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脆弱性満載の“平成OS”で崩壊に向かうポップカルチャー──マツケンがバイクで進む先に希望はあるか?

松谷創一郎ジャーナリスト
photo: PxHere

参照される80年代日本カルチャー

 近年、世界を席巻してきた未来へのアイロニーとノスタルジーの表象を見ていったとき、そこに日本の80年代ポップカルチャーの影響が少なからず確認される。大友克洋の『AKIRA』をはじめ、シンセポップの起点にもなったYMO、竹内まりやなどのシティポップ、『クリィーミーマミ』などのアニメ、そしてウォークマンやファミコンなど日本発のエンタテインメントテクノロジー等々。

 そして当時の東京は、欧米とは異なる文脈で過剰に発展した未来的な都市として認識されていた。1982年公開の映画『ブレードランナー』ではヴァンゲリスのシンセサウンドを背景に、東京をイメージした未来都市が描かれた。

 社会学者のエズラ・ヴォーゲルが1979年に上梓したベストセラー『ジャパン・アズ・ナンバーワン』では、80年代前半の日本は欧米にはない独自路線を突き進む最先端の先進国として評価されていた。

 だが、世界的に流行している80年代リヴァイヴァルにおいて、現在の日本発ポップカルチャーの影はきわめて薄い。あれほどシティポップが世界的に流行しているにもかかわらず、サカナクションやSuchmosなど以外ではさほどメジャーシーンに上がってこない。

 80年代の日本のアイドルソングを使ったヴェイパーウェイヴも、韓国のDJ・Night Tempoによって若者向けに展開されて拡がっている印象だ。K-POPでは5年以上前からシティポップが大人気で、つい最近も人気ガールズグループ・fromis_9がかなり洗練された新曲 'DM' を発表したばかりだ。

 また、現在のK-POPのオリジンのひとつは間違いなく80年代までの日本のアイドル文化にあるが、当時のイメージを使った楽曲を積極的に展開しているのは日本から韓国に渡ったYUKIKA(寺本來可)だ。昨年日本デビューもした彼女が2019年に発表したソロデビュー曲 ‘NEON’ は、韓国の若い男性が1989年の日本のアイドルに想いを寄せるという導入だ。

 実際、1987年まで軍事独裁政権下にあった韓国において、地下で広く流通していた日本文化は強い憧れの存在だった。YUKIKAはそのモチーフを上手く活用しているが、そこには日本人が韓国語で80年代的な日本のアイドルポップスをK-POPとして歌うという奇妙な現象も生じている。YUKIKA本人の思いはともかく、このねじれた構造自体が日本にとってはアイロニーとなっている。

いまも運用される“平成OS”

 日本のポップカルチャーをリソースにした80年代リヴァイヴァルが世界的に流行しているにもかかわらず、日本国内ではその動きが極めて乏しい──現状はそう捉えられる。

 K-POPではあれほど人気のシティポップも、日本のメジャーシーンのアイドルではハロー!プロジェクトのJuice=Juiceがやっと昨年シュガー・ベイブ/EPOの「DOWN TOWN」や竹内まりやの「PLASTIC LOVE」のカバー曲を発表したのが目立つ程度だ(※)。タイミングは韓国よりも5年遅く、なによりオリジナル曲ではない。

 もちろん、山下達郎も竹内まりやも大貫妙子も現役バリバリの日本において、新たにシティポップを生む必要がないと捉えられているのかもしれないが、なんにせよザ・ウィークエンドやデュア・リパ、あるいはK-POPのような80年代を再解釈する積極性はあまり見られない(サカナクションの山口一郎はかなり自覚的であり、おそらくこの現状についても理解しているはずだが)。

 こうしたグローバルな流行とのズレは90年代以降一貫して続いているが、そうした状況はしばしば「ガラパゴス化」として問題視されてきた。その視角はたしかに状況の一部をとらえるが、こうしたポップカルチャー表象から筆者が感じ取るのはべつのことだ。

 80年代後半に日本はかなりの水準で国としての“完成”を迎えてしまった。エンタテインメント、テクノロジー、サービスなどが生活の隅々にまで浸透し、そして平成期はJ-POP概念とともに始まってバブルに突入していく。“平成OS 1.0”である。

 だが、それから30年以上経った現在もその延長線上にある。ひとりあたりのGDPが30年前とさほど変わらないにもかかわらず、“昭和OS”を経て30年前に精緻化された完成度の高い“平成OS”を使い続けているのが日本の実状だ。

 もちろんITによって“平成OS”は他国よりも劣位化しているが、もともとのシステムが精緻であるがゆえに、生産性も利便性も機動性も劣るものの機能はする。「過労死」は、この“平成OS”を維持してきたことによる生産性の低さを個人に押し付けた結果生じる社会問題である。

 Macで例えれば、iOS15のiPhoneが普及しているにもかかわらず、漢字Talk6(OS)が入った白黒モニタのMacintosh・パワーブック(1989年)を使っているような、そんな印象だ。

筆者撮影
筆者撮影

“平成OS”に潰されたMIKIKO案

 “平成OS”がいまだに使われている現在の日本では、過去(80年代前半)に対する感覚も当然他国とは異なってくる。日本の現在が80年代後半と変わらないマインドセットならば、ひとつ前の時代(近過去)である80年代前半(昭和50年代)はとても“ダサく”感受されるはずだからだ。

 ザ・ウィークエンドのアイロニーにしろデュア・リパのノスタルジーにしろ、そうした過去の再解釈のために必要なのは冷静さと余裕だ。一般的には、40年近い時間経過は自然とそういう感覚をもたらす。しかし、いまもそうした80年代前半に“ダサさ”を感じて手を出さないのであれば(この可能性は極めて高い)、その次の段階で長く歩止まりしていることを意味する。

 実際、世界では15年前に終わったロックサウンドが「邦ロック」と呼ばれて続いていたり、似たようなJ-POPが量産されるのも、“平成OS”がいまも続いているからだ。ジェネリックなHi-STANDARDとしてWANIMAはヒットし、ジェネリックな小室サウンドとしてYOASOBIがヒットする。平成とともにスタートしたJ-POPはもはや演歌(=変わらないジャンル)と化している。

 もちろんJ-POPも含むこの“平成OS”はすでに耐用年数がすぎている。マイナーヴァージョンアップはしてきたが、新しいシステムへ移行しているわけではない。しかもこの10年ほどは、福島原発のメルトダウンを筆頭に次々と見つかる脆弱性に場当たり的にパッチを当ててその場しのぎを続けてきた状況だ。

 東京オリンピック2020は、“平成OS 1.335”を使う日本社会で開催された。「復興」や「おもてなし」を掲げていたものの、そこで目的とされたのは1964年の東京五輪の土台となった“昭和OS 2.0”へのノスタルジーだった。

 そこでは、新たなシステムを掲げて未来を構想する向きはほとんどなかった。

 これはほんの一例にすぎないが、オリンピック選手村の食堂では精緻なデータ管理による食材管理をすることはなく、現場の力技で乗り切っていた。徒歩で移動してばかりのスタッフのなかには、一日最長4万歩(30km弱)の移動によって自然とダイエットした者も目立った(『NHK『五輪の厨房密着800日──選手村食堂の秘められたドラマ』2021年10月17日)。

 そのオペレーションは、極めてアナログだった。感染防止のために、天井から食事が降りてくるシステムを構築した北京オリンピックとは大きな差がある。まるで大人と子供だ。

 こうしたオリンピックの開会式でMIKIKO案が潰されたのは、もしかしたら避けられないことだったのかもしれない。彼女が『AKIRA』をモチーフに描こうとしていたのは、“平成OS”とは異なる80年代前半へのアイロニーを巧みに取り入れた先進的な表現だった可能性が高いからだ。それが“昭和OS”を回顧する“平成OS”ユーザーの年寄りに却下されたのは、残念ながら当然といえば当然だ。

マツケンが見せた可能性(とアイロニー)

 こうしたどん詰まりの日本で『紅白歌合戦』でマツケンがバイクに乗って疾走したのは、ちょっとした可能性を感じさせた。

 それはMIKIKO案を参考に、“平成OS”の終焉と新たなパラダイムの示唆とも受け止められる。しかもそれが“昭和OS”から延命を続けてきた『紅白』を舞台としていたことも印象的だ。薄っすらとではあるが、それは日本で“未来へのアイロニー”がやっと大舞台に上がった瞬間だった。

 もちろん『紅白』の演出側は、そこまでの意図をもってマツケンをバイクに乗せたわけではないだろう。バイクも『AKIRA』のような赤いものでもなく、マツケンの衣装に合わせたゴールド仕様で、デザインも異なる。

 加えて、それがシティポップでもヴェイパーウェイヴでもなく、支離滅裂な文脈性が日本型サブカルチャーの極北とも言える「マツケンサンバ」で使われたことも十分な表現とは言えないだろう。だから、もしかしたらバイクのマツケンも“平成OS”の脆弱性の場当たり的なパッチなのかもしれない。

 世界に目を転ずれば、韓国をはじめとしてポップカルチャーは大きな可能性を持つIP(知的財産)産業として捉えられている。デジタル化とインターネットは限界費用がかぎりなくゼロに近づくことで、情報財のグローバル展開の可能性を高めた。

 K-POPや韓国映画・ドラマの世界的な大ヒットは、率先してそのメディア状況にアジャストした結果である。しかも最近のK-POPでは、NFT(非代替トークン)やメタバースをにらんだ展開にもすでに積極的だ。10数年前は日本と大差なかった「芸能」という古い枠組みは、この10年でかなり姿を消した。韓国エンタテインメントはIP産業であることに自覚的だ。

 たとえば2018年に生まれたヴァーチャル・グループのK/DAは、オンラインゲーム『League of Legends』内のキャラクターとして生まれたユニットだ。パフォーマーは韓国のガールズグループ・(G)I-DLEのメンバーと、アメリカのシンガーたちだ。アメリカに本社を置くメーカーのライアットゲームズは、中国・テンセントの完全子会社だ。

 こうした国やジャンルを超える目まぐるしい動きに対して、日本のポップカルチャーはなかば自主的に置いてけぼりにされている状況が続いている。それはエンタテインメント企業が小さくない内需に依存し、それを互助会的に分配してきた弊害でもある。

 筆者がしばしば指摘してきたのは、こうした地上波テレビ・レコード会社・芸能プロダクション・オリコンなどによる「芸能界・20世紀レジーム」が、2010年代に入ってもAKB商法やジャニーズの囲い込みによるドーピングで延命をはかってきたことだ。無論のこと、これも“平成OS”のひとつだ。だが、それはかなりの制度疲労を起こして現在は瓦解の過程に入っている。もはや「日本には日本の良いところがある」と叫んでも、それはサブカル島宇宙における象徴闘争以上の価値を持つことはない。

 遠くない将来に確実に崩壊する“平成OS”から、いかにして新たなOSに切り替えるか──そこで必要とされるのは未来への構想力だ。『紅白』でマツケンがバイクで突き進んだ先には新たなOSの可能性が見えた──と希望的に(アイロニカルに)思いたい。

photo: PxHere
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  • ※このYUKIKAのようなアイドル的なヴェイパー・ウェイヴを早い段階で日本で見せていたのは、すでに解散したEspecia(2012~17年)や、アソビシステムが手がけたむすびズム(2014~17年)だった。だが、音楽よりもルッキズムと物理的なコミュニケーションばかりに価値を置くアイドル界隈では、ともに見向きもされずに終わった。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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