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ベガルタ仙台の新GKが見せた人間としての温かみ

林壮一ノンフィクションライター
瞬く間に児童のハートを掴んだシュミット・ダニエル選手

身長196センチのGKを前に、児童たちがはち切れそうな笑顔を浮かべてボールを追う。どの少年少女も障害を持っており、本物のピッチに立つことは、おそらく生涯で一度も無い。

1月13日、さいたま市緑区に建つプラザイーストの多目的ホール。中央大学卒業を控え、間もなくベガルタ仙台入りするシュミット・ダニエル選手は、必死で向かってくる子供たちのシュートを受け続けた。

会場にはおよそ60名の障害児が集っていた。ベガルタ仙台の新GKは、子供たちの目線の高さまで腰を屈め、ハイタッチを要求しながら“ゲーム”を進めていく。そんなダニエルの姿を目に留めた中央大学サッカー部の白須真介監督は「ここまで周囲に目が行き届く選手に育ってくれたか」と、胸を熱くしていた。

ダニエルが中央大学に入学した際、高須監督はGKとしての経験の無さを問題視した。彼がGKになったのは東北学院高校に入学してからである。それまではボランチだった。

「中学時代はほとんどBチームでした。背が高いという理由だけで、控えのGKとしても登録されていましたが、高校入学時に『GK一本にしぼったらどうだ?』と言われてそうしました。でも、同じ学年に自分より優秀なGKがいましたから、出番はなかったんです。2年生の高校選手権県予選の時に、彼が怪我で出られなくなって、ようやくピッチに立つ機会を得ました。その後レギュラーになりましたが、2年生の時が県でベスト4、3年生でベスト8と、全国大会出場の経験はありません。

3年の夏にベガルタ仙台の練習に呼ばれて、プロを意識し始めました。進学することは決めていましたから、大学を卒業する時には絶対にプロになってやろうと思っていました」

進学校で育ったダニエルは、関東リーグ1部の中央大学、そして同大学の顔である法学部を選ぶ。入学時からAチームに抜擢され、1年生の6月には川崎フロンターレのキャンプに参加するようになった。1年生の8月から3年生まで、フロンターレの特別指定選手としてプレーしている。

「そこで出会ったのがブラジル人のGKコーチ、イッカさんです。練習はとてもキツかったんですが、僕を成長させてくれました。とにかく“出来るまでやらせるコーチ”なんです。すごく速いボールを蹴って来ますし、例えばキャッチかパンチングで6回シュートを防ぐメニューでも、6回キャッチするまで絶対に終わらなかったです」

白須監督は言う。

「週に2回くらいフロンターレの練習に出ていましたが、イッカさんの指導を受けるようになって、みるみるうちに変わっていきました。もともと運動神経は良かったんですが、全国大会等の大舞台に出ていないため、欲のないタイプだったんです。でも、意識が変わりましたね。

ゴールキーパーというのは、1に練習、2に練習、3、4がなくて5に練習のような、ストイックさが無いとモノになりません。ダニエルに関しては、イッカさんが眠っていた能力を引き出し、開花させてくれました。フロンターレに呼ばれていなければ、プロにはなれていなかったんじゃないかな」

フロンターレの特別指定選手でありながら、ダニエルが中央大でレギュラーを掴んだのは最上級生になってからである。そんな下積みが人間としての彼を大きくした。

「私、ダニエルさんからシュートを決めたよ! 大きくて、優しくて、格好良くて、また会いたい。これからもずっと応援します」

ある女の子が漏らした一言が耳に残った。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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