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YOUは何しに日本のゲーム業界へ? 有名ゲーム開発者のスペイン語版インタビュー本の著者に迫る

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「SENSEI」の著者、ルイス・ガルシア氏(筆者撮影)

かつて、日本全国で空前の大ブームとなった「スペースインベーダー」の生みの親である西角友宏氏をはじめ、「パックマン」を開発した岩谷徹氏、「ファイナルファンタジー」シリーズの開発者である坂口博信氏など、超有名ゲーム開発者のインタビューをまとめた本が2017年に発行された。

その本の名前は「SENSEI」。なぜ、タイトルが横文字になっているのかというと、実は本書の著者はスペイン人であり、スペインの出版社から発行されたものだからだ。

本書の著者は、東京・秋葉原でゲームソフトのローカライズやマーケティングを手掛ける合同会社、SHINYUDENのゼネラルマネージャーであるルイス・ガルシア氏。同氏は「ファイナルファンタジー」シリーズなど、日本産のゲームをスペイン語版にローカライズする仕事を手掛けた経験を豊富に持ち、現在はNintendo Switch用ソフトのローカライズやパブリッシングなどのサポートも行っている。

それにしても、本書およびその続刊で、今年発売された「SENSEI2」に登場する面々は、日本でも滅多にお目にかける機会のない、ゲーム業界の大御所ばかりだ。まるで辞書のような分厚い紙面には、日本のゲームの歴史に関する証言がたっぷりと掲載されており、普段インタビューやゲーム産業史のオーラル・ヒストリー収集事業の仕事をしている筆者であっても、思わずうらやましくなるほどの充実ぶりだ。

では、ルイス氏はいったいなぜ、スペイン語で日本のゲーム開発者のインタビュー集を出版しようと思ったのだろうか? SHINYUDENのオフィスを訪ね、ご本人に話を伺ってみた。

ルイス氏の著書。中央が「SENSEI」、右が「SENSEI2」。左はフランス語版の「SENSEI」(筆者撮影)
ルイス氏の著書。中央が「SENSEI」、右が「SENSEI2」。左はフランス語版の「SENSEI」(筆者撮影)

学生時代から、スペイン語版のローカライズ業務を担当

ルイス氏は、少年時代にファミリーコンピュータで「スーパーマリオブラザーズ」を遊んだことがきっかけでゲームに興味を持ち、スーパーファミコンの「アラジン」やゲームボーイ版「テトリス」なども夢中になって遊んでいたそうだ。その後、プレイステーションの「ファイナルファンタジーVII」にも興味を持つと、自身が好きなゲームの多くが日本産だということに気付くとともに、ゲーム関連の仕事がしたいと意識するようになったという。

「当時のスペインは、ゲーム産業があまり盛んではなかったので、ゲーム関係の仕事をするのであればアメリカか日本に行こうと思っていました」(ルイス氏)

ルイス氏は、2006年に神田外国語大学の留学生として念願の来日を果たすと、早くもゲーム業界の門を叩く。しかも、いきなり大作ゲームの仕事を担うことになったのだから驚かされる。

「当時は金欠だったので(苦笑)、何かアルバイトをしようと思ってダメモトでスクウェア・エニックスに応募したんです。そうしたら、『ちょうど今、翻訳する人がいなくて困っていたんです』と言われて、スペイン語版『ファイナルファンタジーVI』の翻訳の仕事をいただきました」(ルイス氏)

以後、ルイス氏はフリーランスの翻訳家として本格的に事業を開始。「ファイナルファンタジー」シリーズを中心に、スペイン語版のローカライズを多数手掛けることで、日本を拠点として仕事をするための足場を着実に固めていった。

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「SENSEI」(上)と「SENSEI2」の目次より。数々の名作ゲームを手掛けた開発者たちの名前がズラリと並ぶ(筆者撮影)
「SENSEI」(上)と「SENSEI2」の目次より。数々の名作ゲームを手掛けた開発者たちの名前がズラリと並ぶ(筆者撮影)

「スペインの人たちにも役立つものを」という思いから執筆に着手

では、「SENSEI」を出版しようと思った動機は何だったのだろうか?

「スペインには、昔のゲームの情報がまったくと言っていいほどなかったんです。ゲームの存在は知られていても、それを作ったのはいったい誰なのか、みんな知らなかったんですね。私自身も、『スペースインベーダー』や『パックマン』などのレトロゲームが大好きですし、開発者のお話を聞いて本にすれば、スペインのゲーム好きにも絶対に読んでもらえると思って始めました」(ルイス氏)

スペインでは未知の情報を集めた本を発行するあたり、出版社を探す際はかなりの苦労があったのではないかと筆者は想像していた。ところがルイス氏によると、「Heros de Papelという出版社では、以前からゲーム専門の本を出したいという計画があったんです。そこで、すでに取材が終わっていた人のインタビュー原稿を早速見せたら、すぐにオーケーが出ました」(ルイス氏)そうで、まさに渡りに船だった。

また、本書のタイトルをなぜ「SENSEI」にしたのかを聞いたところ、「スペインでゲーム開発の仕事をしている人たちにも役立つよう、日本の『先生』たちの言葉をお借りして、そのノウハウや体験談などを伝えたい」(ルイス氏)という思いがあったからだそうだ。教科書的に活用してほしいという意味も込められた、まさに絶妙のネーミングであると言えよう。

ちなみに、本書の売れ行きを尋ねると、「実は、スペインのマーケットはとても小さいので、『SENSEI』はたくさん売れたというわけではないんです。でも、読んだ人はすごく喜んでくれましたし、私にとっては『SENSEI』を書き続けることが、日本に居続ける大きな理由、モチベーションになっているんですよ」(ルイス氏)

ルイス氏が日本語が堪能なだけでなく、日本のゲームの魅力や歴史をぜひスペインにも伝えたいという、強い「pasion(パシオン:情熱)」があったからこそ、膨大な量の取材をこなしたうえでの出版化が実現したのであろう。

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「SENSEI」の紙面より。坂口博信氏(上)と岩谷徹氏のインタビューが同時に載った本は極めて珍しい(筆者撮影)
「SENSEI」の紙面より。坂口博信氏(上)と岩谷徹氏のインタビューが同時に載った本は極めて珍しい(筆者撮影)

「SENSEI3」も来年刊行予定、日本語版の発売も検討中

それにしても、よくぞ短期間でこれだけの偉人たちの取材に成功したものだ。なかには超多忙でアポイントが滅多に取れない人や、日本のゲームメディアですら掲載されたのを見た記憶がない人もおり、筆者でも舌を巻くほどの素晴らしい人選だ。

またルイス氏によると、続刊の「SENSEI3」を来年5月に発売すべく、現在取材・執筆を進めているとのこと。既刊の2冊も含め、貴重な証言が多数掲載されている本書を、ぜひ日本語でも読んでみたいと思うのだが、日本語版を発売する予定はあるのだろうか?

「3冊分の中から、特に面白いものをピックアップしてまとめた、日本語版の発売も現在計画中ですので、ぜひ楽しみにしていてください」(ルイス氏)

日本のゲーム、およびゲーム開発者の歴史や素晴らしさを国内外に広めるべく、ゲームのローカライズの仕事と並行しながら取材に奔走するルイス氏。その活躍ぶりには、今後もぜひ注目していきたい。

・「SENSEI」(※リンク先はスペインの出版社、Heros de Papelのサイト)

https://www.heroesdepapel.es/product.php?id=32

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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