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市川猿之助さん逮捕をめぐる報道と騒動のあり方にますます違和感を覚えざるをえない

篠田博之月刊『創』編集長
大々的に行われた逮捕報道(筆者撮影)

 6月27日に市川猿之助さんが逮捕され、大報道が続いている。新聞・テレビは逮捕の瞬間から容疑者呼称に転じたのだが、容疑者とはもともとは「まだ犯人とは限らない」という意味なのだが、逮捕を機に事実上犯人視が始まってしまうのが実情だ。報道に絶望し、死んでしまおうと一家心中したのに、生き残ってしまったゆえに今度は自殺ほう助ということで犯罪者扱いされ、さらなるバッシングを受けるという、今の騒動のあり方には違和感を感じざるをえない。何か本質からひどくはずれているような印象がぬぐえないのだ。

 6月30日付のデイリー新潮によると、猿之助さんが捜査本部のある目黒署でなく原宿署に留置されたのは、最新鋭の設備のある同署で自殺防止を徹底させるためだという。本人が再び自殺を図る怖れは大きいということなのだろう。猿之助さんにとっては今の状況は、とうてい耐え難いものかもしれない。

そうやって追い詰めながら、その最後に自殺防止の「いのちの電話」のメッセージを流すという、最近の報道は、ほとんどブラックジョークではないだろうか。NHKは大河ドラマなど猿之助さんが出演していたドラマなどをオンデマンド配信停止したという。これもわけがわからない。いったい何を考えているのかと思ってしまう。

 なかには猿之助さんが実際には死ぬ気がなかったのではないかといった見方を平気でテレビなどで披露する人もいる。警察がいろいろな可能性を想定して調べを行うのは仕事だから仕方ないとしても、公のメディアで、雰囲気に流されて無神経な発言を平気で行うというのは言われている側にどう響くか、もう少し想像力を働かせる必要があるのではないか。まだ事実関係も明らかになっておらず、起訴されてもいない段階で、心中に失敗した人を犯罪者だとしてバッシングに走るというこの状況は何なのだろうか。

自殺に失敗したら犯罪者として総バッシングという構図

 逮捕直後からの報道、特に情報番組は、警察・検察の元関係者をゲストに呼んで、逮捕容疑は自殺ほう助だが、同意殺人、殺人罪が成立する可能性もといった解説を行うのに終始している。これでは見ている人たちが猿之助さんに対して犯罪者のイメージだけを膨らませていくのは無理もない。

 そもそも心中に失敗すると生き残った者が自殺ほう助という犯罪者として扱われるという法の制度自体が何となく不条理で、人の生き死にに関わる事柄だから、もう少し個別の事情に即して丁寧に論じないといけないのではないだろうか。

 猿之助さんが一命を取り止めることなく亡くなっていたら、これは報道に対する抗議の自殺という話なのだが、例えば元女子プレスラー木村花さんの自殺の時と180度真逆な今の空気は、その違いはいったい何に基づいているのだろうか。

 別に猿之助さん一家心中の引き金になったという『女性セブン』の報道に問題があったのではと主張しているわけではない。歌舞伎界にセクハラやパワハラが広がっているならば、きちんと検証して報道すべきだろうが、その検証もなされているようには思えない。具体的な議論や検証もほとんど行わないまま、ある時は同情的になったりある時はバッシングになったりする一色報道のあり方に疑問を感じざるをえないということだ。

「暴く側にもそれ相応の覚悟を」というコメント

 『週刊朝日』休刊でAERA.dotに移ったコラムで、ミッツ・マングローブさんが6月30日にこう書いている。

《「今時、そんなことを雑誌に暴露されたぐらいで死のうなんて思わないだろう」などと物知り顔で言っているようですが、まだまだ人は「そんなこと」ぐらいで死にます。

 たとえその言動に責められるべき側面があったとしても、常日頃から警戒心を抱えて生きていた人だからこそ、「そんなこと」ぐらいで取り乱し、究極の選択に突き進んでしまう。そして、そんな取り乱した我が子にずっと寄り添ってきた母親が「ならばいっしょに死のう」と思ったとしても、何ら不思議ではありません。

 だから「暴くのをやめろ」とは言いませんが、ジャーナリズム云々以前に経済活動としてやっている以上、暴く側にもそれ相応な覚悟を持って頂きたいなと思う次第です。》

https://dot.asahi.com/dot/2023062900110.html

市川猿之助と交わした警戒心という名の握手 ミッツ・マングローブ

 大事な指摘だ。騒動全体がエモーショナルになっている時に、こういう独自の視点で意見を表明する人がいるのは大切なことだが、今の猿之助さん逮捕騒動の中で、こういうコメントは珍しい。一家心中に失敗して猿之助さんが生き残ってしまったために、とにかく犯罪者扱いを前提にして感情的な総バッシングが行われている、この一色報道は異常ではないだろうか。

 この報道と騒動のあり方については、逮捕前に一度、疑問を呈する意見をこのヤフーニュースに書いた。ここでは第一報からの個々の報道を仔細に検討しているので参照してほしい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20230621-00354735

週刊誌が「逮捕」間近と報じた猿之助さん「一家心中」事件の本質は何なのか

 今何が起きているのかもう少し冷静に考え、何を議論すべきか考えられた報道をしてほしいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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