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日陰を歩かねばならないWBC暫定スーパーウエルター級王者

林壮一ノンフィクションライター
Esther Lin/Premier Boxing Champions

 ウクライナの国旗をデザインしたトランクスを穿いたWBCスーパーウエルター級2位のセルヒイ・ボハチュクは、本来、同3位のセバスチャン・フンドラと空位のWBCスーパーウエルター級王座を懸けて対戦する筈だった。

 しかし、自分よりも下位ランカーであるフンドラがメインイベンターに抜擢され、ボハチュクはWBCスーパーウエルター級暫定王座決定戦に出場しなければならなかった。

Esther Lin/Premier Boxing Champions
Esther Lin/Premier Boxing Champions

 ロシアがウクライナへの侵攻を開始した、2022年2月24日から、早くも2年が経過した。ボハチュクの祖国では、1万人以上の民間人の命が奪われ、彼自身も2022年は1度しかリングに上がれなかった。

 筆者は、そんな男にこそ、ティム・チュー戦を用意してほしいと感じた。だが、ラスベガスで催される興行において、ファンが見たいのは自国のファイターが戦う姿だ。プロモーターも十分にそれを心得ており、チューの対戦相手が怪我で出場できなくなった途端、フンドラとの試合を組んだ。

Esther Lin/Premier Boxing Champions
Esther Lin/Premier Boxing Champions

 ボハチュクが代役として対峙したのは、2023年4月8日にフンドラに土をつけ、その半年後にチューの持つWBOスーパーウエルター級王座に挑みながらワンサイドで敗れたブライアン・メンドーサだった。

Esther Lin/Premier Boxing Champions
Esther Lin/Premier Boxing Champions

 ボハチュクは、自らの置かれた立場に怒りを見せることも無く、淡々とメンドーサに向かっていく。オープニングベルから、固いガードを武器に放つジャブで試合をコントロールした。だが2回、メンドーサの左右フックを浴びる。そこに著者は、心の揺れを見た。

 ボハチュクは華麗なボクシングを披露するタイプではない。打たれながらも前進を止めない武骨なファイターだ。3回以降はメンドーサにプレッシャーを掛け、接近戦での右アッパー、右フックでダメージを与え、相手を削る。そして、118-110、117-111、117-111で勝者となった。

 ボハチュクは、現在ロシアとの戦争で身を挺している同胞に敬意を表し、「この勝利はウクライナと、今困難な状況にある国民に捧げます。私たちは必ず勝ちます。その日まで戦い抜きましょう!」と語った。

写真:ロイター/アフロ

 メインイベントにおいて、頭部から夥しく出血したチューは予想に反して敗れた。リング復帰までに多少の時間を要するだろう。ボハチュクは、その再起戦の相手に選ばれるのではないか……。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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