宮脇咲良はポストBTS時代にK-POPの“センター”となる──韓国・HYBEに移籍する意味
世界最大手プロダクションと契約
3月14日、IZ*ONEとHKT48で活躍してきた宮脇咲良が、世界最大手の芸能プロダクションと契約したことが正式発表された。行き先は、BTSが所属するHYBE傘下のソース・ミュージック(SOURCE MUSIC)だ。
同時に、IZ*ONEで宮脇とともに2年半活動したキム・チェウォンの移籍も発表された。2人は、他の新人メンバーなどとともに、この5月に新グループでデビューすると見られる。
日本では「HKT48の元メンバーがK-POPで再々デビューする」といった認識も見られるが、海外ではより大きなニュースとして捉えられている。なぜなら、契約したのは世界最大手の音楽系芸能プロダクションであり、宮脇は実質的にBTSの“妹分”グループの中心メンバーになることを意味するからだ。
彼女の今後の活躍は、日本や韓国にとどまらずグローバルな音楽シーンに大きなインパクトを与える可能性が高い。
日韓でトップに立った異例の存在
まず、これまでの宮脇咲良の経歴を簡単に振り返っておこう。
1998年3月生まれの宮脇は、子役時代を経て13歳だった2011年に福岡・HKT48の1期生としてアイドルデビューした。その後順調に人気を獲得し、早い段階でAKB48の選抜メンバーにも選ばれるようになる。2014~17年はAKB48のメンバーも兼任し、選抜総選挙では2018年に3位になるほどの人気だった。
そんななか、2018年に韓国・Mnetのオーディション番組『PRODUCE 48』に挑み、最終的に2位で勝ち残って日韓合同の12人組ガールズグループ・IZ*ONEのメンバーとしてK-POPデビューする。このときは、HKT48に籍を残したまま、“レンタル移籍”のようなかたちで韓国に渡った。
デビュー直後から大ヒットしたIZ*ONEは、K-POPのガールズグループではBLACKPINKとTWICEに次ぐ人気となる。昨年4月に惜しまれながら解散したが、これは当初から活動期間が2年半とされていたからだ。
韓国から戻ってきた宮脇は、昨年5月にHKT48の活動再開をすると同時に卒業を発表。6月には卒業コンサートも終えた。それ以降はソロとなり、ラジオのレギュラー番組やテレビ番組へのゲスト出演を除けば目立った活動は見られなかった。
変化が見られたのは昨年8月末に渡韓してからだ。9月には4年半続けていたラジオ番組『今夜、咲良の木の下で』(bayfm)が終了し、11月1日にはヴァーナロッサム(旧AKS)との契約満了が発表された。そして、このたびのソース・ミュージックへの移籍が発表されたという流れだ。
宮脇のK-POP再デビューは、事前から十分予想されていたことだった。HYBEへの移籍も昨年3月の段階ですでに囁かれており、HKT48卒業も当然のこととして受け止められた。現実的に、日本の芸能・音楽業界には彼女の能力を十分に活かし、かつグローバルに向けたアプローチをできるプロダクションはないからだ(「IZ*ONE解散…宮脇咲良が世界で活躍するには『韓国に戻る』しかない」2021年5月8日)。
こうした10年に渡る彼女のキャリアは、常に右肩上がりだ。日本と韓国でトップの活躍をしただけでなく、今後はさらに大きな世界を目指すことになる。日本出身の芸能人では極めて異例の展開だ。
“ポストBTS”時代を支える存在
HYBEにとって、宮脇咲良は将来的に間違いなく必要な人材だ。
なぜなら、今年いっぱいでBTSが兵役によって活動中断に入る可能性があるからだ。2020年、特別に兵役入りを2年延長できる法律も成立したが、それでもメンバーのJINが30歳を迎える2022年12月がリミットとなる。メンバー全員が同時に入隊しても、2年ほどの空白期間が生じることになる(「BTSに迫る兵役リミット──完全体の活動は2022年12月まで?【1-1:K-POP STUDiES】」2022年3月10日)。
それもあってHYBEは“ポストBTS時代”を睨んで積極的な事業拡大を仕掛けてきた。新ボーイズグループのTOMORROW X TOGETHER(TXT)とENHYPENをデビューさせ、ソース・ミュージックやPLEDISエンターテインメントなど他のプロダクションを吸収した。極めつけは、アリアナ・グランデやジャスティン・ビーバーが契約しているアメリカの大手エージェンシー(※)、イサカ・ホールディングスを買収したことだ。
現在の時価総額は、約11兆8100万ウォン=約1兆1218億円にまで膨らんでいる(2022年3月14日現在)。他の大手であるYG、SM、JYPの時価総額がそれぞれ1兆ウォン台=1000億円台、日本最大手のエイベックスが約635億円であるのと比べると、いかに大きいかがわかるだろう。宮脇は、世界最大手の芸能プロダクションと契約したのである。
来たるべきBTSの活動中断に向けて、HYBEは万全の体制を整えようとしている。今年から来年にかけては、韓国と日本で4~5組ほどのデビューが予定されている。今回の宮脇咲良のヘッドハンティングは、この“ポストBTS時代”に向けた戦略の一環であり、その先陣を切るかっこうだ。
彼女は、“ポストBTS”時代のHYBEを支える存在として期待されているのである。
- ▲関連動画:「ポストBTS時代に向けたHYBEの戦略──TXT、ENHYPEN、fromis_9、宮脇咲良&チェウォン、アリアナ・グランデ等、拡大が止まらない!【1-2:K-POP STUDiES】」
K-POPはもはや日本の「アイドル」とは異なる
HYBEにおける宮脇咲良の重要度はかなり大きいと考えられる。
現在、同社傘下のガールズグループはPREDISのfromis_9のみ。宮脇は、今後デビューする新グループで中心メンバーとして活躍することを期待されている。
HYBEが宮脇に注目したのは、やはりIZ*ONEのなかでもトップクラスの人気だったからだ。12組のIZ*ONEはさまざまな能力に秀でた存在の集まりだったが、彼女が担っていた役割は“グループの顔”だった。
K-POPのグループでは、メンバーは歌・ダンス・ラップの役割がある程度決まっているが、それ以外にヴィジュアルやキャラクターを担う存在もいる。たとえば少女時代ではユナ、TWICEではツウィ、NiziUではアヤカがそうだ。宮脇もそうした存在としてIZ*ONEのなかでトップレベルの人気だった。バラエティやトーク番組にも早くから出演し、そのキャラクターで人気をさらっていった。
日本のアイドルファンからは、来週24歳になる宮脇の年齢を懸念する声があがっている。だが、それはまったく問題にはならない。なぜならK-POPのガールズグループは、この5年ほどで日本の“アイドル”とはかなり異なるものへと変化したからだ。
近年のK-POPガールズグループのスタイルは、“ガールクラッシュ”と呼ばれる、同性が憧れる自立したかっこいいスタイルが基本となっている。BLACKPINKやEVERGLOWがその代表格だ(「韓国で巻き起こる“ガールクラッシュ”現象」2015年3月18日)。最近では、オーディション番組で「アイドル」という表現を公式に使わないケースも見られる。
もはや、K-POPでは「若さ」やそれにともなう「清純さ」などがさほど重視されることはない。現在も大人気のMAMAMOOの最年長は31歳、昨年大ブレイクしたBrave Girlsもアラサーのグループだ。日本のように異性に向けた疑似恋愛的なスタイルで、金髪にしただけで非難の対象となるようなアイドル状況はもう見られない。
それは、K-POPのオリジンのひとつである日本のアイドルグループとは大きく異なっている。宮脇咲良が向かうのは“ガールクラッシュ”が基軸となるそうした世界だ。宮脇の新グループがどのようなスタイルかはまだわからないが、その方向性は日本のアイドルとは大きく異なるものになるのは間違いない。
日本を出ても通用する存在に
2018年──。
宮脇咲良は、他のAKB48グループのメンバー39人とともに、K-POPオーディション番組『PRODUCE 48』に挑んだ。このとき、冒頭から48グループのメンバーはトレーナー陣から酷評され続けた。韓国の練習生と比べると、明らかに歌もダンスも劣っていたからだ。
その厳しい状況に直面した宮脇は、このような感想を漏らしていた。オーディション開始直後のことだ。
実際、通用しなかった48グループのメンバーが続々と脱落し、途中でリタイアする者も目立った。だが宮脇は幾度も涙を流しながら、しかも彼女の場合は日韓を頻繁に往復しながら、厳しい練習に耐えて順調に勝ち上がっていった。そして最終的にIZ*ONEのメンバーとしてデビューする。
今回のHYBEへの移籍は、そうして切り開いた未来のさらに先に生じたものだ。4年前の悔しさを乗り越えて、彼女はさらに羽ばたこうとしている。そしてわれわれは、宮脇咲良の新しい未来を見届ける証人になろうとしている──。
※欧米のアーティスト・エージェンシーと韓国や日本の芸能プロダクションは、やや異なる。前者はエージェントのみであることがほとんどだが、日韓の芸能プロダクションはコンテンツ制作やアーティストのマネジメント(身の回りの世話)なども含んでいる。
- ■関連記事・動画
- 宮脇咲良は“BTSの妹分”に? 日本人メンバー2人復帰のAKB新曲は不調…IZ*ONE解散、メンバー12人の「その後」(2021年11月4日/『文春オンライン』)
- ポストBTS時代を見据えたHYBEのグローバル戦略──大手J-POP企業の買収はあるのか?(2021年9月24日/『Yahoo!ニュース個人』)
- ハロプロ、48グループの不在…日中韓オーディション番組でわかった「アイドル戦国時代」の儚さ《『ガルプラ』でも韓国勢リード》(2021年8月20日/『文春オンライン』)
- IZ*ONE解散…宮脇咲良が世界で活躍するには「韓国に戻る」しかない(2021年5月8日/『現代ビジネス』)
- 紅白落選も必然だった…AKB48が急速に「オワコン化」してしまった4つの理由──AKB48はなぜ凋落したのか #1(2020年12月27日/『文春オンライン』)
- 『PRODUCE 48』最終回でデビューを逃した高橋朱里がいま思うこと(2019年1月21日/『現代ビジネス』)
- AKBが開いたパンドラの箱『PRODUCE 48』の代償と可能性(2018年8月3日/『現代ビジネス』)