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薬物逮捕の元体操五輪・岡崎聡子さんが今回は本格的治療をというもう一つの事情

篠田博之月刊『創』編集長
今回全面協力したフジテレビ『バイキング』の放送

 月刊『創』(つくる)に以前掲載した元体操五輪・岡崎聡子さんの手記が、6月20日のフジテレビ『バイキング』や23日のTBS『サンデージャポン』で取り上げられた。特に『バイキング』はこの手記だけで1コーナー成立させていた。

 取り上げ方はなかなか良かった。改めてじっくり読んでみると、薬物依存の恐ろしさが伝わってくる。

 例えばその手記では彼女はこう書いていた。

《私の薬物での逮捕は今回で5回め。薬物を始めてから合計すると10年くらい、生きている時間の半分くらいを獄中で過ごしていることになります。》

 これが10年前だが、その後も彼女は薬物依存が治らず逮捕を繰り返した。今回の逮捕で、起訴されなかったケースも含めると14回目とも言われている。2~3年獄中生活を務めた後、満期出所するのだが、再び2年もしないうちに逮捕、その繰り返しだった。考えてみればこれはかなり恐ろしいことだ。

 ちなみに彼女の手記については前回ヤフーニュースに主要部分を転載したので興味ある方は下記へアクセスしてほしい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190620-00130909/

薬物逮捕の元体操五輪代表・岡崎聡子さんが面会室で語ったことと獄中手記

 薬物依存は再犯性が高いので、本格的治療に取り組まないと、人生の半分を塀の中で過ごすことになってしまうという恐ろしい教訓だ。ヤフーニュースに書いた記事を読んだらしい三田佳子さんの次男・高橋祐也君からメールがあって「岡崎聡子さんすごいですね」と。いやいや他人事じゃないよ、キミ(笑)。油断するとあっという間に奈落の底へ落ちていくのが薬物依存の恐ろしさだ。

 

 このところ芸能人の薬物事件が続いているため、テレビのワイドショーなどは頻繁にその話題を取り上げているのだが、最近はさすがに薬物依存は病気という側面もあることへの理解が広がってきたように思う。

 『バイキング』など以前は、取材対象をとにかく断罪して留飲を下げるという番組だったが、6月20日の放送はバランスがとれていた。司会の坂上忍さんが「自分は厳しく罰すべきという論者だが、最近は薬物依存は病気でもあるというのを少し理解するようになりました」と述べていた。

 この番組で良かったのは、薬物依存についてグラフを使ったりしてスタジオでわかりやすく解説していたことだ。そこでも強調されていたが、薬物で検挙される人数はこの数年減っているのだが、そのうちの再犯は逆に増えている。これはかなり深刻な問題だ。

「薬物依存は孤立の病」いいコメントだ

 6月23日付朝日新聞によると、警察庁の調べで2018年の検挙者の66%が再犯だったという。薬物依存から抜け出せないで再犯を繰り返す中高年が相対的に増えているのだ。一生脱することができないまま人生を終えてしまう人も相当数いるのだろう。

 そういう重症の人をどうするのか。その問題を社会として考えていかない限り、薬物依存という病理を克服することはできないと思う。

 では岡崎さんのようなケースで具体的にどうすればよいのか。実はこれが簡単ではない。

 6月23日付朝日新聞は、フォーラム欄1面全部を使って「薬物依存 どうすれば」という大特集を掲載していた。その中に国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長の松本俊彦さんが、「『孤立の病』回復へ共生を」と題して、実に良いコメントをしていた。一部引用しよう。

《薬物依存は「孤立の病」です。薬物を使って依存症になるかならないかは、悩みを打ち明けられる相手や仲間がいるかどうかに大きく左右されます。依存症患者が社会で孤立せず、健康な人間関係の中で自分の居場所を見つけることが、回復を成功させるための一番の要素です。

 薬物使用者を排除する社会は、マイノリティーを切り捨てる社会です。障害を抱えた人たちとの共生社会を目指すなら、薬物問題を抱えた人たちとの共生が欠かせません。》

「薬物問題を抱えた人たちとの共生」――良い言葉だ。ただ、そうなるには社会の側の対応が全然追いついていないのが現実だ。

'''岡崎さんが薬物を断とうと思ったもう1つの理由''

 さて、今回の逮捕ではさすがに岡崎さんと10年来の付き合いである私も、本格的治療に取り組まないとかなりやばい、と説得した。前回も書いたが、彼女は前刑で獄中にいた時に、愛する父親と母親を亡くしたのだが、危篤の親に会いに行くこともできなかった。これは本人 そして実はもうひとつ、本人が薬物依存を本当に断ち切ろうと思い始めた理由があった。この間、ヤフーニュースの記事に、彼女が6月14日付で送ってきた手紙を思わせぶりに写真だけ掲げていたが、その中にもそのことが書かれていた。

《拝啓 梅雨の候。

 篠田さま、面会、差入、連絡、『創』の送付と、変わらぬご厚情、お心遣いに、深謝です。ありがとうございます。平成最後の日を地検で過ごし、令和初日を地裁で迎えることになるとは、新元号発表のTVを見ていたころには、夢にも思いませんでした。

 日本中が、令和により明るくより幸福な時代を期待する中、私のなかでは、福島刑務支所出所後の平成最後の一年の劇的な変化の時を、いにとってもかなり強烈な体験だったと思う。

やというほど感じていました。》

岡崎さんから届いた手紙
岡崎さんから届いた手紙

 出所後の劇的な変化とは何かというと、実は岡崎さんは出所後も複数回、薬物に手を染めているのだが、以前と違って、使用後の多幸感が得られなかったばかりか、身体が薬物を拒否するようになっていたというのだ。

 なぜだかはわからない。でもこれは薬物をやめるには格好のことだ。

精神的身体的に何が起きているのかわからないので、そのためにも保釈を得て検査入院をした方がよいのだが、これはどういうことなのだろうか。この記事を読んでいる薬物依存専門の方で、そういうことがあるのかどうか、あるとしたら何が考えられるのかぜひ教えてほしい。一つ心配なのは、何か彼女の身体に別の病気が発生していてその影響で薬物に対する違った反応が起きているのではということだ。

 彼女はこれから裁判を受けるのだが、今回の裁判では、彼女がこれまでと異なる更生への具体的な取り組みをどう示せるかが大きな争点になると思う。私もしばらく支援しないといけないと思うが、彼女のような重篤な依存症患者をどうやって立ち直らせることができるかは、この社会にとっても結構重たい課題であるような気がする。

 日本の薬物対策は、アメリカなどに比べて20年遅れていると言われる。アメリカもレーガン政権時代、薬物依存者をどんどん取り締まっていったのはよいが、刑務所がいっぱいになって新たな方策を考えざるを得なくなったという。その結果、出てきたのが、依存者をただ刑務所に閉じ込めるのでなく、治療を施すことで再犯を防いでいこうという考え方だった。その後、司法システムなどを大胆に変えていったアメリカでは、そのことが現実に効果をあげているという。日本でもその考え方を取り入れて2016年から「刑の一部執行猶予」制度が導入された。刑務所から少し早めに出してあげるのと引き換えに、治療に専念せよという仕組みだ。

 日本で今、どういう政策の変更が行われようとしているかについては、『創』2018年11月号に掲載した、専門家である石塚伸一龍谷大教授のインタビューをぜひ読んでほしい。今回、改めてヤフーニュース雑誌に無料公開する。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190621-00010000-tsukuru-soci

薬物依存めぐる現状と「刑の一部執行猶予」制度  石塚伸一

 岡崎さんの裁判はどうやら秋口まで3回ほどの公判になるかもしれないのだが、審理の過程で、薬物対策のあり方もぜひ議論してほしい。そして何よりも岡崎さんの人生にとって、これが転機にならないといけないと思う。この間の報道で、彼女がオリンピック日本代表として活躍していたころの写真などを久しぶりに見て、改めてそう思った。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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