■はじめに

 山口県阿武町の給付金誤振込み事件。口座から4千数百万円を引き出して使ってしまったと言っている誤振込みの受取人が、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)で逮捕されました。

 この電子計算機使用詐欺罪とはどのような犯罪で、この事件に適用可能なのかについて検討してみました。

■昭和62年にできた比較的新しい犯罪類型

本罪ができたきっかけ

 1980年代あたりからビジネスのさまざまな場面にコンピュータが使われ出し、これを悪用する事案が目立ってきました。とくに銀行のオンライン端末を不正に操作した巨額の横領・詐欺事件である「三和銀行オンライン詐欺事件」が有名です。

 この事件は、銀行員が銀行のオンライン端末を不正に操作し、あらかじめ架空名義で開設していた自己の口座に(数字だけを打ち込んで)1億8千万円ほどの架空入金を行ない、数時間後に東京に移動して、三和銀行本店から1億3千万円の現金を詐取したというものでした。

 結局、犯人には詐欺罪が成立し、懲役2年6月の実刑判決が言い渡されました。しかし、問題は残りました。

 詐欺罪という犯罪は、人を重大な事実についてだまして、だまされた人をしてその財産を移動させる犯罪です(たとえば、ガラス玉をダイヤだとだまして、だまされた人が高額で買い取る)。三和銀行オンライン詐欺事件では、結果的に犯人が東京の銀行本店で、実際に入金があったかのように行員を直接だましたので、詐欺罪が適用可能でした。しかし、ネットバンキングで行なう振込みや自動引き落としのように、資金移動にまったく人が介在しないシステムで、機械的に預金口座にある金銭を移動させてしまった場合には、だれもだまされてはいないので詐欺罪の適用は無理でした。

 そこで、このようないわば情報化社会において生じた〈刑法の穴〉を埋めるような形で、昭和62年に新設されたのが電子計算機使用詐欺罪なのです。

要件

(電子計算機使用詐欺)

刑法第246条の2 前条(注:詐欺罪)に規定するもののほか、人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者は、十年以下の懲役に処する。

 条文はかなり難解ですが、詐欺罪との対比で作られています。つまり、詐欺罪では、犯人が重大な事項に関する虚偽の事実を相手に告げて、相手を錯誤に陥らせて(だまして)、その錯誤を利用して、相手の財産を被害者自らが差し出すようにさせるわけですが、それと同じように、本罪の場合は、事務処理に使われているコンピュータに、(1)虚偽のデータを入力して、(2)財産権の移動などを記録しているファイル(データベース)を変更して虚偽のものを不正に作成し、(3)コンピュータによる自動処理によって不正な財産的利益を得たような場合に成立します。なお、「不正な指令」とは、プログラムの改ざんやウイルスなどを仕込んで誤動作させるような場合を想定した要件ですので、本件では関係ないと思われます。

 阿武町事件の場合は、容疑者が誤振込みされた4千数百万円の給付金を、ネットバンキングを利用して他の口座に移動させたという点で「虚偽の情報」が入力され、本罪が適用されたものと考えられます。

 なお、他にATMからも多額の現金を引き出しているようですが、これについては別途窃盗罪や占有離脱物横領罪の成否が問題となります(おそらくいずれ再逮捕があるでしょう)。

■阿武町の事件で電子計算機使用詐欺罪が適用された背景

 過去の裁判例から見るかぎり、「虚偽の情報」とは、入金等の処理の原因となる経済的な実体を伴わないか、それに符合しない情報のことを意味しています。阿武町の事件では、誤振込みが問題になっていますので、4千数百万円の入金情報が「虚偽の情報」なのかが問題です。

 以前ならば、誤振込みの場合、受取人には有効な預金債権(預金を引き出す権利)は成立しないので、正当な払い戻し請求権はなく、これを窓口で引き出すと詐欺になり、ATMから引き出すと窃盗罪、ネットバンキングで移動させれば電子計算機使用詐欺罪になると単純に考えられていました。

 ところが最高裁平成8年4月26日の民事判決が、誤振込みの場合であっても受取人には有効な預金債権が成立していると判断して、刑法の考え方に大きな混乱が生じました。

 つまり、毎日おびただしい数の、しかも膨大な金額の振込みが多数の(場合によっては国を越えた)銀行間で行なわれていて、振込みという仕組みは社会に不可欠の資金移動の手段である。だから、それが正しいかどうかを事前にチェックすることは不可能であり、実体のない誤って振り込まれたものであっても、それはそれとしていったんは正当なものとして扱い、後は当事者間ごとに「組戻し」(銀行間でのリセット)や「不当利得返還請求」などの事後的な救済手段を使って是正するしかないとしたのです。

 しかし、誤振込みの受取人は、いわばタナボタの利益を受けるわけですから、引出し行為が民法上は正当な権利であっても、刑法上はその権利行使が違法とされることがあるのではないかという意見が出てきて、論争になったのでした。

 すでに別稿(下記)で説明しましたので詳細は割愛しますが、平成15年に最高裁は誤振込みの事実を知りながら預金を窓口で引き出した行為について、預金債権は有効だとしながらも詐欺罪の成立を認めました(最高裁平成15年3月12日決定)。その理由は、銀行は誤振込みを正す組戻しを行なうことができたのに、受取人がその事実を告げずに預金を引き出す行為は、銀行の利益を損なうものであり、銀行との関係で詐欺行為にあたるというものでした。

 学説は分かれているものの、裁判実務の考え方としては、犯罪の成否は民法とは別に考えるのだという立場です。本件で警察が受取人に対して電子計算機使用詐欺罪の容疑を認めたのも、このような実務の背景があります。

■本件では「虚偽の情報」が入力されたのか

 本件のネットバンキングが、銀行の「事務処理に使用する電子計算機」であること、またそこで変更になった銀行の元帳ファイルが「財産権の得喪若しくは変更に係る電磁的記録」であることについては問題ありません。

 議論になるのは、容疑者が、電子計算機に「虚偽の情報」を与えて「不実の」電磁的記録(元帳ファイル)を作成したのかどうかという点です。

 「虚偽の情報」とは、問題となっている事務処理システムにおいて予定されている事務処理の目的に照らして真実に反する(実体に合わない)情報のことです。

 金融実務における入金、送金等が問題になっている場面では、三和銀行オンライン詐欺事件の架空入金のように、入金等の処理の原因となる経済的・資本的な実体を伴わないか、あるいはそれに符合しない情報のことです(東京高裁平成5年6月29日判決)。このような情報を銀行のコンピュータシステムに入力すれば、「虚偽の情報」を入力して「不実の電磁的記録」を作成したということになります。具体的な例を見てみましょう。

  • 金融機関が業務用に使用している電子計算機に対し、銀行員等がオンラインシステムの端末機を操作して預金口座に架空の振替入金や振込入金等があったとする情報を与えた場合(大阪地裁昭63年10月7日、東京地裁八王子支部平成2年2月4日判決、東京地裁平成7年12月26日判決)や、コンピュータを利用する電子決済システムサービスの1つである振込サービスを悪用して架空の振込入金の情報を電子計算機に与えた場合(名古屋地裁平成9年1月10日判決)などにおいて、本罪の成立が認められています。

 では、本件では「虚偽の情報」は入力されたのでしょうか。

 誤振込みであっても正当な預金債権はあるとした、最高裁の平成8年の判例を前提として考える限り、誤振込みの受取人は預金を法的に問題なく引き出せるのであり、これはいわば口座名義人の預金に対する支配権(占有)が認められたと解さざるをえません。確かに、一方では銀行の保管する金銭には銀行が事実上の支配権(占有)を有しており(だから銀行の金を盗めば銀行に対する窃盗罪となる)、これと預金者が自己の口座の金銭にもっている支配権とが競合するような状態になっています。しかし、預金者は優先的に契約にもとづいて自由に自らの預金を引き出せる権利があり、引き出した金銭についての所有権を取得します。平成8年の最高裁判決は、誤振込みの場合であってもこの預金債権が法的に有効だと認めたわけです。

 そうだとすると、本件容疑者の口座に振り込まれた4千数百万円に対して、彼は(誤振込みであっても)法的に有効な権利をもっているわけです(返還義務があることは当然です)。そして、電子計算機使用詐欺罪における「虚偽の情報」とは、入金等の事実がまったく存在しない実体に合わない情報(架空入金など)のことですから、本件の場合は、「虚偽の情報」を入力したことにならないのではないかと思います。

 確かに、詐欺罪の場合は、重要な事項に関して被害者の判断を誤らせる場合に成立します。この点について平成15年の最高裁決定は、預金債権は有効であるとの前提で、誤振込みの事実を隠すことは銀行側の調査、照会、そして組戻しなどの手続きを取る機会を与えることなく、銀行に直ちに払い戻しをさせたことによって銀行の利益を損なったとしました。しかし、電子計算機使用詐欺罪の場合は、要件は「虚偽の情報」の入力です。これは単純に事実と合致するかどうか、実体に合っているかどうかという観点から問題になります。普通の詐欺罪のように、「重要事項」について相手をだましたのかどうかという観点から判断されるものではないのです。つまり、本件では振込みがあったのかどうかという点だけが問題になるのです。

 このように考えると、本件容疑者は「虚偽の情報」を入力して「不実の電磁的記録」を作ったということにはならないのではないかと思われるのです。

■まとめ

 本件に電子計算機使用詐欺罪が成立するかどうかは、私は否定的に考えざるをえません。

 確かに、容疑者の行なった行為は、とんでもない行為で、なんと愚かなことをやったものかと思います。道義的には大いに非難されるべき行為です。しかし、それが犯罪となるかは別の問題であって、刑法で書かれている要件が満たされているかを慎重に検討する必要があります。そして、彼の行為は「虚偽の情報」を入力したのかという点において疑問が払拭できません。

 なお、ATMから引き出した場合は窃盗罪になるという見解もありますが、引出し行為そのものが民法上認められているので、それを窃取行為だと見ることも問題だと思います。その場合、行為者は(正当な)預金債権にもとづいて引き出しているわけで、民法上はその金銭について所有権を取得することになります。したがって、窃盗罪に必要な「不法領得の意思」(他人の物を不法に自分のものとする意思)も認められないのではないかと思います。

 さらに、占有離脱物横領罪という考えも疑問です。これは自らの(正当な)行為によって被害者の支配を離れた物を自分のものとしたということですが、これが占有離脱物横領になるならば、たとえば返却期限が過ぎてしまった図書館の本をそのまま利用している場合も、占有離脱物横領とならざるをえないと思います。

 以上のように犯罪の成立は難しいのではないかと思います。何度も言いますが、道義的にはなんと愚かなことをやったものかと思いますが、本件はいわば刑法の限界のようなケースではないかと思わざるをえません。(了)

参考