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「私は泥棒?」―リサイクルに取組む女性が無断でアルミ缶を回収して摘発―

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文と関係ありません。(ペイレスイメージズ/アフロ)

■はじめに

 秋田魁(さきがけ)新報に、リサイクルに取組む60代の女性が、ゴミ集積所から無断でアルミ缶を「盗んだ」として、窃盗容疑で秋田県警に摘発されたという記事が載っています。

 女性が資源ごみ回収日の朝、町内のごみ集積所近くでアルミ缶をつぶしていると、住民が「缶を無断で持ち去る人がいる」と秋田臨港署に通報。女性は逮捕、送検こそされなかったが、「微罪処分」になったという。

 アルミ缶の重さは1個約15グラム。女性によると、約1200キロで車椅子1台と交換できるといい、活動賛同者から缶の提供を受けるなどし、これまで市社会福祉協議会に4台を寄贈した。ただ、アルミ缶を集積所から持ち去ったこともあり、「やり方が問題」と眉をひそめる住民がいることも事実。「良いことだと思って続けてきたのに」。女性は寂しそうにつぶやいた。

出典:「私は泥棒?」 アルミ缶回収の女性、窃盗容疑で摘発(2018年11月2日)

 同じような事件(トラブル)は、全国で起こっているようですが、窃盗罪で摘発されたというのは珍しいと思いますので、この問題について刑法的な観点から考えてみたいと思います。

■そもそも窃盗罪とは?

 刑法犯ではもっとも件数の多い窃盗罪ですが、条文は次のとおりです。

刑法235条(窃盗)

 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

 成立の要件は、客体が「他人の財物」であることと、それを「窃取(せっしゅ)する」ことです(他に主観的な要件として、故意と領得の意思が必要)。窃取とは、物をかすめ取ること、つまり、財物に対する他人の支配(占有)を外して自ら支配することです。ただ、問題は、それが他人の所有物であることが必要です。

 野生の鳥や獣、河川の魚介類、所有者が捨てた物など、所有者がいない物は「無主物」と呼ばれ、所有する意思で占有を開始した人がその所有権を取得することになっています(民法239条)。

 ゴミ集積所に置いてあるアルミ缶についていえば、元の所有者が捨てたものであって、だれの所有権も認められないならば、それは窃盗罪の客体である「他人の財物」ではなく、拾った人のものになるのですが、他方で、多くの自治体では資源ゴミのリサイクルの仕組みが確立されていて、アルミ缶は再生資源の利用に資するだけではなく、自治体の重要な収入源にもなっています。たとえば、事件の起こった秋田市では、「昨年度は約547トンのアルミ缶を回収し、入札で市内の業者に8600万円で売却している。」とのことです(上記記事)。

 市民感情としても、多額の費用(税金)を投入してリサイクルの仕組みを造った自治体に資源ゴミは出すべきであって、それにいわばタダ乗りされることに心理的な抵抗を覚える人も少なくありません。

 そこで、独自に条例で資源ゴミの無断持ち出しを規制する自治体が増えてきています。

■トラブルの背景

 1990年代から、官民を問わず、いわゆる「循環型社会」を構築するための施策が展開され、たとえば、民間の日本製紙連合会が出した「リサイクル55計画」(1990年)、「再生資源の利用の促進に関する法律」(1991年)、「循環型社会形成推進基本法」(2000年)などが制定され、いわゆる行政回収が活発化していきます。

 さらにこの頃から、アジア諸国の高度経済成長による需要増加によって、古紙などの価格が上昇し、資源ゴミが「商品」として見直されるようになり、地域住民が行政回収用にゴミ集積所に出した古紙などを民間業者が抜き取る行為が各地で目立ち、感情的な問題もあって住民との間でトラブルが起きるようになりました。

 そうした持ち去り行為に対して自治体も積極的に対策に乗り出し、条例で、ゴミ集積所に出された資源ごみの持ち去り行為を罰則つきで禁止する自治体が相次ぐようになったのでした(持ち去り条例)。

 この持ち去り条例には、大きく2つのタイプがあります。

 第一のタイプは、ゴミ集積所に出された資源ゴミの所有権が行政にあることを明記して、持ち去り行為が窃盗罪に該当するようにしたものであり、第二のタイプは、行政が指定した者以外がゴミ集積所からの資源ゴミの回収を禁止するとしたものです。この場合、多くは命令に違反した場合に行政罰としての過料を科すと規定していますが、刑罰としての罰金を定めている例もあります(所有権の明確化と禁止命令の両方の規定を設けている例もあります)。

 第一のタイプの場合、持ち去り行為は他人の所有権を侵害することになり、窃盗罪の成立については解釈上の問題は少ないですが、第二のタイプの場合、窃盗罪が成立するのかどうかについては明確ではありません。また、事件のあった秋田市にはこのような持ち去り条例がなかったことから、ダイレクトに窃盗罪の成否が問題となったのでした。

■ゴミ集積所に出された資源ゴミはだれのものか

 ゴミ集積所に出された資源ゴミの帰属について、裁判所の判断は統一されていませんが、大別すると次の3つの考え方があります。

  1. 無主物である(だれのものでもない)
  2. 行政の支配下にある(行政の所有物)
  3. 回収されるまでは出した住民の所有権は失われず、回収されれば自治体に所有権が移転する

 では、いずれの考え方が妥当なのでしょうか。

 一般に、資源ゴミを含め家庭から出されるゴミは、ゴミを出すことができる曜日、時間帯、ゴミの内容、出し方、場所などが細かく指定されています。そして、このようなルールが守られていないゴミは、多くの場合、回収されないか各家庭に戻されることになっています。住民はそのようなルールを承知のうえでゴミを出しているわけですから、行政に回収されるまではそのゴミについて責任があり、ゴミはそれを出した住民の占有を完全に離れて「捨てられている」と見るべきではないと思います。

 とくにリサイクルの仕組みが確立されている資源ゴミの場合は、そのようなシステムにゴミの処分を委ねるという住民の意思は無視できないと思います。

 したがって、「回収されるまでは出した住民の所有権は失われず、回収されれば自治体に所有権が移転する」という見方がもっとも現実的ではないかと思います。

■まとめ―女性が行った持ち去り行為は犯罪か

 リサイクルのシステムが確立しており、回収されるまでは資源ゴミを出した住民の所有権が失われないとすると、資源ゴミを無断で持ち去る行為は窃盗罪となるのでしょうか。

 窃盗罪が成立するためには、故意に他人の財物を窃取するだけではなく、さらにそれが「営利目的」(領得の意思)をもってなされなければなりません。窃盗罪は財産犯ですから、盗んだ物を経済的にあるいはその物の用法にしたがって利用しないとか、あるいはまったく営利性がなかったような場合について、その犯罪性を肯定することは妥当ではありません。

 記事から判断すると、アルミ缶を持ち去った女性は、「アルミ缶回収に20年以上取り組み、リサイクルの全国団体から表彰されたこともある」ということですので、持ち去った資源ゴミを資源ゴミとして利用してはいるものの、営利目的がなかったことがうかがえます。

 また、かりに窃盗罪の条文に形式的に該当するとしても、刑法35条は「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」としていますので、20年以上もアルミ缶回収に取り組んできた女性のリサイクル活動の実績からすれば、違法な行為ではないと考える余地もあったのではないかと思います。

 女性が受けた「微罪処分」とは、被害が軽微なことを理由に警察限りで事件を処理する制度です。したがって、「前科」にはなりませんが、「犯歴」としての記録は警察にずっと残ります。何とも気の毒で、無慈悲で、情けない処分ではないかと思います。(了)

【参考資料】

山本耕平「資源ごみ持ち去り問題と自治体の対応

垣見隆禎「世田谷区清掃・リサイクル条例事件(pdf)

福岡市資源物持ち去り防止に関する委員会(資料が豊富)

【お詫び】

 当初、私は、記事の中にある「女性は逮捕、送検こそされなかったが、『微罪処分』になったという。」という文章を、〈逮捕はされたが、送検されず、微罪処分になった〉と理解したのですが、秋田魁新報に電話で確認しましたところ、「逮捕はされなかった」とのことでしたので、「逮捕」を「摘発」という表現に変更いたしました。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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