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動画配信サービスの未来を左右するプロ野球──巨人と広島が足並みを揃えない理由とは

松谷創一郎ジャーナリスト

活発化するSVOD市場

テレビ局による動画配信(SVOD)サービスの動きが活発化している。

5月、テレビ朝日が出資しているAbemaTVは、特番『亀田興毅に勝ったら1000万円』で大きな注目を集め、日本テレビ傘下のHuluも全面的にリニューアルした。TBSとテレビ東京、WOWOWなども共同で「プレミアム・プラットフォーム・ジャパン(仮称)」を設立し、来年春からのサービス参入を発表したばかりだ。

テレビ局にとって、SVODは避けて通れない道だ。YouTubeやニコニコ動画が10年ほど前から大きな勢力となっていることは、もはや説明するまでもない。2015年にスタートしたAmazonビデオやNetflixも、グローバル展開の強みを活かして強力なコンテンツを提供し続けている。

一方、地上波放送の視聴率は下がり続けてきた。2016年度上期には、ゴールデンタイムの視聴率トップに立ったのはNHKだった。これは地上波の視聴者が中高年層にかなり比重を移したことを示している(詳しくは境治「ゴールデンタイムでNHKが視聴率1位。テレビは新しい局面を迎えている。」)。若い世代になればなるほど、自らの志向に合わせてSVODからコンテンツを選択している。

潤沢な予算でオリジナルコンテンツを配信するNetflix
潤沢な予算でオリジナルコンテンツを配信するNetflix

こうした状況を踏まえると、テレビ局はSVODに打って出るしかない。地上波放送にしがみついていても、衰亡の未来に至るだけからだ。とは言え、AmazonやNetflixはかなりの強敵だ。その特徴は、既存のテレビや映画のみならず、多くのオリジナルコンテンツを配信していることだ。

もはや、既存の映画やドラマを配信しているだけでは勝ち目はない。現在は、いかにオリジナルコンテンツで勝負するかというステージに入っている。

史上最高動員のプロ野球

とは言え、日本のSVODサービスがグローバル展開のAmazonビデオやNetflixと、オリジナルのドラマや映画で競うのはかなり難しい。資金力で圧倒的な差があるからだ。たとえば、6月28日にNetflixで公開されるポン・ジュノ監督の映画『オクジャ』の製作費は、5000万ドル(約55億円)だと言われる。この額は、日本映画では到底捻出できない規模だ。

となると、他はバラエティ番組やニュースなどが考えられるが、それら以上に可能性があるのは、やはりプロスポーツだ。

昨年からサービスを開始したDAZN(ダ・ゾーン)は、今年からJリーグ中継を独占配信している。イギリスのパフォーム社が運営するこのスポーツ中継専門のサービスは、アメリカのMLBやNBA、ヨーロッパの複数のサッカーリーグ、さらにテニスや総合格闘技からマイナーな競技まで、多くのプロスポーツを配信している。JリーグとDAZNが結んだ独占契約権は、10年で2100億円という長期かつ膨大なもので、昨年まで独占契約をしていたスカパー!の4倍強だとささやかれている。一方スカパー!は、10万件以上の契約を失った。

しかし、日本にはもうひとつ大人気のプロスポーツがある。もちろんプロ野球だ。地上波ではめっきり中継が減ったが、昨年プロ野球は史上最高の観客動員を記録するほどの人気となっている。2016年度は、はじめて全チームが入場動員150万人以上を記録し、全体でも2006年から4500万人も観客を増やしている。グラフを見ればわかるが、ドラゴンズ以外は軒並み動員を増加させてきた。プロ野球人気は依然として堅調だ。

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だが、プロ野球ファンにとって中継視聴のハードルは決して低くない。これまでもっとも利用されてきたのは、衛星放送局スカパー!の「プロ野球セット」だが、これは基本料とセット料金を合わせて月額4401円もする。Jリーグが見放題のDAZNが1890円(ドコモユーザーは1058円)で他のスポーツも観られることを考えると、かなり割高な印象だ。

SVODでもプロ野球中継のハードルは高い。スカパー!の「プロ野球セット」加入者は、SVODサービスのスカパー!オンデマンドも観ることができるが、権利関係で巨人と阪神、そして広島の主催試合の一部を観ることはできない。放送なら観られるのに、ネット配信では観られないのだ。ファンにとっては、なんとも不可解だ。

「広島県外のみ視聴可能」なDAZNカープ中継

しかし、SVODでは他のサービスも似たり寄ったりだ。12球団すべての主催試合を網羅するサービスは存在しない。もっともカバー範囲が広いのは、ソフトバンクが運営するスポナビライブだが、ここも巨人と広島の主催試合は中継されない。やはりネックとなるのは、NPBでも人気上位の2球団だ。

この背景には、Jリーグとは異なるプロ野球の放映権の扱いがある。Jリーグは、リーグが一括して放映権を管理するが、プロ野球は各球団が主催試合の放映権を管理する。よって、SVODを運営する会社は一球団ずつ交渉しなければならない。足並みが揃わないのはこのためだ。

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そのなかでも巨人と広島が配信を渋るのには、それぞれ異なる理由がある。

巨人の場合は、日本テレビを傘下に持つ読売新聞が親会社だからだ。日テレは、東京ドームで行われる巨人の主催試合を、自社が運営する日テレG+やHulu、ジャイアンツLIVEストリームで独占配信している。地上波でも、そのほとんどは日本テレビが中継する。つまり、巨人というコンテンツを読売・日テレグループが囲い込んでいる。

思い起こせば、1998年を最後に読売新聞がヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ1969)の経営から撤退したのは、Jリーグが放映権を一括管理することへの不満からだと言われている(後に日本テレビも撤退)。自メディアの強力コンテンツとしてプロスポーツを囲い込む「正力松太郎モデル」は、プロサッカーでは不可能だったのだ。

12球団で唯一親会社を持たない広島の場合は、巨人とはまったくべつの理由だ。今シーズンから広島は、DAZNでの配信を開始した。スポナビライブとは契約しないままDAZNと契約したことには、ある条件があった。それは「広島県外のみ視聴可能」というものだ。つまり広島県内のカープファンは、DAZNと契約してもカープ戦を観られないのである。DAZNはこの条件を満たすために、開幕前の3月にわざわざアプリを改良したほどだ(おそらくIPアドレスで視聴地域を特定している)。

広島球団がこの条件をDAZNに課したのは、カープの試合を頻繁に放送する地元テレビ局への配慮だと推測されている。だが地上波では、試合が長引いた場合は最後まで中継されない。19時から20時52分までの放送枠では、平均試合時間が3時間10分の現在はほとんどが最後まで観られない。広島県内のカープファンのみが、カープ中継を最後まで観るハードルが高いという矛盾が生じている状況だ。

全試合パ・リーグ本拠地開催の交流戦のため、6試合が中継されるスポナビライブ
全試合パ・リーグ本拠地開催の交流戦のため、6試合が中継されるスポナビライブ

加えてこの2球団がSVODで独自の展開をしていることは、他のセ・リーグ4球団のファンにとっても悩みの種だ。2球団のビジターゲームの約25試合は、スポナビライブでは配信されないからだ。現状、セ・リーグ6球団のファンが応援チームの全試合をSVODで楽しむためには、スポナビライブ・DAZN・Huluにそれぞれ加入しなければならない。総額は4495円にもなり(※)、これはスカパー!の「プロ野球セット」を超える額だ。

対してパ・リーグ6球団は、非常に柔軟にSVODに対処している。スカパー!オンデマンドやスポナビライブでも、全チームの試合を観ることができる。これは、パ・リーグ・マーケティングという会社を6球団共同で立ち上げ、ネット配信では足並みを揃えているためだ。同時に、独自の有料のSVODサービスである「パ・リーグTV」も展開している。地上波やBSのテレビ中継は個別に管理しているが、セ・リーグと比べると非常に間口は広い。この背景には、IT企業最大手のソフトバンクと楽天がそれぞれ球団を保有していることがある。セ・リーグでもDeNAがSVODに積極的なのも、親会社がIT企業だからだ。

巨人戦のためのリニューアル?

ここまで見てきたとおり、読売・日テレグループの巨人戦囲い込みと、広島独自のローカリズムによって、プロ野球ファン(とくにセ・リーグ)にとってのSVODはかなり不自由な状況にある。ならば、スカパー!の「プロ野球セット」でいいじゃないか、と思う向きもあるかもしれない。だが、住宅環境によっては、ケーブルテレビなどに別途加入しなければ観られないケースもあり、必ずしもそれは簡単なことではない。

加えて、当然のことながらテレビ放送ではSVODの便利さを享受できない。テレビだけでなく、スマートフォンやタブレット、パソコンなどでも視聴できるSVODは、その機動性が魅力のひとつだ。デスクでも電車でも、自宅のリビングでもお風呂でも、なんらかのモニターがあればコンテンツを楽しめるのがSVODだ。

こうしたなかで注目されるのは、先日行われたHuluのリニューアルだ。

システムとサーバを全面的に入れ替えた結果として大きな混乱も見せたが、ひとつ大きく変わった点がある。それは、スマートフォンなど専用アプリにも「リアルタイム」というカテゴリーが登場したことだ。そのメインコンテンツは、巨人戦やコンサート中継、そしてニュースである。

Huluは、実は昨年すでに巨人戦やコンサートなどをリアルタイム配信していた。ただし、視聴はパソコンのブラウザに限られていた。これは、おそらく技術的な問題だった。今回のリニューアルは、さまざまなデヴァイスでリアルタイム配信を可能とするための策でもあったのだ。

そこから考えられるのは、今後Huluがより積極的にリアルタイム配信に力を入れることだ。なかでも巨人戦を加えたことは、大きな注目に値する。オリジナルコンテンツとして、それは明確に他サービスとの差別化になる。さらに未来に目を転ずれば、現在バラバラの配信状況であるプロ野球をHuluに集中させたいという思惑もあるかもしれない。つまり、読売・日テレグループがSVODで覇権を握るための布石かもしれない。

スマートフォンにも登場したHuluの「リアルタイム」カテゴリー
スマートフォンにも登場したHuluの「リアルタイム」カテゴリー

もちろんソフトバンクがスポナビライブを運営する以上、Huluが12球団の配信を独占することはないだろう。しかし、セ・リーグ6球団をまとめあげる可能性はある。巨人がNPBで大きな力を見せてきたことは、言うまでもないからだ。もちろん現実的には、地元局に気を使う広島や、フジテレビが株式の20%を保有するヤクルトを説得するのは簡単ではないだろうが。

なんにせよ望まれるのは、SVODサービスの足並みの揃わない状況を改善することだ。Hulu独占でなくとも、巨人と広島が柔軟な姿勢を見せれば、プロ野球のSVOD状況は大きく変わる。逆に言えば、各SVODサービスの命運はプロ野球が握っているということである。

※……スポナビライブはソフトバンク携帯ユーザーやYahoo!プレミアム会員に、DAZNはNTTドコモ携帯ユーザーに、それぞれ割引特典がある。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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