韓国の英雄パク・チソン氏インタビュー「日本サッカー」を大いに語る

撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)

ヨーロッパのサッカー界でもっとも成功したアジア人は誰か。その答えはさまざまあるが、必ず登場するのは彼の名ではないだろうか。

2011年CL決勝でもプレー。(写真:ロイター/アフロ)
2011年CL決勝でもプレー。(写真:ロイター/アフロ)

パク・チソン(36)。1981年に韓国で生まれ育ち、Jリーグの京都サンガでプロデビューしたあと、オランダのPSVアイントホーウェンを経て、イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドで活躍したMFだ。マンUには7シーズン在籍し、プレミアリーグ優勝4回、チャンピオンズリーグ優勝1回を成し遂げ、2011年チャンピオンリーグではアジア人として初めて決勝のピッチにも立った。韓国代表としても02年、06年、10年と3度のワールドカップ出場を果たし、3大会連続でゴールも決めている。

韓国代表ではキャプテンも務めた。(写真:ロイター/アフロ)
韓国代表ではキャプテンも務めた。(写真:ロイター/アフロ)

■引退後初の日本メディア単独インタビュー

そんな韓国の英雄パク・チソンも2014年5月に現役を引退。右膝に不安を抱えていたとはいえ、33歳(当時)での引退は「少々若すぎる」と惜しまれたが、ピッチで労を厭わなかった“汗かき役”の引き際は潔く、引退後の生活も派手ではない。

現在は、引退後に結婚した妻と一人娘ヨヌちゃんとともにロンドンに在住。必要以上に目立つことを嫌うゆえに、メディア露出はあまり多くはない。韓国メディアの単独インタビューも指で数えるほどだ。

そんなパク・チソンが今回、生活拠点を置くロンドンでの単独インタビューに応じてくれた。筆者の記憶が正しければ、日本メディアの単独インタビューに応じるのは引退後初。2010年10月にソウルで行われた日韓戦前に中継局の事前番組で行って以来初めてのことになる。

■現在は良きパパに

――あまりに久々の登場です(笑)。日本のサッカーファンに近況の報告からお願いします。

「マンチェスター・ユナイテッドのクラブ・アンバサダー(大使)としてアジア各国で行われるイベントやサッカー教室に参加したり、AFC(アジアサッカー連盟)の社会貢献分科委員としてマレーシアで行われる会合に参加したりしています。今年7月からIFAB(国際サッカー評議会)の諮問委員にもなったので、その会合出席のためにチリにも行きました。

もちろん、韓国にも何度か戻っています。僕が理事を務める『JS財団』が主催するユースサッカー大会や慈善活動がありますからね。あちこち飛び回りながら、家に戻ってきたら子供の世話をする感じです」

撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)
撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)

――“レジェンド”も育児をするわけですね?

「ええ。娘を連れて地元の育児プログラムにも参加しますし、家事も手伝います。オムツも替えますし、料理も作ります(笑)」

――現役時代から日本でもマンチェスターでも、自炊はしていましたよね。ただ、オムツまで替えているとは意外でした(笑)。6月には“マンUレジェンズ”の一員として、ロナウド、リバウド、エドガー・ダービッツら“バルサ・レジェンズ”とのチャリティマッチにも呼ばれるほどのスターなのに(笑)。現役復帰、できるんじゃないですか?

「楽しい試合でしたね。チャリティマッチに呼ばれるのは大変光栄です。でも、特別な準備やトレーニングをすることはないですよ。

体力? まだ引退して3年しか経っていないので。ただ、膝が悪いので現役復帰までは考えません。1試合ぐらいなら何とかなるかもしれませんが、1年を通じて戦うことはできない。大観衆のスタジアムでプレーすることでかつての記憶が蘇り、“あ、僕はサッカー選手だったんだな”と自己確認できるレベルで、満足しています(笑)」

マンUとバルサの“レジェンズマッチ”(写真:ロイター/アフロ)
マンUとバルサの“レジェンズマッチ”(写真:ロイター/アフロ)

――ただ、サッカーは観ますよね。

「もちろん。テレビで観ますし、ロンドンを拠点にしているのでスタジアムにもよく足を運びます。主に観るのはマンUやプレミアでプレーする韓国人選手の試合ですが、その対戦相手に岡崎慎司選手や吉田麻也選手ら日本人選手もいるので、彼らにも目が行きます。

香川真司選手もマンU出身なので、何かと気になりますし、長谷部誠選手はまだドイツで頑張っているんですよね? 最近だとムトウ(武藤)やアサノ(浅野)でしたっけ。日本から次々と新しい選手がヨーロッパにやってきていることも知っています」

■日本の欧州組にも注目している

ちょっぴり意外だった。03年1月にJリーグを離れたあとも、京都時代のチームメイトだった松井大輔、熱田眞、野口裕司らとは連絡を取り合う仲だというが、現役時代に日韓戦などで対戦している長谷部や岡崎らはともかく、10歳以上も年が離れた武藤や浅野の名が出てくるとは思わなかったからだ。

――武藤や浅野のことまで知っているとは思いませんでした。

香川真司(写真:アフロ)
香川真司(写真:アフロ)

「詳しくチェックしているわけではないですが、記事になったりすれば気になって読んでしまいますよ。アジアの選手には関心があるし、特に僕の場合はJリーグでも選手生活を送ったので、日本サッカーの動向には強い関心があります。

例えば香川はドイツ1年目から素晴らしい活躍を見せていたし、マンUでも最初のシーズンは良かった。

ただ、2年目にマンUの指揮官がモイーズ監督に代わったことでいろいろと状況が変化してしまいました。結果的にはドルトムントに戻り、最近は試合に出たり出なかったりの繰り返しのようですが、ドルトムントでまた復活することを期待しながら注視しています」

■吉田、岡崎らはもっと評価されるべき

――プレミアでプレーする日本人選手はどう評価していますか?

「吉田選手はサウサンプトンとの契約を延長しましたよね。これは高く評価されるべきことですよ。

プレミアはほかの欧州各国に比べてスピーディーでテンポが速く、フィジカルコンタクトも激しい。各クラブの攻撃陣のレベルは高く、DFはタフさが求められますが、吉田選手はそのプレミアで6シーズンも生き残り、なおかつ契約延長を勝ち取ったこと自体、すごいことです。

岡崎選手も評価されるべきでしょう。一昨年のレスター優勝に大きく貢献した選手のひとりです。その後、監督が代わっても引き続きチームの戦力として確かな存在感を示している事実は、日本サッカーだけではなくアジアサッカー全体のイメージアップに大いに役立っていると思います」

吉田麻也(写真:Shutterstock/アフロ)
吉田麻也(写真:Shutterstock/アフロ)

――以前と比べてプレミアにおけるアジア人選手への評価は変わりましたか?

「とても良くなりましたよね。僕がマンUに入団する前までプレミアでプレーしていたのは中国の孫継海選手(マンチェスター・シティ)や李鉄選手(エバートン)ぐらいで、大きなインパクトも残していなかったので、ややレベルが落ちる存在に思われがちでした。

しかし、僕やイ・ヨンピョ先輩など韓国人選手が増え、日本人選手もやって来て良い姿を見せているとか…。もちろん、中には結果を残せず戻った選手もいますが、途切れることなく継続的にアジア選手がやって来て結果を出しているので、以前まで大多数を占めていたアジアに対する否定的な見方は薄れ、“アジアの選手も競争力がある”“アジアにもプレミアに通用する選手はいる”という認識が、間違いなく出来つつあると思います」

■日本人選手たちへのアドバイスは?

――そういうアジア人選手の評価を大きく変えたのが、パク・チソンさんだと思いますが…。

「いえいえ。僕以外にもヨーロッパに挑戦した先輩たちは多く、僕はその延長線上にいるひとりに過ぎません。それでも僕が大きく取り上げられるのは、マンUのおかげでしょう(笑)。僕が在籍した時代にマンUは多くの優勝を成し遂げ、そんな最強のチームの中にアジア人の僕がいたことで話題になりやすかっただけですよ。

つまるところ、大切なのは量と継続性なんです。ひとりふたりの選手が目立っても大衆の潜在認識は変えられないし、一瞬の輝きだけでは忘れられてしまうのも早い。多くの選手が活躍し、その系譜が持続してこそ、欧州におけるアジアサッカーに対する認識も改善されるんです。

アジアの評価が高まれば、韓国や日本の新たな才能たちが今よりももっとたくさん、欧州に挑戦できるようにもなる。そういう将来を見据えたとき、今、ヨーロッパでプレーしているアジア人選手たちは、そういう環境作りの面においても重要な役割を担っているし、それぞれその役割を果たしていると思いますね」

――ヨーロッパでプレーする韓国人選手とはよく会って、自身の経験やアドバイスを送ると聞きます。日本の“ヨーロッパ組”に何かアドバイスするなら?

撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)
撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)

「それぞれ自分の所属クラブで頑張っているので僕がアドバイスを送るのはおこがましいですが、一つ言えることは“言葉をマスターしよう”ということですね。

これは韓国人選手たちにも口酸っぱく言っていることなのです。言葉をマスターしてこそチームメイトとコミュニケーションできるし、自分が考えていることも伝えられる。謙虚さがアジア人の美徳ですが、こっちでは自己主張できなければ生き残れません。

それに、通訳を介していると微妙なニュアンスは伝わりづらく、チームメイトや監督との距離も埋まらない。本当に重要な局面以外はなるべく通訳を使わないことが、言葉を習得する近道です。

多少、文法や単語が間違っていても思いは伝わる。これからこっちに来る選手には、言葉をマスターすることを意識したほうがいいと、伝えたいですね」

■日本代表は戦力的に安定している

岡崎慎司(写真:アフロ)
岡崎慎司(写真:アフロ)

自己主張できなければ欧州では生き残れない――。寡黙に見えるパク・チソンだが、そのプレーで雄弁に語ってきたからこそ、説得力がある。

と同時に、そんな彼に日本代表についても尋ねてみたくなった。ヨーロッパではなかなか日本代表の試合を見る機会が少ないだけにハリル・ジャパンについて尋ねるのは少々気が引けたが、久々に再会した嬉しさの勢いに任せて質問を投げかけてみると、パク・チソンは言葉を選びなから語った。

――今の日本代表についてはどんな印象をお持ちですか?

「日本代表も試合結果はチェックしていますよ。最終予選の序盤は負けたりして、いろいろと批判や不安材料が指摘されたことも知っています。それでも今回も最終予選をグループ1位で通過し、ロシア・ワールドカップ出場を決めてしまうところはさすがでしょう。

基本的に日本代表はアップダウンがないというか、戦力的に安定しており、成績の浮き沈みが少ない。韓国代表はアップダウンがとても激しいのですが、日本は代表チームの運営がシステマチックで選手も次々と出てくる。その確かなベースの中である程度のレベルは維持されているので、著しく成績が落ち込むことがない。それはとても良いことだと思います」

8月のオーストラリア戦先発イレブン(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)
8月のオーストラリア戦先発イレブン(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

――日本を率いるのはユーゴスラビア出身のヴァヒド・ハリルホジッチ監督です。ポゼッション重視のパスサッカーを得意としてきた日本に、縦に速く“デュエル”という局面での攻防を重視するスタイルを持ち込んでいますが、その試みについてはどう思いますか?

「新しい監督になった日本代表の試合を詳しく見たことがないので一概には言えませんが、スタイルの変化について僕が思うのは、サッカーのトレンドというものは、文化やファッションと同じで常に廻り回っているということ。3バック全盛と思ったら4バックが流行し、気づいたら3バックを使うチームが増えていたりといった具合で、トレンドが移り変わっています。

バルサやスペイン代表のようなパスサッカーにしても、ディテール面ではいろいろと変化があり、新しいものが生まれていく。

トレンドが入れ替わりながら微妙に進化してくわけですが、現代サッカーでその変化の流れをどれだけ的確に読み取り、対処していくかが重要になってくると思いますし、監督選びもそのひとつだと思います。

そのチームが持つ本来の長所やストロングポイントを生かしつつ、世界の潮流に合わせて新たなプラスアルファを加えられる監督こそが“良き能力を持った指揮官”ではないでしょうか」

――ハリルホジッチ監督がそういう能力を持った監督だと思いますか?

日本代表のハリルホジッチ監督(写真:長田洋平/アフロスポーツ)
日本代表のハリルホジッチ監督(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

「それは僕にはわかりません(苦笑)。面識もありませんし、練習や試合をきめ細かく見たことがありませんから」

■W杯で躍進するための絶対条件

――ならば質問を変えましょう。まだグループ分けも決まっていない中で気が早いかもしれませんが、ロシア・ワールドカップでの日本代表の成績を予想するとどうでしょう?

「韓国も日本もここ最近、世界レベル、すなわち強豪国との対戦がないのでどのレベルにあるか判断しづらいですが、ここ数年で世界の強豪たちとの距離が縮まったとは思えません。世界とアジアとの間にはまだまた格差はある。

それはアジア勢からひとつも16強進出国が出なかかった2014年ブラジルW杯でも明らかでした。まだグループステージの組み合わせが決まっていない中で断言するのは早計ですが、あのとき白日の下にさらされたギャップは簡単に縮まるものではないと思う」

――では、韓国や日本といったアジア勢が4年前の雪辱を果たすために何をすべきでしょう?

「世界の強豪国とアジアとの間にある差は一朝一夕で埋まるものではありません。ただ、だからといって戦う前から諦めたり、必要以上に恐れることはありませんが、本番までいかに準備するかが重要になってくるでしょうね。

本番までの限られた日数の中、世界の強豪たちと多く対戦し、そこでしっかりと自分たちの立ち位置と現実を把握して、世界の強豪に勝つために足りない要素を補完していくことが大切でしょう。

撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)
撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)

選手たちの気構えも重要です。日本の場合、海外組が多いので欧州国を相手にしてもプレッシャーを感じることは少ないと思いますが、個ではなく組織として戦うのがサッカーです。個々の経験値ではなくチーム全体として自信を深めていくことが重要でしょう。

韓国も日本もこの部分をいかに克服・強化していくかが、ロシアでの成績を左右するポイントになると思います」

韓国や日本ではなく、「アジア」という言葉を何度も繰り返すのがパク・チソンらしいと思った。韓国で生まれ育ち、Jリーグで日本生活を経験しているせいもあるのだろうが、パク・チソンは現役時代から「アジア」を意識してきた。

2011年はベトナム、2012年はタイ、2013年は上海、2014年はインドネシアでチャリティマッチを開催しているほどだが、引退した今も彼の中で「アジア」は大切なキーワードになっているのだろう。

次回はパク・チソンが歩み始めたセカンドキャリアと韓国サッカーについて紹介しよう。

撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)
撮影:富岡秀 Shu Tomioka(Kaz Photography)

(この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。)

■10月24日掲載

韓国の英雄パク・チソン氏インタビュー「監督でも解説者でもない、新たなサッカー人生」