入金したという事案があります(第一勧銀事件)。これについて、裁判所は、振替入金の事実がないにもかかわらず振替入金があったとする情報が「虚偽の情報」であると認定しました(大阪地裁昭和63年10月7日判決)。

 また、同じく銀行員であった被告人が、オンライン端末を不正に操作して、実際には振込み依頼を受けた事実がないにもかかわらず、架空の伝票類を作成し、共犯者の口座に10億円ほどの振込入金処理を行なったという事案があります(青梅信金事件)。これも裁判所は、実態に合わない情報が入力されたとして、電子計算機使用詐欺罪を認めました(東京地裁八王子支部平成2年4月23日判決)。

 さらに、信金の支店長であった被告人が、振込入金の事実がないのにあったとする虚偽の情報をコンピュータに入力して自己の預金残高を増加させたという事実について、検察官が電子計算機使用詐欺罪に当たるとして起訴した事案を、裁判所は支店長が行なった振込みじたいは入金や送金が架空のものとはいえないので同罪は成立しないが、特別背任罪(商法486条)に当たるとしたものがあります(東京高裁平成5年6月29日判決)。

 これらの裁判例においては、入力された情報に符合する入金や送金実体があるかどうかという観点から虚偽性が問題になっていますが、クレジットカードやキャッシュカードのように、原則として名義人のみの使用が前提とされている場合に、これを奪った他人が悪用し、カード番号などを入力して被害者の預金データなどを移動させた場合も問題になります。事例としては、最高裁平成18年2月14日決定の事案があります。

 これは、被告人が窃取したクレジットカードの番号等を使って電子マネーの購入の申し込みを行なったというものでした。弁護人は、カード番号は正規のものであり「虚偽」ではないと主張しましたが、最高裁は、「名義人本人が電子マネーの購入を申し込んだとする虚偽の情報を与え」たとしました。

 これらの裁判例から確認できることは、「虚偽の情報」とは、当該電算システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らして、その内容が真実に反する情報のことであり、入金等の入力処理の原因となる経済的・資金的な実体の伴わない情報、あるいはそれと符合しない情報だということになります。架空入金が典型例ですが、カードなどの正当な利用権限にもとづかない利用についても、入力された情報は「虚偽の情報」だとされています。

■まとめー改めて本件について

 起訴状には、被告人が、「振込依頼等をする正当な権限がないにもかかわらず、正当な権限に基づいて同口座からD銀行E支店に開設された前記C社名義の普通預金口座に400万円の振込を依頼する旨の虚偽の情報を与え」たとされています。

 この400万円は、阿武町が被告人の口座に誤って振り込んだお金の一部です。これについてはすでに指摘しているように、平成8年4月26日の最高裁民事判例で、誤振込みの場合であっても受取人には有効な預金債権が成立していると判断されています(銀行間のリセットである組戻しや不当利得返還請求訴訟などで事後的に是正することになります)。

 さらに、組戻しには誤振込みの相手方の同意が必要であり(最高裁平成12年3月9日判決)、誤振込みだと知って預金を引き出す行為は原則として権利濫用ではないとの最高裁民事判例(平成20年10月10日)もあります。

 確かに、刑事判例である最高裁平成15年3月12日決定においては誤振込みの事実を隠して銀行からお金を引き出した事案で詐欺罪が認められていますが、銀行に対して誤振込みであることを告げてお金を引き出す場合は、(銀行はだまされていないので)当然詐欺には当たらず、また銀行も最終的には引き出しを拒めません。

 本件でも、すでに銀行は誤振込みであることを知っていたので、詐欺は最初から問題になりません。だから、かりに本件の被告人が銀行の窓口でお金を引き出していたら詐欺にはならず、そして引き出した現金を改めて代金決済業者の口座に振り込んだ場合には電子計算機使用詐欺罪にもなりません(窃盗犯人が盗んだ現金であっても窃盗罪が成立するだけで、それをATMで送金しても電子計算機使用詐欺罪にはなりません)。

 要するに、本件では民法で裏付けのある合法な実体のある預金情報が入力されていますので、被告人が「虚偽の情報」を入力したとはいえない。これが結論です。

 不正な、あるいは不当な送金が電子計算機使用詐欺罪になるわけではないのです。

 今後の裁判の行方を注目したいと思います。(了)

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