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『60 minutes』をめざして 8分間のアクチュアルプレーイングタイム増加がもたらす未来とは?

清水英斗サッカーライター

2015年のアジアカップでは、『60 minutes- Don’t Delay. Play!(遅らせるな。プレーしよう!)』と書かれた旗やロゴを、さまざまな場所で見かけることになるだろう。

AFC:'60 Minutes - Don't Delay. Play!'(旗の画像あり)

これはAFC(アジアサッカー連盟)が、昨年から行っているキャンペーンだ。『60 minutes』とは、アクチュアルプレーイングタイム(実際のプレー時間)のこと。サッカーの試合時間は90分と定められているが、実際にはボールがラインを割ったり、選手が倒れたりと、プレーが中断している時間も多い。このような時間を除き、実際にインプレーとなった時間のみを計測したのが、アクチュアルプレーイングタイム(以下APT)である。

AFCの発表によれば、アジアで行われる公式大会の平均APTは、52.07分。これはFIFA主催の大会よりも7.25分少なく、さらにヨーロッパ主要リーグとの比較では、11.50分も少ない。

選手が痛くもないのに倒れたり、執拗にレフェリーに抗議したり、意図的にリスタートを遅らせるなど、ファンにとっては何ひとつ魅力的には映らない、時間稼ぎの数々が、アジアのサッカーのAPTを低下させる一因になっている。

アジアの平均APTを60分に上げること。このキャンペーンのロゴを見ると、60と書かれた数字の左上に、赤い矢印が描かれている。これはサッカーボールの外周を時計に見立て、現在の52分を60分に伸ばしていこうと、願いを込めたデザインになっている。

(ただし、60分という数字目標に大した意味はない。AFC設立の60周年に、ちなんだそうだ)

なぜ、アクチュアルプレーイングタイムを増やすべきなのか?

昨年からスタートした『60 minutes』だが、アジア全体に浸透したとは到底言えない状況だ。

筆者は昨年10月にミャンマーで行われたU-19アジア選手権を取材したが、60分どころか、APTが50分を切るような試合も少なくなかった。原因はやはり、リードを奪ったチームによる執拗な時間稼ぎだ。明らかに無視された「Don’t Delay」の旗が、むしろ滑稽にさえ思えてしまう始末だった。

このキャンペーンには、越えなければならない大きな障害がある。

それはAPTを増やす努力が、必ずしもチームを勝利に結びつけるとは限らない、ということだ。むしろ、追加点を奪う実力のないチームにとっては、1点を取った時点で、姑息に試合を終わらせたほうが、勝率は高くなるかもしれない。APTを増やす意義を感じていない選手やチームが、アジアには少なくないだろう。

それでも、なぜ、APTを増やすべきなのか? 筆者は二つの理由があると考えている。

一つは、このままではアジアのサッカーと世界のレベルが、さらに開いてしまうことだ。ドイツやスペインのように長いAPTを戦えるチームは、フィジカルの面でも集中力の面でも、一段と競争力をつけて、高みへ進んで行くだろう。

その一方、時間を不当に殺すことが当たり前になっているチームは、自らの伸びしろを、ドブに捨てているようなものだ。52.07分しかプレーできないチームが、60分の対戦相手にゲームを支配された場合、どこかで体力やメンタルが尽きてしまうことは明らかだ。目先の1試合にとらわれた、レベルの低い時間稼ぎを続ければ、アジアのサッカーは勝利と引き換えに、未来を失うだろう。

世界の頂点をめざす気概があるのなら、そのチームは、APT削りをすぐにやめるべきである。

そして、APTを上げるべき二つめの理由は、サッカーというスポーツそのものを大切に想う、良心を育てるためだ。

サッカーファンであるなら、サッカーが魅力的なものであってほしいと願うのは、自然なこと。サッカーをリスペクトし、サッカーを大切にしたい気持ちがあれば、プレー時間を削るような戦い方に抵抗を覚えないはずがない。

そもそもプレー時間を削るプレーヤーなど、自己矛盾にほかならない。APTという形で、改めて数値化することで、それぞれが自らのサッカー観を振り返るきっかけになるだろう。たかがAPTだが、これは今、アジア全体が真剣に考えるべき課題ではないだろうか。

アクチュアルプレーイングタイムはひとつの目安

とはいえ、APTは万能の評価基準ではない。

APTは、選手の良心や向上心のみならず、気候やチーム戦術にも左右されるので、必ずしも長いほうのサッカーが絶対的に優れているわけではない。また、暑さなどの環境条件が異なるため、60分に届かない=NGとも一概には言えない。

重要なことは、数字の大小云々ではなく、アンチフットボールを撲滅すること。そして真摯に戦った結果、APTがやはり52分程度に留まるなら、それはそれで構わないだろう。だが、言うまでもなく、現実はそうではない。

アジアの国々がAPTの概念を通して、サッカーの未来へ向かうことができるのか。今大会の重要なテーマである。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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