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NBA最年少MVP選手の「何度壁にぶち当たっても折れない強靭なハート」

林壮一ノンフィクションライター
肉体も精神も傷付き、杖をついていた頃(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 2011年、NBA史上最年少である22歳でMVPに選ばれたデリク・ローズ。好調時の彼がボールを持つと、相手は体にさえ触れさせてもらえなかった。シカゴ・ブルズの背番号1は、光り輝いていた。

 身長188センチとNBA選手としてはかなり小柄だが、ローズのスピードを活かした鋭いカットインを止めるにはファールしかなかった。――Too BIG(存在自体が大き過ぎ)、Too Strong(強過ぎ)、Too Fast(速過ぎ)、Too Good(良過ぎる)男――それがデリク・ローズだった。

撮影:著者
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 しかし、翌シーズンのプレイオフに左膝前十字靭帯断裂、2013年11月には右膝半月板、2015年2月にも右膝半月板を故障と、相次ぐケガに苦しむ。

 2016年以降はニューヨーク・ニックス、クリーブランド・キャバリアーズ、ミネソタ・ティンバーウルブズ、デトロイト・ピストンズと一年ごとにチームを渡り歩くようになった。2017-2018シーズンにはトレードされ、その先でウェイブされるという屈辱も味わっている。

 「ケガさえなければ、ステフィン・カリー以上の選手だった筈なのに…」と、ファンはローズの不運を嘆いた。

撮影:著者
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 2018年10月31日。ローズはキャリアハイとなる1試合で50得点を挙げ、復活をアピールする。試合後、ローズは涙ぐみながら「死ぬほど練習しました。チームの為、ファンの為にやって来た結果です。あなた達無しでは、私はプレーできません」と語った。

 ところが、同シーズン半ばに右足、終盤には右肘を痛め、またもコートを離れることとなる。

 今シーズン、ピストンズの背番号25となったローズは2020年1月4日から14試合連続で20以上得点をマーク。開幕から51試合を終え、ピストンズ内での最多得点が18ゲーム、最多アシストが23試合と気を吐く。MVPを受賞した頃程のスピードや強さは影を潜め、スターターが約束された身ではなくなったものの、ファンの心を揺さぶるプレーを見せた。

撮影:著者
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 が、またしても2月2日のゲームで鼠径部を痛めてしまうのだ。10日間で5試合を欠場。鼠径部のケガからの復帰3戦目となった2月23日、私はローズのプレーを目にした。

 この日のTipoffは18時。ローズがモダ・センターに姿を現したのは16時11分。彼にとってポートランド・トレイルブレイザーズのアリーナは、2013年11月に右膝半月板を痛めた場所である。

 ローズはクリーム色のコートに身を包み、ヘッドフォンをしながらAWAYチームの控室に入った。その45分後、ファンの前でおよそ20分間、シュートを打ち続けた。

撮影:著者
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 最初は公式球よりも重めのグレーのボールで。ローズはルーキー時代から、4.5パウンドのこのボールでのシュート練習を取り入れている。2016年にブルズからニックスに移籍し、敵チームの選手としてシカゴを訪れた際には、同ボールが消え失せ、ルーティンワークがこなせなかった。ブルズのボールボーイが自チームの所有物だと間違えたらしい、というのが後日談だが、それがNBAで話題になるほど、ローズはグレーのヘビーボールでのトレーニングを重要視している。

 3分ほどグレーボールでシュートを放つと、次は公式球を右手のみで。その後は様々な角度からひたすらシュートし続けた。ほとんど外すことは無い。確かな技術である。

撮影:著者
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 ローズはスターティングのポイントガードとしてTipoffを迎えた。ブルズ時代とは比較の仕様がないが、ポジショニングの良さを感じさせる。試合開始から2分17秒後カットインを見せ、得点。その後もプルアップショットを見せるが、ミスパスやドリブル中にボールを奪われるシーンも目に付いた。

 ほぼ互角の両チームの戦いは一進一退となる。ピストンズは第3Q残り5分42秒から試合終了の3分53秒前までリードしたが、ホームの大声援に後押しされたトレイルブレイザーズに104-107で振り切られた。

撮影:著者
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 試合後、ローズにICレコーダーを向ける。私はこの日のゲームよりも、ケガで苦しんだ日々、彼がどのような気持ちで困難と格闘して来たかを訊ねた。

 「メンター、友人、ファンに支えてもらいましたね。だからこそ、苦しい時も自分を信じることが出来たんです。『ここで負けちゃダメだ』という思いで、治療やリハビリを重ねました。

 本当にファンの方々には感謝しています。応援して下さる方を喜ばせるプレーを常に心掛けています。」

――MVPやブルズ時代以上の得点を挙げた昨シーズンの手応えは?

 「50得点で、自分は成長していると信じることができます。コートに立てばやれることも見えて来ますし。その繰り返しですね。ベテラン選手は、それぞれ生き延び方を知っています。私も出来る限り長く現役を続けられるようにやっていきたいですね」

――ケガに苦しむ前は1試合、40分近くプレーしていましたよね。今日は27分40秒でした。プレー時間の変化についてはどう受け止めていますか?

 「いいと思います。このところ、頭を使ったプレーをしている実感があるんですよ。与えられた仕事を確実にこなしていきたいです。私は終わっていません。自分自身を創り上げている最中です」

――今、NBA選手として定めている目標はありますか?

 「特にありません。先のことは考えずに“今”この瞬間に全力を尽くすだけです」

 トレイルブレイザーズ戦のローズは、チーム1位タイの15得点、アシスト3、リバウンド2を記録した。

 31歳の彼に22歳の頃のプレーを求めるのは酷か。それでも、本人が望むように可能な限り長く現役を続けられたらいい…と感じながら、私は帰路についた。

 その1週間後のことである。ローズは3月1日のサクラメント・キングス戦の1Qで、またしてもケガに見舞われる。右足首を捻挫しMRIを撮った結果「完治までに数週間」との診断が下った。目下、欠場中である。

撮影:著者
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 ローズは「たとえ24回シュートをミスしても、25回目に決まって勝利に繋がればいい」を信条にバスケットボールを続けて来た。ローズの歩みを注視すると、しばし感傷的な気持ちになる。だが、彼こそ人として如何に生きるべきかを身をもって伝えているような気がする。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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