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ジャニーズ性加害問題が進む先──はっきりと認めるか、それとも曖昧に認めるか

松谷創一郎ジャーナリスト
筆者作成。

 ジャニーズ事務所の創業者である故・ジャニー喜多川氏の性加害が大きく問題化してから4か月が過ぎた。4月12日の元ジャニーズJr.・カウアン・オカモト氏の記者会見以降、これまでに多くのひとが被害の声をあげてきた。

 7月に入り、被害者による「ジャニーズ性加害問題当事者の会(JSAVA)」も発足した。現在はメンバーとして7人が名を連ねているが、続々と元ジャニーズJr.からの連絡が届いているという。

 一方でジャニーズ事務所側は、さほど目立った動きが見られない。6月から前検事総長などによる「外部専門家による再発防止特別チーム」の調査は進んでおり、その提言を受けて7月18日に記者会見をすると発表した程度だ。

 この問題はどう進んでいくのか。今後の見通しについて考えた。

加害行為をどう認めるか?

 6月12日の再発防止特別チームの記者会見では、林眞琴弁護士(前検事総長)が「加害行為を前提として調査を進める」との説明を繰り返した。これ以前にジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子社長が、被害を訴えるひとと面談をしたのは2名に限られるが、その内容を踏まえて特別チームが組成されたと考えられる。

 そして筆者のさまざまな取材も踏まえると、ジャニーズ事務所は加害行為を認めることになる見通しだ。ただし、問題はその「認め方」にある。

 会見で、林弁護士は法的責任を追及するための事実認定とは異なり、チームが独自に事実かどうかを判断すると述べた。逆に読み取れば、これは法的な事実認定のハードルが高いことを示唆している。

 実際、この問題の究極的な事実確認はかなり難しい。加害者であるジャニー喜多川氏が鬼籍に入っているので本人の証言は得られず、しかも密室での行為のために客観的な証拠も乏しい。よって、詳細な証言や状況証拠を積み重ねて事実に近づいていくほかない。

 特別チームはそうしたプロセスを経て「事実」を認めると見られるが、それはあくまでも特別チームの見解であって、ジャニーズ事務所の見解ではない。よって、特別チームの提言を受けてどのような見解を出すかが注視される。

 その際、はっきりと認めることも考えられるが、曖昧な表現に留める可能性も低くない。たとえば、「法的事実として認められないが、状況的になんらかの加害行為があった可能性は高い」といった認め方だ。意図的に文言を濁して対処するのである。

2023年6月12日、東京で行われたジャニーズ事務所・性加害問題「外部専門家による再発防止特別チーム」による記者会見(筆者撮影)。
2023年6月12日、東京で行われたジャニーズ事務所・性加害問題「外部専門家による再発防止特別チーム」による記者会見(筆者撮影)。

最優先事項の現役タレント保護

 そうしたレトリックを用いて対処しようとする可能性が考えられるのは、ジャニーズ事務所が3つのことを強く気にしているからだ。

 ひとつが現役の所属タレントの保護、もうひとつがスポンサーやテレビ番組など既存の仕事、最後がさらに多くの被害者が声をあげる可能性だ。

 まず現役タレントについてだが、被害をはっきりと認めてしまうと、彼らも被害を受けたのを認めることにつながりかねない。当初からジャニーズ事務所が最優先で守ろうとしているのは現役タレントであり、そこへの飛び火を回避したがっている。そしてこれにはタレント側からの強い意向もあるという。

 この問題は、当初から「被害者の救済」と「現役タレントの保護」という二律背反した目標が設定されている。被害者救済のためには被害認定は必要だが、そうすれば現役タレントのイメージダウンは免れない。かと言って、現役タレントを守るために被害を訴えるひとたちの声を無視するわけにもいかない。

 ジャニーズ事務所が、あくまでも「第三者委員会」と同等の「再発防止特別チーム」としたのも、全容解明を目的とすると(被害を訴えていない)現役タレントへの風評被害につながるおそれがあると考えたからだと推定される。もちろんそれは、「調査自体が二次加害となる」という特別チームのメンバーでもある性暴力問題の専門家からの助言を得たからでもあるのだろう。

 現役タレントの保護を念頭に置くジャニーズ側の姿勢は、議論が分かれるところだ。ただし、性暴力の被害者が限定的であるこの問題において、社会も最善の落としどころを議論すべきではあるだろう。

「曖昧」戦略は打ち切り回避策

 次にジャニーズ事務所が気にしているのは、既存の仕事を失うことだ。加害行為を認めてしまうことによって、CMなどの契約破棄などにつながる可能性は高い。内定していたCM契約などが取り消されたことがすでに報じられているが、はっきりと認めればさらにその状況が加速することになるだろう。

 広告収入は、芸能プロダクションにとって非常に利益率の高い仕事だ。ジャニーズは、それを失うことを怖れている。そのときに、たとえば「法的事実としての加害行為は認められないが、状況的になんらかの加害があった可能性は高い」とすれば、もしかしたら広告の打ち切りや違約金の支払いを回避できるかもしれない。「曖昧に認める」戦略はこうした効果もある。

 もちろんそうでなくとも、ジャニーズ事務所のイメージダウンは免れない。よって、契約が更新されないかたちで広告の仕事は徐々に減っていくと考えられるが、打ち切りを回避するために加害認定を曖昧にすると考えられるのである。

残されていないJr.の記録

 もうひとつジャニーズ事務所が気にしているのは、被害者がとめどなく増え続けることだ。なぜこれを怖れているかと言えば、それは同社にジャニーズJr.の記録が残っていないからである。

 先代のジャニー&メリーの姉弟による運営において、ジャニーズ事務所はかなりのトップダウン体制であったと見られる。とくにジャニーズJr.についてはジャニー喜多川氏が独断で管理しており、加害行為も合宿所(ジャニー氏の私邸)でなされている。

 そして、そもそも以前はジャニーズJr.とは契約書を交わしていなかったので細かな記録もない。よって、被害を訴えるひとが過去にジャニーズJr.として在籍していたかどうか、ジャニーズ事務所自身がわからないのである。

 もちろん、過去に出版された書籍や活動の記録ですぐにわかるひともいる。ただし、それは目立った活動をしたひとに限られる。もしかしたら一度だけ合宿所に行って被害を受け、それですぐにジャニーズJr.を辞めた者もいるかもしれない。そうなれば、ジャニーズ事務所に在籍したことすら確認が困難となる。

 現状、ジャニーズ事務所は被害者への補償をすると見られるが、在籍確認の困難な被害申告をとても怖れている。

9月上旬と予想される会見

 前述したように、ジャニーズ事務所は再発防止特別チームの提言を受けて記者会見を行うと発表している。問題となるのはその時期だが、おそらく9月上旬と見られる。

 当初から再発防止特別チームの調査機関は3か月程度だと予想されていたため、5月下旬に発足した同チームが提言を出すのは8月下旬頃だと考えられる。それを受けてジャニーズ事務所が会見をするのが9月上旬というスケジュールだ。

 これはジャニーズ事務所側にとっても、ステークホルダーである民放テレビ局にとっても、都合の良いシナリオでもある。なぜなら、夏にはジャニーズタレントが関係する大型イベントが複数あるからだ。

 具体的には、ひとつが8月26~27日に放送される日本テレビ『24時間テレビ 愛は地球を救う』、もうひとつが7月22~8月27日まで行われるテレビ朝日のイベント「サマステ」だ。前者のメインパーソナリティーはなにわ男子が、後者の応援サポーターは少年忍者(ジャニーズJr.)が務めている。ジャニーズ事務所はこのふたつの企画への影響を避けるために、この後に会見をすると見られる。

 ただし、こうしたシナリオには変化が生じるかもしれない。なぜなら国連人権理事会の専門家が被害者への聞き取り調査を行い、8月4日に日本記者クラブで会見をする予定だからだ。また「ジャニーズ性加害問題当事者の会」が8月中になんらかのアクションを起こす可能性もある。それらの内容しだいでは、ジャニーズ事務所の会見も前倒しされるかもしれない。

ジャニーズ弱体化は不可避

 再発防止特別チームが提言を発表すれば、この問題は次のステップに進む。そして、当面のあいだ(おそらく5年から10年は)ジャニーズ事務所の弱体化は免れない。現在の仕事も契約が更新されないかたちで段階的に減っていくことになるだろう。

 今回の問題は、コンテンツの展開においては致命傷とも言える。社名を変えたり幹部が総退陣したりしたところで、ジャニー喜多川氏が手がけてきたアイドルグループである以上、もはや海外展開は絶望的だからだ。音楽がとくにそうだが、グローバルにコンテンツが流通する現在において、海外市場を失うことは中長期的には大きなダメージになる。

 また、おそらくそうした未来を想定して現役タレントの離反も生じるだろう。本件が生じる前からそうした傾向は続いてきたが、さらにそれが進むのではないか。

 そしてなにより、今後有望な人材がジャニーズ事務所に集まりにくくなるだろう。しかもBE:FIRSTなどのBMSGやK-POP企業が勢力を増し、さらにジャニーズから離れた滝沢秀明氏の新会社・TO BEへ元King & Princeメンバーなどが移籍した。この数年で、ジャニーズ以外の選択肢はかなり広がっていた。今回の件は、ジャニーズ一強の状況が崩れつつあるなかで生じたのである。

 以上を踏まえれば、やはりジャニーズの弱体化は確実だ。ジャニーズ事務所にとって、当初から本件はマイナス100のダメージか、それともマイナス50でとどめるかという難題だった。どうやっても大きなダメージを回避することはできない。

 そのダメージを軽減するためには、ジャニーズ事務所自身がこの問題に真摯に向き合って対処すること以外にはない。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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