宝塚歌劇団雪組トップ娘時代、早霧(さぎり)せいなさんとともに“平成のゴールデンコンビ”として人気を博した咲妃(さきひ)みゆさん。とにかく可憐で歌唱力抜群で、作品ごとに演技力の高さを見せつけています。しかし今回、清く正しく美しい世界とは正反対の、排泄物、下ネタ、性描写まである作品に出演。一体、どういうことなのか!?その真意と覚悟を聞きました。

ー今回出演する『衛生』は、排泄物を肥料として扱う業者一家の悪行三昧を描くミュージカル。かなり衝撃的な内容ですね。

 最初に申し上げておきますと、リスクも承知の上で舞台をお届けするという気持ちは持っています。

 前向きな気持ちを語るならば、新たな挑戦をさせていただける作品に出合えたなと。ただ、あらすじや自分の役を知っていくうちに、当然、前向きな気持ちだけではいられず、相当な覚悟と強い気持ちが必要だと感じました。が、即決で「やらせていただきたい」とお返事しました。

ー即決のポイントは?

 私の冒険心をかき立てたのだと思います。「この役者おもしろい」と思っていただくのが自分の目標の1つにあるので、この作品に全力で挑んだ先には、きっと新しい世界が見えるのではないかという希望を抱いています。今はまだ苦戦していますけど。

ー苦戦中ですか。

 これまで出演してきた作品では扱われなかったテーマがこの作品の要(かなめ)になっているので、そこを自分の中でしっかりと噛み砕くのに時間がかかりました。正直申し上げて、ショッキングなシーンも多いし、表面だけを見れば私自身も目を覆(おお)いたくなる、耳を塞(ふさ)ぎたくなるところがあります。

 でも、この作品が伝えたいことはそこではなく、決して衝撃を届けたいだけではないというのを、今は理解できたと自分では思っていて。そこを打破したことで、より作品に向かうエネルギーが増しました。

(撮影:島田薫)
(撮影:島田薫)

ー伝えたいテーマとはなんでしょうか?

 「人間とは汚いからこそ愛すべき崇高な生き物である」。登場人物がむやみやたらに暴力を振るって、自らの手を汚して、性的描写も出てくるんですけど、無鉄砲ではないというところが、この物語のおざなりにしてはいけないところ。1つ1つの行動には全部理由があるんです。

 稽古が進むほど、最初に抱いていたショッキングな感情がどんどん整理されていくという、不思議な時間を過ごしています。お客様には、ご覧になった上でいろいろな感情を抱いていただきたいのですが、なぜその感情を自分が抱いたのだろうと自分を見つめるきっかけにもなると思います。「生々しい人間を目の当たりにした時に、彼らと同じ人間であるあなたは何を感じますか?」ということです。

ー咲妃さんの中には裏の顔、恐ろしい感情はありますか?

 あると思います。いいことだと思わないから普段は押し殺しているだけで、人は時に思わぬ行動を取ってしまうとよく言いますが、決して他人事ではないと思っています。私は30年生きてきて、自分のことを大分理解できていると思っていたのに、日々いろいろな感情が湧き上がり、自分の知らなかった部分を目の当たりにすることもあります。

ー自分の知らなかった部分とは?

 目標があったのに到達できなかった時、妨げになったと感じる物事に対して「なぜそうなった?悔しい」という気持ちが湧いていたけど、その感情を抱くことはよくないことだと思ってきました。

 歌劇団時代に悔しい思いもつらい思いもしてきましたが、「そんな感情を抱いてはいけない。自分に足りないものがあるから、苦しくてつらい思いをしてしまうんだ」と、言い聞かせていました。今となっては、それが不自然だと思うようになりました。「私が悪うございました」と生きてきた人生を、もう1回やり直したいと思うくらい、今、不思議な心の解放を感じているんです。

 そう思えているのは、この作品の全ての登場人物が自分を否定していないから。私は花室麻子(はなむろ・あさこ)と諸星小子(もろほし・しょうこ)という2役を演じているのですが、端からは「なんて悪いことをするんだ」「なんてかわいそうなんだ」と見えたとしても、本人はかわいそうとも悪いとも思っていないんです。

 今まで数々の作品に挑んできましたが、この作品のために今までの経験はあったのだと思えるほど、全てをさらけ出して感情をフル稼働させてやっているので、毎日クタクタです。クタクタだけど、不思議と日を追うごとに楽しさが増しています。

 共演は芝居巧者の方ばかりなのでおもしろいし、演出の福原充則さんの「人間を突き詰めていきたい」というブレない思いがあるから、私も「咲妃みゆをさらけ出してやろう!」という感じです。

(撮影:島田薫)
(撮影:島田薫)

ー共演者(古田新太、尾上右近、「NON STYLE」石田明、ともさかりえ、六角精児等)は皆さん個性的。今まで咲妃さんが共演してきたタイプにはいない人たちですね。

 皆さん、「初めまして」なんですが、びっくりすることの連続です。稽古序盤から気を遣わない。どんな球でも投げ合って、驚いたり、嫌だという反応をなさる方はいらっしゃらない。それぞれが考えうる限りの魂をぶつけ合っているので、きっとご縁があって意味があって集まっている方々なのだと思います。コロナ禍でコミュニケーションを深めづらいのですが、人間味がさらけ出される作品なので、人となりはお芝居上で十分に分かるという感じです。

ー演出の福原さんは、舞台はもちろん、ドラマ「あなたの番です」の執筆など大人気ですね。

 福原さんは、あがいている咲妃みゆを大きな心で受け止めてくださる素敵な方です。今回、演じる2役が極端に違うので、切り替えも相当頑張らないといけないのですが、「トーンや仕草など変化をつけていく必要がありますね」とおっしゃるだけで、具体的にはおっしゃらないんですよ。これは「考えてきなさい」ということだと思って、大まかなプランを漠然と、でも、明確に抱いてお稽古に挑んでいます。

 結果、麻子に関しては、「健気で同情できて一生懸命さも伝わる。でもいい意味でウザい」と言われました。最後の“ウザい”の一言をいただけて、私の中で役作りが先に進めたというか、漠然とした言葉ではなく、どう見えているかを的確に言っていただけたのがすごくうれしかったです。

ー汚物や下ネタには慣れましたか?

 見事に慣れました。物語の中では排泄物がキーポイントになるのですが、別にそれが汚物だという提示の仕方ではなく、生きていく上で必要なものだという提示をしているので、そこがおもしろいですね。性的描写も人間がたどり着くであろう考えをやや誇張してお届けしている感じです。

ー宝塚時代からのファンの方々はきっと驚かれると思います。

 正直、最初にそこがよぎりました。だから、「パステルカラーの咲妃みゆだけをご覧になりたい方はご遠慮ください」というのを、事前に言っておかないといけないですね(笑)。その上でこちらは覚悟と信念を持ってやるだけです。取り組んでいる姿を見てから判断してほしいです。清く正しく美しい世界は、その逆があるからこそ成り立つんです。最終的には「この人、本当に咲妃みゆ?」と思ってもらうことが目標です。

ーこの作品が終わったら人が変わりそうですね。

 そうですね、どう変わるのか楽しみですし、多分、あしたの私もきょうとは違うだろうし、ぜひ、千秋楽後にまた会いに来てください。その時どうなっているか、私も楽しみです(笑)。

(撮影:島田薫)
(撮影:島田薫)

■ミュージカル『衛生』~リズム&バキューム~

「人間の業、汚い部分を描くおもしろいミュージカルをつくりたい」という演出家・福原充則と主演・古田新太の発案から生まれた作品。昭和30年代を舞台に登場人物が全員悪者、欲望のためには手段を選ばず泥臭くも自らの人生をたくましく生き抜く人々の物語。排泄物を扱う業者一家の悪行三昧を、ポップかつグロテスクに、それでもどこかあっけらかんと描いていく異色ミュージカル。7月9日に東京・赤坂ACTシアターで開幕。東京公演後は大阪、福岡でも上演される。

【インタビュー後記】

一言一言、言葉を選んで丁寧にゆっくり話す姿が印象的でした。製作発表や会見ではいつも周りを立て、自らは控えめに振る舞っている印象でしたが、本来の芯の強さを垣間見ることができました。歌劇団を退団してから4年。確実に新しい咲妃みゆが誕生しそうな予感です。

■咲妃みゆ(さきひ・みゆ)

1991年3月16日生まれ。宮崎県出身。2010年に宝塚歌劇団に入団し、月組に配属。2014年に雪組トップ娘役に就任。2017年7月の「幕末太陽傳」おそめ役を最後に、宝塚歌劇団を退団。その後は女優・歌手として、舞台、映像、音楽と幅広く活躍している。ミュージカル『衛生』~リズム&バキューム~の特別番組はTBSで6月30日(深夜1時28分)に放送予定。