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「あつ森」攻略本が70万部突破 ゲーム攻略サイトがマネできない紙面作りとは

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
現在も人気の「あつ森」攻略本(KADOKAWA Game Linkage提供)

3月に発売されたNintendo Switch用ゲームソフト、「あつ森」こと「あつまれどうぶつの森」は世界中で大ヒットとなり、合計2,240万本を販売するという驚異的なセールスを記録している(※本数は任天堂の2021年3月期 第1四半期決算による)。

本作の爆発的な人気とともに、「あつ森」の公式攻略本も非常に良く売れている。6月には、「あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド」の発売元であるKADOKAWAが、累計発行部数が60万部を突破したと発表。さらに7月には、徳間書店発行の「あつまれどうぶつの森 完全攻略本+超カタログ」も、累計発行部数が73万部を超えたことが公表された。どちらも一時は店頭での品切れが相次ぎ、転売屋の標的にされたというニュースが流れるほどの人気を博した。

60万部突破を伝えるKADOKAWAのプレスリリース(「PR TIMES」のサイトより筆者撮影)
60万部突破を伝えるKADOKAWAのプレスリリース(「PR TIMES」のサイトより筆者撮影)

出版社が、ゲーム攻略本の発行部数を公表するケースは、近年では極めて珍しい。おそらく、これらの発行部数はゲーム攻略本に限らず、すべての書籍を含めても昨今では上位に入ると思われる。わざわざ数字を公表したのは、「あつ森」の全プレイヤーに対し「多くの人に支持された本ですから、皆さん安心して買って下さいね」と伝える意図もあったのだろう。

今やネット上で誰でも無料で読める、あるいは情報を書き込める攻略サイトやWikiが、ごく当たり前に存在する時代になった。活況を呈するネット界隈とは対象的に、攻略本の出版点数は年々減少、本が売れまくったという話はほとんど聞かなくなり、攻略本の執筆を主な収入源とするライターもほとんど姿を消してしまった感がある。筆者もそんな昨今の厳しい市場環境を日々実感しているので、「あつ森」の攻略本がこれだけ売れたという事実には本当に驚かされた。

出版社も想定外の大ヒット

「あつ森」攻略本を発行した2社に、改めて本の売れ行きを伺ってみた。

KADOKAWA Game Linkageのファミ通・電撃ゲームメディア事業本部長、林克彦氏によると、「『あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド』は現在70万部を突破し、ここ数年の攻略本のなかでは異例のヒットとなっています。電撃の攻略本シリーズとしては、前作『とびだせ どうぶつの森』の攻略本『とびだせ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド』の発行部数を上回っています」とのこと。

一方、徳間書店発行の「あつまれ どうぶつの森 完全攻略本+超カタログ」を制作した、ゲーム雑誌「ニンテンドーリーム」編集長の冠美花氏、本書の編集統括を担当したアンビットの坂井一哉氏も、当初から本書は多くの部数が出ることを見込んでいた。

「『どうぶつの森』新作の攻略本については、当然売れるものになると考えていました。現在、攻略本や紙媒体が売れなくなっている事実はありますが、収集要素のあるタイトルでは一定の需要があります。『どうぶつの森』シリーズ本編ならなおさらです。ですので、時代もあり、前作の攻略本とまではいかなくても、通常の書籍よりは多くの部数を見込めるとは考えていました」(坂井氏)

では、かなりの数が売れることが両社とも見えていたにもかかわらず、なぜ品切れの時期がしばらく続いてしまったのだろうか?

「各種データ量が膨大で、『調べたくなる』要素も多いゲームなので、攻略本ニーズが高いことはわかっていました。とはいえ、ここまで売れることは想定しておらず、初版分は即完売となってしまいました。その後の重版分も即完売が続き、ご迷惑をおかけしてしまいました。さまざまなニュースで取り上げられることも多く、注目度の高さに驚きました」(林氏)

同じく、坂井氏も想像以上に高いニーズがあったことを指摘した。

徳間書店発行「あつまれ どうぶつの森 完全攻略本+超カタログ」の表紙(画像提供:「ニンテンドードリーム」編集部)
徳間書店発行「あつまれ どうぶつの森 完全攻略本+超カタログ」の表紙(画像提供:「ニンテンドードリーム」編集部)

「懸念事項として、今作はアップデートで要素が増えていくうえ、本の発売日時点で実装されている『名画』や『低木』が載らないことが確定したため、売れ行きに影響することも予想されました。さらに、発売前のユーザーの皆さんの攻略本に対する期待値がかなり高かったので、編集部としてはどこまで期待に応えられるのかドキドキしていたというのも正直なところです。

 そんな状況の中で、決して少なくはない初版を用意させていただきました。ですが、発売当初は品切れが続いてしまい、多くの方に手にとっていただきありがたいとともに、お待たせすることになり申し訳なかったです。今作のソフト販売数の凄さはご存じのとおりですので、攻略本もさまざまな影響がありながら、結果として差し引き前作と同じくらい、予想以上の部数になりました。やはり『どうぶつの森』はすごかった! という印象につきます」(坂井氏)

攻略サイトがマネできない、見て楽しい紙面構成を実現

前述したように、KADOKAWA版の攻略本は、前作の「とび森」攻略本の発行部数を上回り、徳間書店版の「あつ森」攻略本も、坂井氏によると現在までに「とびだせ どうぶつの森 超完全カタログ」とほぼ同程度の数が売れているそうだ。

実は「あつ森」の攻略本が売れに売れた理由は、単にソフトが大人気だっただけでも、突然変異的にたまたま当たったわけでもない。

坂井氏が、「前作の攻略本は、リメイクの見た目まで網羅したカタログやデータの充実度に厚い支持をいただけていたと思います」と指摘するように、「あつ森」の攻略本が売れまくったのは、前作の攻略本で高い評価を得ていたという下地があったのも要因のひとつなのだ。これはKADOKAWA版の攻略本にも、同じことが言えるだろう。

発行部数が73万部を突破したことを知らせる広告(画像提供:「ニンテンドードリーム」編集部)
発行部数が73万部を突破したことを知らせる広告(画像提供:「ニンテンドードリーム」編集部)

そして今回の「あつ森」攻略本も、より楽しく、有用なものにするために、両社とも紙面構成にはさまざまな工夫を凝らしている。

「各種データをわかりやすく、調べやすくまとめていることはもちろんですが、プレイしていて気になるであろうことの答えやヒント、アドバイスがたくさん掲載されています。『ちょっと気になる』から『徹底的に調べたい』まで、『あつ森』ユーザーのさまざまなニーズに応えられる一冊になっていると思います」(林氏)

「書名のとおり、一番の特徴はカタログです。特に今作は、同じアイテムのバリエーション違いが多く登場するので、それをひと目で見られるように編集しています。ゲーム中では、それぞれ手に入れたかどうかが記録されるので、自分がすでに持っているか区別する役割、そして収集を目指す人に向けて、収集項目のすべてにチェックボックスを置いています。

 ほかにもカタログは、壁紙の使用見本を窓付きで見せたり、服などの着用見本を入れたりと、そのアイテムを使うにあたって欲しい情報をなるべく入れるようにしています。もちろん、攻略パートは初心者からヤリコミ派までさまざまな目線から制作され手引きや小ネタを充実させていますし、『表紙から引けるインデックス』は定番のセールスポイントです」(冠氏)

徳間書店版「あつ森」攻略本の紙面。膨大な数のアイテムを網羅している(画像提供:「ニンテンドードリーム」編集部)
徳間書店版「あつ森」攻略本の紙面。膨大な数のアイテムを網羅している(画像提供:「ニンテンドードリーム」編集部)

また、冠・坂井両氏は、紙媒体ならではの良さを以下のように分析する。

「パラパラと眺める、膨大な量のアイテムカタログです! ネットはピンポイントな情報に行き着くのは早いですが、紙のほうが扱いやすかったり、欲しいものを探すのが楽しかったりしますよね。

 もうひとつは、ユーザーには確認しづらい正確な情報です。『どうぶつの森』シリーズは、決まった攻略法があるゲームではなく、時計と連動しながらさまざまなことが起こるため、調べるにも時間がかかるし、それが正確かどうかはわからないものが多くなります。なので、公式の攻略本による情報が求められているものだと思います。ただ、今作はアップデートで調整される可能性もありますので、そこはご了承いただければと……。

 それに『どうぶつの森』シリーズはユーザーの幅がとても広く、ゲーム攻略をネットで見ることが当たり前ではない層も多いと思います。何より、辞書のような厚さの本を実際に手に取ることを、シリーズの楽しみのひとつとして感じてもらえているのではないでしょうか」(坂井・冠氏)

同じく林氏も、「あつ森」攻略本はカタログ的に読める楽しさがあり、攻略サイトを見る習慣がないユーザーを取り込めたことを指摘する。

「まず、『あつまれ どうぶつの森』は膨大なデータ量を誇り、加えて、プレイしていると気になること、知りたいことが次々と出てきます。ほかのゲームよりも「調べる」ニーズが高く、視認性、検索性に優れる攻略本のニーズが高いのではないでしょうか。また、検証データがあるわけではないですが、本作はユーザー数が圧倒的に多く、そのなかには、ふだんそれほどゲームをプレイしない方、攻略Wikiや攻略動画に接していない方も相当数いらっしゃると思います。

 そういった方々にも、本書を選んでいただけたのではないかと思います。個人的には、どうぶつやアイテムのデータなど、パラパラとめくって眺めているだけでも楽しいので、そういった点が評価されているならうれしいですね」(林氏)

KADOKAWA版「あつ森」攻略本も、各種アイテム類のビジュアル情報が充実しているのが人気の秘密だ(PR TIMESのリリースより筆者撮影)
KADOKAWA版「あつ森」攻略本も、各種アイテム類のビジュアル情報が充実しているのが人気の秘密だ(PR TIMESのリリースより筆者撮影)

敵のモンスターを倒したり、プレイヤー同士で対戦するアクションゲームの攻略サイトであれば、たとえ武器や防具の画像はなくても、攻撃・防御力などのテキストデータさえ充実していれば、その存在価値は認められるだろう。

だが「あつ森」に関しては、テキスト情報だけで攻略サイトを作ったところでほとんど意味をなさない。なぜなら本作のプレイヤーは、膨大な数のアイテム類の中から、「自分の作りたい、テント(家)のイメージにピッタリ合う家具はどれかな?」などと見比べるために、質・量ともに充実したビジュアル情報を求めるからだ。

いくら情報を瞬時にアップデートできる攻略サイトであっても、全アイテムの画像を撮影・編集してそろえるのはたいへんな手間が掛かるし、テキストのように容易にコピペ(パクリ)ができない。仮に画像が全部集まったとしても、ブラウザ上でプレイヤーが調べたいアイテムを比較、検討できるシステムを構築するには、さらに多くの時間と手間が掛かることだろう。

しかし、紙の本であればページをぱっと開いたときに、多くの類似アイテムをすぐに見比べることができる。また、林氏が述べたように「あつ森」のファンであれば、ただ目的もなくパラパラとページをめくるだけでも楽しめるだろう。しかも、どちらの本も1,000ページを優に超える、まるで辞書のようなすごいボリュームがあるのだからなおさらだ。

攻略本が売れまくったのは、プレイヤーのニーズにきちんと応えたからこそなのだ。

改めて真剣に考えたい、ネット時代の攻略本ビジネスのあり方

かつて、(失礼ながら)あまり売れなかったゲームソフトであっても、攻略本が次から次へと発行されるバブルのような時代があった。しかし、今では「ポケモン」や「ドラクエ」、「スマブラ」シリーズなど、ソフトが確実に売れると見込まれるタイトル以外では、あまり攻略本が作られなくなってしまった。

ある編集プロダクションの社長によると、最初の攻略本ビジネスのピークは、ファミコンブーム期の真っ只中でゲーム攻略本ビジネスの黎明期だった1985年頃。第2のピークは、プレイステーションやセガサターンなど、いわゆる次世代機ブームが起きた90年代~2000年頃までだったという。過去には攻略本でひと山当てて高級外車を買った編集者もいたが、そんな景気のいい話が聞かれなくなって久しい。

しかし、工夫次第ではネット時代の今でも攻略本が売れ、ビジネスとして成立することを、「あつ森」攻略本が見事に証明してくれた。本の値段はKADOKAWA、徳間書店刊ともに1,650円(税込)とけっして安くはないのにこれだけ売れたのは、値段に見合う価値があると読者に認められた何よりの証拠だ。

「あつ森」攻略本の売れ行きには、ゲームメディアでペンを執る者のひとりとして、大いに勇気付けられた。同時に、「今は紙媒体がキツい時代だから」などと安易にチャレンジをあきらめたり、仕事を妥協すべきではないことも改めて教えてくれたように思う。

今後もコロナ禍による、ゲームの巣ごもり需要がしばらく続くことが予想されるので、攻略本の需要が増す可能性も大いにあるのではないだろうか。かく言う筆者も、少しでも多くの人が楽しい時間を過ごせるよう、ゲームの攻略本あるいは雑誌などの記事を通じて貢献できればと思う。

「あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド」

(電撃の攻略本 /発行:KADOKAWA Game Linkage)

(c) 2020 Nintendo

Licensed by NINTENDO

Nintendo Switchのロゴ・Nintendo Switchは任天堂の商標です。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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