蘇る名勝負「マイク・タイソンvs.イベンダー・ホリフィールド」後編
1996年11月9日、21時6分。 1万6103人のファンが固唾を呑んで見守るなか、ネバダ州ラスベガス、MGMグランドガーデン・アリーナにゴングが響く。
「Finally」という言葉は、観客にでも、興行に携わるボクシング関係者にでも、チャンピオンのマイク・タイソンにでもなく、ホリフィールドに向け、ホリフィールドの為に存在していた。
「ついに、この時が来た」
マイク・タイソンと対峙し、リアル・ディールとなる為に闘う。彼は、東京ドームのリングサイドに座っていたあの日から、いや、ヘビー級に転向した8年前からずっと、この時を待ち続けていたのだ。
ゴングと同時に襲いかかるタイソン。怯まずに、真っ向から受けて立つイベンダー・ホリフィールド。
ビルドアップされた体に紫色のトランクス。ホリフィールドは、この日の為に生き抜いてきた。そして、何年もの間、自身の前に立ちはだかってきたタイソンの動きを十分に研究していた。
爆発的な破壊力でKOの山を築いてきたタイソンの攻撃を、完璧なまでに躱す。
それほど打たれ強いボクサーではないホリフィールドは、常に自分の距離を保ち、パンチをもらわない。そして左アッパー、左フックのコンビネーション。クリンチからの揉み合いも多いが、タイソンの動きを冷静に見切り、空転させては連打を叩き込む。
バンチの当たらないタイソンは次第に焦り、動きが単調になっていく。ホリフィールドはタイソンが入ってくるところにシャーブなジャブ、そして再三スピーディーなコンビネーション。時に打ち合いにも応じ、左右のフックを浴びせた。
当初、 ホリフィールドの予想外の善戦に喜んでいた観客たちが、目の前に起こりつつある「奇跡」に絶叫した。
第6ラウンド、場内が「ホ・リ・フィールド、ホ・リ・フィールド」の大合唱に包まれるなか、左アッバーがタイソンの顎を捉え、チャンピオンが大きくダウン。ワンサイドの展開となった。
リディック・ボウを相手にスタミナを失い、前のめりにダウンしたロートルは、今まさに別人のように生まれ変わっていた。
34歳にしてようやく掴んだ<この瞬間>だった。
第10ラウンド終盤、10数発のバンチがタイソンを捧立ちにする。そして第11ラウンド37秒、再び滅多打ちにされる鉄の男の肩をレフェリーが抱き抱え、試合終了を告げた。
男はこれ以上ない、リアル・ディールを自身の拳で証明したのだ。
リング上から四方にガッツボーズするホリフィールドに、いつまでも大歓声が送られた。
「これがボクシングだ」
試合後の記者会見で、白い歯を見せながら、ホリフィールドはそう語った。
8年間追い続けた目標を達成した男のリアルな笑顔。自らの人生を生き切った彼だけに与えられた、美しく、誇りに満ちた表情だった。