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Fruitvale Station

林壮一ノンフィクションライター
2月10日に行われた試写会後に挨拶するライアン・クーグラー監督

2009年元旦、オスカー・グラントという22歳の黒人青年が亡くなった。同日の午前2時を少し過ぎた頃、彼はカリフォルニア州オークランドを走る「フルートヴェイル」駅のプラットホームでうつ伏せに寝かされていた。理由は電車内で乱闘騒ぎを起こしたからである。両手首に手錠がはめられ、傍にいた鉄道警官に抗える筈もなかった。それでも警官はグラントに向かって発砲し、若い生命を奪ったのである。 

ホームにうつ伏せになる直前、グラントは「(スタンガンを)こっちに向けないでくれよ! 俺には4歳の娘がいるんだ」と叫んだ。しかし、その声は届かなかった。スタンガンどころか、警官は本物の銃の引き金を引いたのである。この警官は白人だった。彼にとってグラントは“虫けら以下のブラック”だったのだ。

グラントには犯罪歴があり、ドラッグの売人という顔もあった。遅刻が原因で勤務していたスーパーマーケットを解雇されたばかりだった。それでも、4歳の娘を守るために、何とか生きていこうと努力していた。

オークランドのタフなエリアで育ったライアン・クーグラー監督(27歳)は、自分と同じ黒い肌を持った若者の死に衝撃を受ける。怒り、哀しみ、そして困惑を1本の映画作品とした。

スタート時は、たった7館でしか上映しなかったが、大ヒットを飛ばし、サンダンス映画祭作品賞、観客賞、第66回カンヌ映画祭フューチャーアワード賞など、幾つもの賞を総ナメにする。日本でも3月21日より公開されることが決まった。

先日、クーグラー監督が来日した。短い時間だったが、非常に会話が弾んだ。かつて私が通っていたボクシングで、今、汗を流しているという。

彼もまた、私が書き続けてきたマイノリティーの世界で生きている。私の作品の英語バージョンを送ってくれ、と言ってくれた。

久しぶりに身体が燃え上がるのを感じた。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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