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所属ジムのトレーナーが語る「追悼 穴口一輝さん」

林壮一ノンフィクションライター
(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 日本バンタム級3位として昨年12月26日に同タイトル戦を戦った、穴口一輝さんが2024年2月2日に永眠した。享年23。チャンピオンの堤聖也選手と10ラウンドを戦い、判定負けした直後に倒れ、緊急搬送。右硬膜下血腫の手術を受けたが、意識が戻らぬまま、還らぬ人となった。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

 今回、追悼として、穴口さんが所属した真正ジムの井上孝志トレーナーに、彼について語ってもらった。

写真:井上氏提供 穴口さん(中央)が井上氏(右)のアパートを訪問した日
写真:井上氏提供 穴口さん(中央)が井上氏(右)のアパートを訪問した日

 井上孝志トレーナーは、2月6日の通夜、7日の葬儀に出席した後、悲痛な思いを述べた。 

 「僕がワタナベジムから真正ジムに移籍したのが2020年の11月の半ばくらいです。穴口一輝と最初に出会ったのは、翌年の春でした。当時、彼は大学生でしたが高校生みたいなノリで、子供みたいで、おぼこい印象でしたね。明るくて悪戯好きで、憎めない、可愛い子でしたよ。

 指導は山下正人会長がやっていました。傍から見ていても、必ず上に行く。日本タイトルは余裕で獲れる。世界のベルトを巻ける選手だ、と感じました。僕はただ、横からサポートしていた感じです。穴口は、僕と出会って直ぐに結婚した記憶がありますね。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

 ハンドスピードがあって、足も速く、バランスのいい選手でした。小学校に上がる前からアマチュアのボクシングジムに通っていたということで、基礎がしっかりしていましたね。中学時代も高校のボクシングで年長者と練習して、芦屋学園高等学校、芦屋大学で活躍。東京五輪を目指していたのですが、代表選考会で敗れたんです。それでウチの会長がスカウトして、真正ジムからプロデビューしました。

 ジムとしては、昨年末に日本バンタム級タイトルを獲らせて、世界に照準を定める気でいました。バンタム級モンスタートーナメントにエントリーした頃はダークホースでしたが、一試合一試合力を付けていきました。同時に、ひょうきんなキャラが大人になっていくことを僕は感じていました。

 西成に借りていた僕のアパートに来てくれたり、一緒にお好み焼き屋や回転寿司に行ったり、ホルモン焼き屋で食事したりしましたね。幼い娘さんを守るために頑張ると、ベルトを巻くための自覚を持つようになっていました。頼もしかったです。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

 堤聖也もかつてはワタナベジムの選手でしたから、良く知っています。堤への挑戦が決まった際は、凄い試合になるな。堤がプレッシャーをかけて、穴口が足で捌いてカウンターを狙う展開だろう。フルに10回戦って、穴口が判定勝ちするだろうと予想していました。個人的には、あそこまで打ち合うとは思っていなかったですね。

 穴口はディフェンスに長けていて、まったく打たせないタイプだったんです。打たれ脆さはありましたが、危機察知能力が高いので、一発いいパンチをもらっても、次はよける子でした。だから、ダメージは引き摺らないだろうと。

 ですが、穴口があれだけ打たれるって事は、目に見えないプレッシャーがあったんだろうと、今となっては思います。とはいえ、そこまでのダメージは無かったんじゃないかと。最後のダウンが効いたんじゃないでしょうか…。

写真:西村尚己/アフロスポーツ

 穴口の娘さんを抱っこしたことも、何度かありますよ。今回、お通夜も告別式も参列させて頂きましたが、お父さんを失ったことを理解していない小さな娘さんが走り回っていて、時に『パパ』『パパ』と言ったりして、とても痛々しかったです。奥様も泣いていて、本当に胸が締め付けられました。

 親しかったボクサーが亡くなるのは、僕にとって4人目です。事故を再発させたらアカンってことは分かっていますが、落ち込みますよ。こういうことは絶対に起こしてはならないですから、選手の異変に細心の注意を払ってやってきたつもりですが…言葉が出ません。

写真:井上氏提供
写真:井上氏提供

 穴口はボクサーとしての人生を全うしましたね。ベストを尽くしました。23年の人生で最高のパフォーマンスをしたんだと信じたいです。その姿を周囲が忘れないようにしなければなりません。

 ああやって、彼が一生懸命に戦ったことを伝えていかねばと思っています。穴口が亡くなった翌日に、WBOアジアパシフィックミニマム級王座を我がジムの小林豪己が獲りました。試合前『穴口が見てるぞ』と、僕は声を掛けたんです。小林と穴口は大学の先輩後輩という関係で、仲が良かったんですよ。

写真:井上氏提供 WBOアジアパシフィックミニマム級王座に就いた小林豪己
写真:井上氏提供 WBOアジアパシフィックミニマム級王座に就いた小林豪己

 堤には、穴口の分も必ず世界チャンピオンになってほしいです。穴口の気持ちを拳に乗せてほしいですね。先日、堤と再会した折にも同じ言葉を伝えました」

 穴口一輝さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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