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年末になると必ず思い出す、3階級制覇の元世界チャンピオン

林壮一ノンフィクションライター
撮影:著者

 街の至るところにクリスマスツリーが飾られるようになると、あの男のことを思い出す。

 WBCミドル、IBFスーパーミドル、WBAライトヘビーと3階級を制したアイラン・バークレー(60)。

 1998年の師走、私は彼と肩を並べてニューヨーク、マンハッタンを歩いた。クリスマスツリーを目に留めたバークレーは、「この季節が嫌いだ」と言った。

 「いつも暗い気持ちになる。金が無くって、オフクロにも娘たちにもプレゼントを用意してやれない……」

ハーンズ。撮影:著者
ハーンズ。撮影:著者

 バークレーは、トーマス・"ヒットマン"・ハーンズというスター王者と2度戦い、共に勝利した。が、プロモーターから常に<咬ませ犬>として扱われ、カネは残せなかった。38歳までリングに上がり、最後は6連敗した。

プロジェクトの前で 撮影:著者
プロジェクトの前で 撮影:著者

 幼少期からボクサーとしての下積み時代まで、バークレーは「プロジェクト」と呼ばれる最下層のニューヨーク市民が住む公営アパートに住んでいた。チャンピオンになって一時期抜け出せたものの、引退後は再び「プロジェクト」の住民となった。

撮影:著者
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 バークレーと初めて会話を交わしたのは、私が26歳の時。世界チャンピオンでありながらも、<咬ませ犬>とされる人間がいることが、驚きだった。また、「俺はプロモーターに奴隷として扱われた」という彼の言葉と、自分の過去が重なった。

 大学卒業後、テレビの制作会社で家畜のような強制労働を強いられた私は、当時、その体験を乗り越えられていなかった。

撮影:著者
撮影:著者

 長くバークレーを追い続け、拙著『マイノリティーの拳』(光文社電子書籍)に、彼の章を作った。日本に一時帰国した折には<バークレー救済オークション>を催し、何度も送金した。

 職を転々とし、親類に支えられていたバークレーは、2010年ころ、姉や甥たちにも見切りを突けられ、プロジェクトを追い出される。そして、ホームレスシェルターで暮らした。

 オバマ大統領が誕生した直後、同書を目にしたTBSのディレクターが、ニュース番組内でバークレーを取り上げた。この時、彼は「カムバックしたい」と言った。その言葉が切なかった。

撮影:著者
撮影:著者

 今は、甥の一人がプロのフットボール選手となり、彼に面倒を見てもらっているそうだ。

 その知らせは、私の心を温かくした。アイラン、今年は笑顔でクリスマスを過ごしてくれ!

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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