■はじめに

 最高裁第一小法廷(山口厚裁判長)が、コインハイブ事件について無罪の結論を出しました。

 本稿では、下級審で判断が分かれたのは何が問題だったのか、そして、最高裁はそれにどう答えたのかについて解説したいと思います。

■コインハイブ事件とは何だったのか

コインハイブ(Coinhive)とは何か

 本件は仮想通貨(暗号資産)に関して生じた事件ですが、そもそも仮想通貨とは、そしてコインハイブとは何でしょうか。

 仮想通貨もいわばデジタルのお金ですが、国が紙にお金としての価値(信用)を与えている円やドルなどの法定通貨とは根本的に異なります。

 仮想通貨は、特定のネットワークにつながった人たち(仮想コミュニティ)の中で「ある情報」を「お金」として認め合った上で「お金」として使用されているものです。いくつかの仮想通貨がありますが、一番有名なのはビットコインです(本件ではモネロという仮想通貨)。

 ここで大事なのは、データを「お金」として通用させるわけですから、改ざんをどう防ぐかということです。これに関しては数学的な仕組みを使って改ざんできないようになっています。

 例えば「AさんがBさんに○○ビットコインをあげた」という情報を仮想コミュニティにつながっている人全員で確認し、それぞれがその記録を保持することで情報の改ざんが不可能になり、仮想通貨に「お金」としての信用が与えられています。

 この確認の仕組みは、鉱物の採掘になぞらえて「マイニング」(採掘)と呼ばれています。具体的には、特定の取引記録を一方向で元に戻せないような文字列に変換する作業が行われます。これには膨大な計算が必要となる数学理論が関係しており、マイニングに成功すると仮想通貨が報酬として与えられます

 マイニングにはコンピュータの強力な計算パワーが必要なことから、現在ではユーザー個人のPCだけでマイニングを行うことは不可能となっています。

 そこで、たくさんの他人のPCを使えばどうだろうかというアイデアが出てきたわけです。

 コインハイブ社は、そのようなマイニングのプログラム(コインハイブ)を提供する事業者のひとつでした(2019年にプログラムの提供は終わっています)。コインハイブを使ってマイニングしようとする人は、それを自分のホームページに設置し、ホームページを見に来た多くの閲覧者に、ホームページを見ている間だけプログラムを実行してもらって、閲覧者のPCで計算をしてもらい、設置者がマイニングに成功すればコインハイブ社が報酬の3割を、そして設置者が報酬の7割を受け取るという仕組みでした。

 このようなことを閲覧者の同意を得て行っていれば問題はなかったのですが、本件の被告人はこれを無断で行っていたため、〈自分の金銭的動機のために勝手に人のPCを使うことは違法ではないのか〉ということで問題になりました。

 つまり、コインハイブのこのような利用方法は、設置者が「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」を自分のホームページに置いたことになって、「不正指令電磁的記録保管罪」(刑法168条の3)に該当するのではないかが問題になったのでした。

 なお、刑法でいう「不正指令電磁的記録」とは、自分のコピーを作って自己増殖し、宿主のPCに損害を与えるコンピュータ・ウイルスよりも広い概念であって、一定の動作だけをさせるようなものも含み、(1)反意図性と(2)不正性(反社会性)が認められるようなプログラムです。これらが本件の裁判でどのように議論されていったのかを次に見ていきます。

一審と二審の判断を分けたのは「反意図性」についての考え方

 一審の横浜地裁(平成31年3月27日判決)は、本件マイニング・プログラムを閲覧者が気づくことはなく、拒否もできなかったので反意図性は肯定できるが、本件当時、このような方法が社会的に許容されていなかったと断定することについては合理的な疑いが残り、反社会性があったとすることはできないとして、無罪を言い渡しました。分かりやすい論理です。

 これに対して二審の東京高裁(令和2年2月7日判決)は、反意図性の要件は規範的に判断すべきであり、当該プログラムの機能を認識しないまま使用することを一般的な利用者が許容するかどうかが重要であり、許容しないと規範的に評価できる場合に反意図性が認められるとしました。その上で、本件プログラムは、無断でPCの機能を使うものであり、閲覧者に利益をもたらさないから、一般的なプログラム利用者の観点から考えれば反意図性は肯定され、さらにこのようなプログラムは〈プログラムに対する社会的信頼の保護〉という観点からも社会的に許容されず、反社会性も肯定できるとして、有罪としました。

 両判決の結論を分けたものは、反意図性についての考え方でした。

 横浜地裁は、反意図性については、現実の個々の利用者の個別的な意図を問題にしており、本件では現実に閲覧者がマイニングに使われることに気づいていなかった以上、(現実の利用者の)意図に反したと結論づけています(しかし、反社会性があるとまでは言えないとして無罪)。

 これに対して東京高裁は、プログラムの一般的な利用者の意図を規範的に問題とすべきだとしたわけです。この部分は確かに分かりにくい点だと思います。東京高裁はなぜこのような考え方に立ったのでしょうか。それは、不正指令電磁的記録に関する罪が、通貨偽造罪や文書偽造罪などの罪の後に位置づけられており、通貨や文書などに対する社会的な信頼を保護するための犯罪類型と同じように、プログラムに対する社会的信頼を保護するものとして構成されているからだと思われます(社会的法益に対する罪)。節を改めて説明します。

「意図」は規範的に判断すべきなのか?

 不正指令電磁的記録の罪と同じように、社会的法益に対する罪である文書偽造罪について、判例と刑法学の多数説は名義人の意思を規範的に理解しています。

 例えば、成績の悪いAが勉強の良くできるBに「替え玉受験」を頼み、承知したBはAの代わりに受験し、答案に「A」と書いたとします。

 他人名義の文書を作成するというのは、(秘書が社長から頼まれた場合のように)普通にあることですが、この事例の場合は試験の答案という代筆が試験という制度上許されない文書ですので、規範的な観点からAの意図は無効だと考えられています。つまり、規範的な観点からはAの意図は無効なので、BはAの名前を勝手に使ったことになり、文書偽造罪が成立するとされています。

 このように文書の社会的信用性というものを考えたとき、当事者の意図は規範的な観点から判断されるというのが刑法のルールなのです。

 どうも東京高裁はこの発想に引きずられて、電磁的記録(プログラム)の社会的信用が問題になるのだから、反意図性は規範的に判断されるとしたのではないかと思われます。

 しかし、文書偽造罪の場合は、文書の信用性を裏付けるのは、領収書や証明書などの文書がさまざまな証明手段として使われるという〈文書という制度〉が問題になっていますので、当該文書の違法性について、当事者の意図の有効性をより高次の規範的な観点から問題にして決めるのですが、コンピュータ・プログラムの場合はこれと異なり、当事者の意図を規範的に判断する必然性はありません。

 何よりも〈反意図性〉を規範的に判断すると、犯罪性はほとんど反意図性の段階で判断されることになり、次の〈不正性〉の要件は重複し、独立性が弱くなり、いわばおまけのような形になってしまいます。つまり、東京高裁は不正性についての判断をほとんど行っていないのではないかと思われるのです。この点にも、本罪が社会的法益に対する罪であるという点が強く影響しすぎているきらいがあります。

 では、最高裁はこの点をどのように判断したのでしょうか。

最高裁の判断

 まず反意図性については次のように述べています。

「反意図性は、当該プログラムについて一般の使用者が認識すべき動作と実際の動作が異なる場合に肯定されるものと解するのが相当であり、一般の使用者が認識すべき動作の認定に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、プログラムに付された名称、動作に関する説明の内容、想定される当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある。」(太字筆者)

 次に不正性については次のように述べています。

「不正性は、電子計算機による情報処理に対する社会一般の信頼を保護し、電子計算機の社会的機能を保護するという観点から、社会的に許容し得ないプログラムについて肯定されるものと解するのが相当であり、その判断に当たっては、当該プログラムの動作の内容に加え、その動作が電子計算機の機能や電子計算機による情報処理に与える影響の有無・程度、当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある。」(太字筆者)

 そして、結論として、(1)マイニングについての同意がなく、その表示もないし、(2)マイニングじたいが一般に認知されていなかったので反意図性は肯定できるが、マイニングじたいは仮想通貨の信頼性を確保するための仕組みであるし、社会的に許容されている広告表示プログラムと比較しても閲覧者のPCに与える影響は有意な差ではないので、他人のPCの同意のないマイニングのための利用方法は社会的に許容できる範囲内にあり、不正性は認められないから、不正指令電磁的記録とは認められないとしました。

 こうして、結果的に一審の横浜地裁の判断に近い結論が示されたわけです。

■最高裁判決の分析―まとめに代えて―

 包丁じたいに罪はなく「良い使い方」と「悪い使い方」の区別だけがあるように、コンピュータ・プログラムもそれじたいは価値的に中立で、善にも悪にも使うことができます。問題はその使い方(使わせ方)です。最高裁も「当該プログラムの利用方法等を考慮する必要がある」として、この点は認めていますし、その通りだと思います。

 そこに反意図性の解釈も関係してきます。

 反意図性について東京高裁は、同意のない使わせ方を一般の利用者が許容するかどうかという規範的な判断を行ったわけですが、横浜地裁は端的に一般の利用者の予想とずれるのかどうかを問題にしています。それが許されるかどうかは、不正性(反社会性)の要件に関係します。そして、最高裁も横浜地裁の考え方を支持しました。

 利用者の意図について、文書偽造罪のようにその有効性を規範的観点から判断する必然性はないので、最高裁の判断は妥当だと思います。また最高裁は、いくつかの反意図性の判断基準も示していますので、この点も妥当だと思います。

 しかし、不正性の判断については、横浜地裁と最高裁では若干ニュアンスの違いが認められます。この点が残された今後の問題です。

 横浜地裁では、本件当時、このような無断マイニングが社会的に許されなかったと断定するには疑いが残るとして、本件当時の社会状況に判断が影響を受けるという可能性が留保されています。この点、最高裁はプログラムの利用方法が問題だとしながら、どのような利用方法が社会的な許容範囲を超えるのかについては明確な基準を提示していません。

 例えば、新聞社や通信社などが、自社のウェブサイトで一切の広告表示(広告収入)を止め、代わりにサイト運営のための費用を無断マイニングでまかなったような場合はどう判断されるのでしょうか。

 また最近は、大量のスパムメールやフィッシングメールによる無断マイニングが世界中で問題になっているようですが、このようなケースをどのように判断すべきなのかを最高裁は具体的に述べていません。

 暴力団が無断マイニングを資金源にした場合はどうでしょうか。違法目的だとして反社会性が肯定されるとしても、それは個人レベルでもありうることです。無断マイニングの(電気代などの)実害は微々たるものだと言われていますので、目的の反倫理性が不正性の判断に影響するのでしょうか。

 また、本件の無断マイニングが正当なら、検察官が主張していたように、海外から日本が狙われるおそれはないのでしょうか。海外では無断マイニング一般が違法とされているようなので、双方の国で違法であることが要件となっている国際捜査協力に支障は生じないのでしょうか。

 このような点を考慮すると、本件では、無断マイニングの違法性を認めたうえで、被告人には故意がなかったという論理で無罪にすることもあり得たのではないかと思います。(了)

(注)公表後、本文を若干補足しました。(21日 10:27)