Yahoo!ニュース

岸田減税が改めて問う、私たちの子や孫への責任

島澤諭関東学院大学経済学部教授
写真はイメージです(写真:アフロ)

岸田総理が「経済成長の成果である税収増などを国民に適切に還元すべく対策を実施したい」と表明されてから、与党内から堰を切ったように減税の提案が相次いでいます。

首相「賃上げ・投資で好循環」 半導体の国産化支援 経済対策きょう指示、物価高対策出口見えず(2023年9月26日 日本経済新聞)

自民と公明 減税求める意見相次ぎ検討加速 経済対策への提言で(2023年10月7日 NHK)

しかし、2023年度税制改正大綱では、防衛力強化に係る財源確保のための税制措置(2027年度に1兆円強の財源を確保するため、2024年以降の適切な時期に法人税、所得税、たばこ税を段階的に増税)が盛り込まれていますし、また、6月23日に閣議決定された「こども未来戦略方針」では、「異次元の少子化対策」の財源として、医療保険料への上乗せを想定した「支援金制度」の創設が書き込まれていますから、もし仮にいま岸田総理が減税を行なったとしても、選挙のあるなしに関わらず、直ぐに増税で回収されてしまうことは火を見るよりも明らかで、岸田総理はいま一時的に減税メガネに化けたとしてもすぐに増税メガネに戻ってしまうでしょう。

と、申しますか、そもそも岸田総理は「分配なくして成長なし」を唱えるゴリゴリの大きな政府論者ですから、減税は世論の歓心を買うための方便と考えるのが適切でしょう。

ところで、なぜいま減税なのでしょうか。

岸田総理は「成長の果実を還元」すると仰っておられますが、成長の果実といったところで、岸田内閣下での実質経済成長は平均0.4%(2021年10-12月期から2023年4-6月期まで)でしかありませんから、成長の果実は存在しません。税収の上振れのことを指すにしても、元々低く低く税収を見積もる癖のある財務省の税収見積もりから上振れしたに過ぎません。

2021年度の税収見込みと実績を比較すると、当初予算57.4兆円から67.0兆円へ9.6兆円の上振れ、2022年度の税収見込みと実績との比較では、当初予算65.2兆円から71.1兆円へ5.9兆円の上振れとなっています。2021年度の上振れの方が大きかったわけですが、減税という話は一切出てきていません。

それとも、インフレによるブラケットクリープが問題なのでしょうか。

物価高対策と矛盾しない減税策とは?

大きな政府論者の岸田総理が、突然、小さな政府論者みたいに減税を主張されれば、困惑が広がるのも当然です。

それでは、物価高対策としては、どうでしょうか。

物価高対策には2つあり、1つは直接的な物価引き下げ、もう1つは物価高の悪影響の緩和です。

岸田総理は、ガソリン価格の高騰に際して頑なにガソリン税の暫定税率撤廃にゼロ回答だった訳ですし、そもそも原油や食料品、原材料などの輸入価格の上昇の主因たる日銀の異次元緩和は放置されたままです。食料品の価格を引き下げたければ、関税の撤廃なども視野に入るはずですが、そうした声は一切聞こえてきません。

恐らく減税は物価高による実質所得の目減りに対処しようとされるものでしょうが、ブラケットクリープ以上の所得減税は物価高を加速させるでしょうから、物価高対策としては矛盾することになります。

では、消費税減税はどうでしょうか。消費税減税は、国民の支払価格を引き下げ、購買力を高めますから、先の2つの物価高対策を兼ね備えていると言えます。

しかし、鈴木財務大臣は、

消費税は全世代型社会保障制度を支える重要な財源として位置付けられておりまして、その税率を引き下げるということについては、極めて慎重な検討が必要だ

松野官房長官は

消費税は全世代型社会保障制度を支える重要な財源として位置付けられており、その税率を引き下げることについては慎重に検討する必要があると考えている

と、一言一句全く同じとは申せませんが、内容がまったく瓜二つの発言がなされています。

両大臣のお答えを待たずとも、確かに、全世代型社会保障の構築といまの社会保障給付を前提とすれば、今後も社会保障に莫大な財源が必要なのは自明で、消費税減税の余裕がないとなるのは当然なのですが、その前提を変えれば社会保障を維持するために消費税には一切手を付けられないという議論も非常に怪しくなってしまいます。現役世代と将来世代の重荷として機能している全世代型社会保障の構築を諦め、社会保障をスリム化すれば、消費税や社会保険料の増税は不要となるはずです。

ただし、社会保障給付のスリム化と消費税や社会保険料の引き下げの同時進行は、さすがに経済対策の場ではなく、社会保障と税の一体改革の範疇でしょう。

それにしても、このように防衛増税や子育て増税、2024年度から徴収が始まる1人年額1,000円の森林環境税、2028年度から徴収されるGX賦課金等々、増税策が次々と既定路線となっているなか、今回の減税措置との整合性はどう折り合いを付ければよいのでしょうか。

要するに、増税が予定されているなかで一時的な減税を実施したとしてもそれは「偽の減税」でしかなく、国民の不満のガス抜きか選挙対策でしかないとも言えます。

そもそも、赤字国債(新規国債35.6兆円、うち、建設国債6.6兆円、赤字国債29兆円)を発行して予算を組んでいるなかでの減税は、歳出削減がなく減税だけ実施されるのであれば子や孫たちへのツケ回しが増えるだけです。

岸田総理は防衛費の強化に際して、増税も含めた負担増を「今を生きる国民の責任」と仰っておられました。岸田総理は、ご自身が仰った「将来世代への責任」をどう考えるのでしょうか。

さらに、インフレと金利上昇を前提とすれば、これ以上の政府債務の積み上がりは避けなければならないという視点も必要でしょう。

岸田減税では、成長の果実を私たちが使い切るのか、子や孫に渡すのかが問われているのだと思います。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

島澤諭の最近の記事