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逮捕された三田佳子さんの次男・高橋祐也君が不起訴になった事情を本人に聞いた

篠田博之月刊『創』編集長
10月24日放送のフジテレビ「ノンストップ」(筆者撮影)

 2019年10月17日に脅迫容疑で逮捕された三田佳子さんの次男・高橋祐也君は、10月24日、不起訴となって釈放された。それを報じた新聞・テレビでは、それまで犯罪者扱いだったのがいきなり「高橋祐也さん」と「さん」付け、読売新聞では「高橋祐也氏」と「氏」が付けられていた。

 ただ「不起訴となった理由について検察は明らかにしていない」という言い方で、不起訴になった経緯は報道されず、多くの人にとっては、いったいどうしてそうなったのかわかりにくいだろう。新聞・テレビに代わってその事情を書いておこう。

 自宅に戻った祐也君と、10月26日土曜夜、飲みながら話をした。飲みながらといっても彼は糖尿病が悪化しているのでビール1杯だけで、あとはウーロン茶だった。

和解に至り被害届けを取り下げ 

 不起訴になったのは言うまでもなく、被害届を出した元乃木坂46の女性と祐也君が和解し、彼女が被害届を取り下げたからだ。10月21日に渋谷警察署で祐也君に接見したことは前回の記事で書いたが、実はその日、彼女と子どもが帰京し、関係者の間で話し合いが行われた。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20191021-00147808/

(脅迫容疑で逮捕された三田佳子さんの次男・高橋祐也君が渋谷署の面会室で語ったこと)

 ついでながら26日に飲んだ時、祐也君は、彼女が「内縁の妻」と報道されていたのを、イメージが悪いと気にしていた。恐らく近々、籍を入れるという動きになるのではないだろうか。今回、家族の絆を再確認し、事件を収めるうえで大きな要因となったのは、子どもの存在だ。

 冷静に考えれば、今回、祐也君が起訴されるようなことになれば、2018年の薬物裁判での執行猶予が取り消され、服役することになる。今回の脅迫罪が有罪になれば、生まれたばかりの子どもにとっては、何年かの間、父親が刑務所で母親が女手ひとつで育児を行うことになる。この3人家族にとっては、それ自体が危機的な状態といってよい。

 相手女性もそのことを理解したろうし、そもそも今回の脅迫事件とされるものは、いわば夫婦喧嘩のようなものだから、和解が成立するのは当然だろう。彼女の父親はいまだに同意していないようなのだが、生まれたばかりの子どもの身になって考えればそうなるだろう。

「ノンストップ」での筆者(筆者撮影。以下も)
「ノンストップ」での筆者(筆者撮影。以下も)

 10月24日の午前にフジテレビの「ノンストップ」がこの事件を大きく取り上げ、私のインタビューも放送された。執行猶予取り下げになった場合にどうなるかという法律家の説明も含めて、問題点がわかりやすく示された番組だった。

 

 

視聴者からは「子どもを第一に考えて」という声が
視聴者からは「子どもを第一に考えて」という声が

 画像の下の方に番組を見ている視聴者のコメントが流れるようになっているのだが、ほとんどのコメントが「子どもがかわいそう」「子ども第一に考えるべき」というものだった。

 主婦が多いと思われる番組の視聴者の、それは率直な感想だったと思う。それらのコメントもおおいに参考になった。

逮捕の背景には警察の薬物への疑いが 

 そもそも夫婦喧嘩に警察が乗り出したと言うべき今回の事件、法的に見れば逮捕自体に無理があった。それをあえて警察が逮捕に踏み切ったのは、前の記事に書いたように、祐也君に薬物の疑いがかけられていたからだろう。担当したのが渋谷署だったのは、1年前の薬物事件の時に同署が担当したからだ。

 実際、今回、祐也君に聞いて見ると、尿検査が陰性となって薬物疑惑が晴れたとたんに、取り調べそのものが実質上終息したという印象だったようだ。それでも警察・検察は、執行猶予中にまたも騒ぎを起こした祐也君に対して何らかの処罰をという考えもあったようで、勾留も2泊3日で済まずに延長された。

 薬物を疑ったためだろうが、祐也君の自宅が家宅捜索されたり、捜査員が親の三田さん夫妻の自宅にも訪れるなど、捜索にもそれなりの人数が投入されたようだ。単にラインで脅迫的な暴言を送ったというだけの捜査でなかったことは明らかだ。

 芸能マスコミやネットでは「5度目の逮捕」が強調され、どうしようもない奴だという祐也君へのバッシングが吹き荒れていたが、押さえておくべきなのは、彼が薬物依存の治療の途上にいることだ。今回の事件は、薬物依存からどうやって更生するかという祐也君の置かれた状況を抜きには語れない面もある。

 以前もヤフーニュースに書いたように、2018年12月に出された祐也君への判決は、懲役2年6カ月、執行猶予5年というものだった。当時は、再犯にもかかわらず執行猶予が付いたことで処罰が軽すぎるという非難もあったが、これはひとつには「処罰から治療へ」という法務省や裁判所における薬物事件に対する考え方の変化を反映していた。5年という長期の執行猶予は、つまり治療に専念せよということで、その間、保護観察がついて監視も受けていくわけだ。

薬物依存に対する「治療か処罰か」のせめぎあい

 祐也君は判決後、沖縄の薬物治療機関「ガイア」に入所し、2019年夏まで、治療プログラムに従い、外部に電話することも基本的に禁止されるような生活を送っていた。そして夏に、交際していた女性が妊娠し出産するということでガイアを退所し、東京に戻ってきたのだった。ガイアはもともと、民間の治療機関「ダルク」から独立した人が沖縄に開設した機関だが、祐也君は帰京して今度は東京の幾つかあるダルクのひとつに通うことになった。

 沖縄では治療に専念して体を鍛えるような活動もしていたのだが、東京へ戻って、しかもあまり外出もしない生活だったこともあって、以前からの糖尿病が悪化することにもなった。そして9月下旬には子どもも生まれた。糖尿病の治療で入院中、その子どもの世話もあって相手女性が帰省したところ、前から結婚に反対していた彼女の父親が、もう娘は返さないと主張し、感情的になった祐也君がラインで「お前のおやじを殺したいくらいの気持ちだ」と暴言を発したのが、脅迫容疑になったわけだ。

 客観的に見れば、祐也君は、沖縄の時のように入所して治療に専念するという生活から、彼女と子育てもせねばならず、今後の生活を支えるために仕事もしなければならないという生活の転換を迫られていた。保護司からすればまだ定職には就かず治療優先をということだが、祐也君はいろいろ将来について思うところもあったはずで、それが入院などの状況も重なって精神的に追い詰められ感情的になったのだろう。

 ついでながら前述したように、警察・検察は脅迫事件を立件しようという意思もあったようだが、今回、服役でなく治療を続けることを優先すべきという主張を保護司も行ったようだ。今回、事態解決のために祐也君の代理人弁護士や、もちろん三田さん夫妻も尽力したのだが、これは言うならば、薬物依存をめぐって治療か処罰かというせめぎあいでもあったわけだ。

長期の執行猶予期間と治療への取り組み

 結局、祐也君はまだ執行猶予期間が4年残っており、その長期にわたって保護司の指導を受けながら治療を優先していくことになった。でも子どももできたことで、仕事をどうするかなど、与えられた課題は大きくなったと言える。前の奥さんとの子どもは小学生で、今でも祐也君との親子の親交はあるようで、彼は2人の子どもの父親としての自覚も迫られることになった。

 薬物依存といえば、昔は刑務所にぶちこんで痛い目にあわせるのが対処法と思われていた。しかし、近年は、治療体制を社会的にどう保障して再犯を防止していくかという考え方が次第に主流になりつつある。今回の祐也君の事件の経過や彼の置かれた状況そのものに、薬物依存をめぐるそうした社会的変化が影を落としている。

 本当はそういう問題にももう少し社会は目を向けるべきだと思う。「バカ息子がまたやらかした、三田さんが可哀想」という多くの感想は、もちろんあたってはいるのだが、薬物依存をめぐる問題について、報道する側ももう少し考えてほしいと思う。

 私は祐也君が1998年に最初に逮捕された時に三田さんにインタビューしたのがきっかけとなって、三田家に関わるようになった。最初の逮捕の時、祐也君はまだ18歳の高校生で、その後も何度も薬物で逮捕され、三田さん夫妻はそのたびに悲しい思いをしてきた。

 三田さんももう高齢で、体力を要する舞台の仕事を減らすなどしているが、大病をするなど健康面にも気を使わねばならなくなっている。まもなく40歳を迎える年齢になってもまだ親に迷惑をかけている祐也君には本当に奮起して新しい人生を切り開くことを期待したい。

 今回も飲みながらいろいろ話したが、彼も自分の置かれた状況について頭の中では理解しているようだ。しかし、それを行動で示さねばならないし、薬物依存は克服可能だということを証明してほしいと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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