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華やかなNBAの陰で……

林壮一ノンフィクションライター
ブレイザーズにとって今季最終戦となったホームゲームは1万22名のファンで埋まった(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 連日、白熱のゲームが続くNBAのPlayoff。昨シーズン、今シーズンと私はポートランド・トレイルブレイザーズのホームアリーナに通った。何故なら、この地区に住居があるからだ。

 現地時間6月3日、ブレイザーズはシーズンを終えた。Playoffファーストラウンド第6戦で115-126で敗れ、2勝4敗となったのだ。3Q終了時は101-98でリードしていたので何とか勝利してほしかったが、デンバー・ナゲッツの方が一枚上だった。

 現在、セカンドラウンドの試合を目にしながら、ブレイザーズはPlayoffでナゲッツに2勝するのが精一杯だったことを痛感している。勝ち上がるチームとは総合力が違う。

 エースであるデイミアン・リラードは今日のバスケットボール界を代表するポイントガードだが、他のメンバーはNBAにおいて並である。

写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 ブレイザーズのホームアリーナ、モダ・センターを往復しながら毎回目に留まったのが、ホームレスの急増だ。選手がモダ・センターに入る際、必ず通過するパーキングの前には、職を奪われた人々がプラカードを持ち「雇用してくれ」「飯が無いんだ!!」と訴えていた。

撮影:著者
撮影:著者

 とはいえ、今季、ブレイザーズがアリーナに客を入れたのは5月7日が初めてである。12月24日の開幕戦から、ずっと無観客でのゲームを強いられた。モダ・センターがフルハウスとなった場合、1万9393人を収容できる。ファンはビールを片手にポップコーンやピザをつまみながら、お目当ての選手に声援を送るのが常だが、そんな光景は新型コロナウィルスによって失われた。

 モダ・センターに勤務していた人ばかりでなく、オレゴン州内で2020年の12月だけで2万5500種類の仕事が消え失せ、2019年師走からの1年間で8.9パーセントもの雇用が奪われた。

撮影:著者
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 モダ・センターに向けてドライブする度に、ストリートでテント暮らしをするホームレスの数が増えていることを感じた。現在、ポートランド市はこれらのテントを除去する方法を真剣に検討している。とはいえ、ABC系の地元TV局、KATUによれば、これからの10年間で10億ドルもの費用が掛かるそうだ。同局が5月29日に、そう報じた。

撮影:著者
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 ポートランドを含むオレゴン州マルトノマ郡では、2020年1月の時点で1万4655名のホームレスが確認されたが、日に日に増える現在の数は公表されていない。彼らを安全かつ、健康的な状態でシェルターに移動させるのに5200万ドル、住居を用意し、暮らしをフォローをするのに2460万ドル、シェルターを清潔に保ち、個人の空間を確保するのに1025万ドル、コミュニティーで文化的に彼らを支えることに1130万ドル、地域の連携で300万ドル、路上生活者への福祉活動に245万ドルなどが見積もられての10億ドルとなった。

 かつてのポートランドは『U.S News』誌の「住みたい街」で、毎年上位にランキングされた。2019年に同誌が発表したデータでも9位となっている。

 が、今日、実際に街を歩いた人が、そのように感じるだろうか。

写真:ロイター/アフロ

 2019年12月30日、私は成田空港からポートランドに移動し、数時間仮眠を取った後、モダ・センターに向かった。無論、ブレイザーズのゲームを取材するためだ。その折、時差ボケでボーっとしていたのか、スマートフォンを会場に落としてしまった。

 ハーフタイムでそれに気付き、係の人に届け出たが、半ば諦めていた。しかし、セキュリティスタッフが必死で探し回って私のスマートフォンを見付け、試合終了後に笑顔で手渡してくれた。初老の男性だった。メディアルームで抱擁を交わしながら、何度も礼を告げた。「時間ができたら食事に行きましょう」とも言って、連絡先を交換した。

 彼との再会を楽しみにしていたが、今季、半減どころか僅か数名となってしまったセキュリティのなかに、彼の姿は無かった。メールしても返事は無い。あの方も仕事を失ってしまったのかと思うと、胸が痛む。

撮影:著者
撮影:著者

 アメリカ社会にNBAが戻ってきたことは喜ばしい。が、新型コロナウィルスで受けた打撃は、いたるところに爪痕を残している。笑顔でNBAを観戦できる人の陰には、今、この瞬間に泣いている者の存在があるのだ。

写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 モダ・センターのパーキング前でプラカードを手にしていた男性は言った。

 「バスケットボールが好きだし、毎年ブレイザーズを死ぬほど応援して来た。でも、今の俺にそんな余裕は無いよ。仕事が無いから、来週、アパートを追い出されるかもしれない。路上生活者になれってことかよ!」

 彼の言葉が哀しく胸に突き刺さった。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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