「誤想防衛」とは何? また、なぜ無罪に?

事件とは関係ありません。(写真:アフロ)

■はじめに

 傷害罪の責任を問われた被告人が、裁判の結果、「誤想防衛」と判断され、無罪になりました。このような話は、説明のための架空の事例として刑法の教科書にはよく出てくるのですが、実際に誤想防衛で無罪になるということは珍しいことですので、少し解説したいと思います。

 問題となった事案は、次のようなものです。

 風俗店のサービス外の行為をした被告人に対して、風俗店従業員がホテルの被告人の室内に入り、歩み寄って大声で怒鳴るなどしたことを、被告人は、報復や不当な金銭的解決を要求されると誤信して、その従業員の顔面を拳や灰皿で数回殴ってけがを負わせたという事件です。一審で懲役2年6月、執行猶予4年の判決を受けた被告人が、控訴していました。

 これに対して、広島高裁岡山支部は、被告人の行為は誤想防衛だから無罪だとしました。

「誤想防衛」認め男性に逆転無罪 高裁岡山支部、風俗店従業員を殴る

■刑法は故意犯の処罰が原則

 刑法38条1項には、「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」と書かれています。

 これは、犯罪として処罰されるような行為をそうだと知りながらわざと行う場合(故意)を処罰するのが刑法の原則であって、うっかりと自分が犯罪とされるようなことをしていると気づかなかった場合(過失)は、特別な条文がある場合以外は処罰されないという意味です(ただし、その条文がなくとも損害賠償などの民事的な制裁を受ける可能性はあります)。

 自分が行おうとする行為が犯罪と気づいていたならば、普通はそこから「やってはいけない」という良心の声(規範意識)が聞こえてきます。犯罪を犯した者は、そのような行為を止める心理的なきっかけがあったのに、それを無視して、その行為を実行してしまうわけです。同じ結果でも故意犯は過失犯に比べて刑罰は重いですが、それは、悪いことを悪いと意識していながらも止めずに行ってしまうという犯罪的エネルギーの強さの違いから説明することができます。

■誤想防衛とは?

 刑法36条1項には、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」と書かれています。これが正当防衛です。

 たとえば、相手が急に「金を出せ」と殴りかかってきたので、身を護るために思わず相手を突き飛ばしてしまい、ケガをさせてしまったような場合です。これは形式的には傷害罪に当たりますが、正当防衛の要件を満たしているために、正しい行為(適法行為)として処罰されることはありません。しかも、自分は正しい行為を行っているのだという意識で行為していますので、行為を止める心理的なきっかけもないわけですから、そのような心理内容を「故意」と呼ぶわけにもいきません。

 ところが、たとえば、友人があなたを驚かすつもりで、強盗のフリをして襲ってきたとします。あなたはまさかそれが友人だとは思わず、身を護るつもりで相手(友人)を思わず突き飛ばしてしまい、ケガをさせてしまったとします。このように、実際には命や財産が奪われることはなかったのに、危ないと思って身を護るために反撃したような場合が「誤想防衛」と呼ばれます。

 この場合は、正当防衛の要件(「急迫不正の侵害」の存在)が満たされていませんので、あなたの行為は違法行為だと言わざるをえません。ただし、主観的にはどうでしょうか。上の正当防衛の場合と心理内容としてはまったく同じです。つまり、あなたが、危険な状況にあると思い、それから逃れるために行為している以上、その心理内容は「故意」と呼ばれるものではないということになります。

 冒頭で紹介した事件が無罪になったのは、このような理屈があったのです。

 ただし、誤想防衛がすべて無罪かというとそうではなく、ほんの少し注意すれば、危険な状況は存在しなかったと気づくことができたといったような場合ならば、それは過失があったことになります。上の例でも、もしもあなたに過失があったとされれば、過失傷害罪(刑法209条)が問題になるということになります。(了)

【お詫び】

第二段落に誤記がありましたので、訂正しました。失礼しました。(22:13)

[誤]刑罰は軽い  →  [正]刑罰は重い