今年5月、パレスチナ自治区ガザをイスラエル軍の猛空爆が襲った。日本のメディア揃いも揃って「ハマスのロケット弾にイスラエルが報復」という表面的な構図で、この問題を報じ、かえって現地情勢の理解を妨げている。ガザ攻撃はなぜ行われたか。中東取材の長いジャーナリストの志葉玲がガザ攻撃が何故起きたのか、トランプ政権からのプロセスから解説する。

◯「模範的な報道」では事実を見誤らせる

 この5月、パレスチナ自治区ガザへイスラエル軍が猛空爆を行い、イスラム組織ハマスもイスラエルへ無数のロケット弾を発射した。ロイター通信などによると、11日間の紛争でガザ側の死者は248人、イスラエル側の死者は13人に上った。エジプトの仲裁もあり、現在は停戦しているものの、今回の危機を招いた要因は今なお残るままだ。日本のメディアは、まるでそのように書くのが暗黙の了解であるかのように、「ハマスのロケット弾が発射したことに対し、イスラエルが報復として空爆を行った」との図式で今回の危機を報じている。確かに、市街地へ向けてのロケット弾の無差別発射は批判されるべきことだ。だが、一方で、常に紛争の原因はハマス側にあり、イスラエルはテロに対して断固たる対応をしているだけというような報じ方こそ、イスラエル当局が求めている「模範的な報道」であり、むしろ、問題の本質を見誤らせることになってしまう。これまで幾度も繰り返してきたように、イスラエルのネタニヤフ政権はパレスチナ側に様々な暴力や挑発を行うことでハマスの「報復」を引き出し、「自分たちはテロに対応しているのだ」と自らの暴力を正当化し、さらには政権の求心力を高めることに利用しているのだ。

◯入植地拡大こそ、紛争の原因

 そもそも、なぜ今回、ハマスはロケット弾を発射したのか。その原因となったのは、イスラエル当局によるエルサレムでのパレスチナ人への弾圧だ。イスラエルとパレスチナ自治区の境界線上にある都市エルサレムは、ユダヤ教、イスラム教双方の聖地であり、その帰属が長年争いの原因となってきた。エルサレムには、イスラム教徒にとって最重要なイスラム寺院(モスク)の一つであるアルアクサ・モスクがある。このモスクへ礼拝しにきたパレスチナ人達に対しイスラエル治安当局が弾圧するということが、イスラム教徒にとって信仰を深めるラマダン月(断食月)であった4月12日から5月12日にかけ繰り返され、数百人が負傷した。イスラエル当局側によれば、礼拝者の一部が周辺を警備するイスラエル警察に投石などを行ったことへの対応とのことだが、イスラエル治安当局もゴム弾を発砲、催涙ガスや閃光弾を多用し、失明などの大怪我を人々に負わせたり、「スカンク・ウォーター」と呼ばれる強烈な悪臭を放つ水を人々に浴びせたりしている。

アルアクサ・モスクでの礼拝者へのイスラエル治安当局による弾圧を報じるAFP通信

シェイク・ジャラ近郊での抗議活動とそれを弾圧するイスラエル軍

 パレスチナ人側としては、イスラエル治安当局がアルアクサ・モスクのあるエルサレム旧市街への立ち入りの一部制限する一方で、イスラエル人右派が旧市街を練り歩き「パレスチナ人に死を」と叫ぶなどの挑発行為を容認したことへ反発を強めていたという経緯がある。さらに、東エルサレムのシェイク・ジャラ地区でのパレスチナ人住民約500人以上が強制移住に直面していることへの不満も高まっていた。同地区では、ユダヤ人入植者団体が「元々、我々の土地だった」と主張。パレスチナ人住民側が1948年から1967年にかけ東エルサレムを管理していたヨルダンから土地を取得した証拠を示したにもかかわらず、イスラエル地方裁判所は、ユダヤ人入植者団体の主張を認め、5月中にも一部の住民の排除が行われると見られていた(その後、最高裁が判断を一時的に延期)。中東和平において、パレスチナ自治区は今後、国家として独立し、東エルサレムを首都とすることを目指しているが、近年、東エルサレムではユダヤ人入植者による土地や建造物の占拠が続き、ネタニヤフ政権も東エルサレムでの入植地建設を推進してきた。占領地への入植活動はジュネーブ条約で禁止されており、度重なる国際社会の批判にもかかわらず、イスラエルは入植地を拡大させ続けている。これらの要因が重なり、この4月から5月にかけ、エルサレム周辺でパレスチナ人達の抗議活動が盛り上がり、さらにアルアクサモスクでの弾圧で、パレスチナ人達の怒りは頂点に達した、というわけだ。ハマスやパレスチナ側の各武装勢力は、エルサレムでの弾圧に対し「越えてはならない一線を越えた」として、アルアクサモスクの境内からイスラエル警察が撤収しない限り、ロケット弾を発射し続けると警告していたのである。

◯ロケット弾はネタニヤフ首相への支援に?

 だが、そうしたハマス等のロケット弾攻撃は、むしろベンヤミン・ネタニヤフ首相が臨むところでもあった。何故ならば、ネタニヤフ首相は12年続いた政権の座を失おうとしている。今年3月の総選挙でネタニヤフ首相が率いる与党リクードは議席の過半数を取れず、連立にも失敗。一方、野党は右派左派の主張の違いを越え、「ネタニヤフ打倒」の一点で連立政権発足に向け動いている。さらにネタニヤフ首相にとっては、汚職や詐欺等で起訴されており、今年4月から裁判も始まっている。イスラエルでは起訴されても首相在任中は有罪確定までは辞職しなくてもよいため、ネタニヤフ首相としてはなんとしても政権の座に居座りる続ける必要があるわけだ。そうした中でハマスのロケット弾は「国難」を演出し、ガザ空爆は「テロに屈しない首相」として自身の求心力を再び高める上で、ネタニヤフ首相にとっては好都合である等と、中東の複数のメディアやシンクタンク等が指摘している。

ネタニヤフ首相
ネタニヤフ首相写真:代表撮影/ロイター/アフロ

◯トランプ政権の負の遺産

 イスラエルの政界事情のみならず、米国の姿勢も今回のエルサレムでの弾圧やガザ空爆につながった。今回の危機は、トランプ政権の「負の遺産」が招いたと言える。