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「レトロゲーム本」発行ラッシュの影に潜む由々しき問題

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
レトロゲーム関連書籍の相次ぐ発刊はうれしいが……(※画像はイメージ)(写真:アフロ)

ゲーム機の復刻ブームとももに、レトロゲームの関連書籍も続々と登場

ここ2年ほどの間に、80~90年代に登場した古いゲームを紹介した書籍やムックが相次いで発行されている。

その契機となったのは、任天堂がファミリーコンピュータを手のひらサイズにアレンジした、「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」を2016年に発売し、人気商品となったことである。

翌年には「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」も発売され、現在までに全世界でのシリーズ累計出荷台数は1,000万台を突破した。(※筆者注:出荷台数は、任天堂の2019年3月期第2四半期の決算短信から引用)

また、昨年7月にはSNKが「ネオジオミニ」を、12月にはSIEが「プレイステーションクラシック」を相次いで発売した。そして今年になってからは、セガゲームスが「メガドライブミニ(仮称)」の発売を決定し、一般ユーザーから収録希望タイトルのアンケートを募るなど、ちょっとした懐かしのゲーム機の復刻ブームが起きている。

このブームに乗ずる形で、ゲーム機ごとに発売された作品の写真を並べたカタログや、あるいは「完全ガイド」などと称した本が立て続けに登場した。ゲーム関連の定期刊行物を発行していない出版社からも、このような本が多数発売されているのは、それだけ売れると見込まれた証左でもあろう。筆者としても、仕事の参考資料としてだけでなく、プライベートで遊ぶ際にも活用できるのでたいへんありがたい。

と、言いたいところなのだが、実は困った問題が起きている。今となっては貴重な、古いゲームのパッケージや画面写真、解説文が見られるのはうれしい反面、非常に拙い記述が目立つ本が少なからず見受けられるからだ。

世界中で人気となった「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」(筆者私物にて撮影)
世界中で人気となった「ニンテンドークラシックミニ スーパーファミコン」(筆者私物にて撮影)

「手抜き」としか言いようがない、誤記や説明不足、意味不明な掲載の例

では、具体的にどこが拙いのか? 以下、いくつかの例を挙げて説明しよう。まずは、「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」に便乗して発売された、数社のガイドブックよりゲームソフトの解説文やキャプションを引用してみる。

・「ゼルダの伝説」

「8つあるダンジョンに現れる敵や仕掛けもトリッキーで」とA誌には書いてあるが、本作の迷宮(ダンジョン)はLEVEL1~9までの9つである。

・「悪魔城ドラキュラ」

「『EASYモード』を搭載しているが、初めてのプレイだと難しさに圧倒されるかも」とB誌に書かれていたが、「EASYモード」があるのは後から発売されたROMカセット版だけで、最初に発売されたディスクシステム版には存在しないことが説明されていない。しかも、ゲームタイトルに併記された発売日はディスクシステム版の日付(1986年9月26日)だけで、当のROMカセット版の発売日(1993年2月5日)が書いていない。

・「信長の野望・全国版」

「今もなお続く、歴史SLGの超定番シリーズの第1弾」という解説をC誌で見付けたが、シリーズの第1弾は本州の一部の地域しか登場しない、全国版ではない「信長の野望」であり、明らかな間違い。「ファミコンで登場したシリーズ作品は本作が最初」などと限定して書べきだろう。

次に、セガ・エンタープライゼス(現:セガゲームス)が1988年に発売したゲーム機、「メガドライブ」の歴代ソフトを掲載したカタログ本の記述を引用する。

・「ワールドカップサッカー」

「映し出されるフィールドが狭いことや、反則がないなどの問題点がある」とD誌に書いてあったが、その根拠、理由の説明が一切載っていない。なお、80年代に発売されたサッカーゲーム(※本作は1989年発売)は、ファウルやオフサイドなどの反則がない作品はごく当たり前に存在し、それで問題になるどころか面白い作品も少なからずある。よって、「反則がないイコール問題」という書き方はやや乱暴な感がある。

・「フェリオス」

「ギリシャ神話をモチーフとした世界観が特徴だが、捕らわれの王女アルテミスの姿に欲情してしまったファンも多い」とE誌に書かれているが、こちらもなぜ欲情したのかが読んだだけではわからないし、そもそもこの言葉が表現として適切かどうかも疑問だ。

今度は、1987年にNECホームエレクトロニクスが発売した、PCエンジン用のソフトを紹介したカタログ本から引用する。

・「ビックリマンワールド」

「経験値の概念はないが、アイテムによって主人公がパワーアップしていく」とF誌では解説しているが、本作は敵キャラクターを倒すなどして得点を稼ぎ、一定の得点に到達するごとに主人公のライフ(体力)の最大値が増えるようになっているので、「経験値の概念がない」という書き方はおかしい。

・「ギャラガ'88」

「ナムコの固定画面シューティングをPCエンジンに移植」とG誌に書かれていたが、この説明だけではどこから移植されたのかが全然わからない。(※ちなみに、一番最初に登場したのはアーケード版である。)

いかがだろうか? このように単なる誤植ではない、ライターや編集者がゲームをちょっと遊んで調べたり、校正時に文面をチェックすれば気付くであろう、基本的な事実関係の誤りや、意味不明な記述が目立つ本が少なからず見受けられるというのが、本当に残念なことだが筆者の偽らざる実感なのだ。

国立国会図書館のサイトで、「ファミコン」と入力して本を発行順に検索した結果。古い時代のゲーム機・ソフトの関連書籍が、短期間でこれだけ発行されているのは驚きだ(筆者撮影)
国立国会図書館のサイトで、「ファミコン」と入力して本を発行順に検索した結果。古い時代のゲーム機・ソフトの関連書籍が、短期間でこれだけ発行されているのは驚きだ(筆者撮影)

クオリティに疑問を持たざるを得ない、レトロゲーム関連書籍が作られる理由

なぜ、かくもクオリティに問題のある記述が目立つ書籍が世に出ることになってしまったのだろうか?

その理由のひとつとして、これらの書籍のほとんどは、各メーカーの監修を一切受けていないことが挙げられる。もっとも、メーカーの監修を受けた場合には、広報担当者が著者の解説やレビューの内容に干渉し、文章の修正や削除を指示するという、ゲーム業界特有の慣習に従わされるデメリットが生じるので、この点に関しては版元を一方的には責められない。(※この問題は、詳しく説明すると膨大な量になってしまうので本稿では書かないが、また別の機会に改めて触れたいと思う。)

ライターも編集者も、紙媒体が主流だった頃の世代とは入れ替わって若返り、レトロゲームが新作として世に出回っていた当時の事情を知る人が少なくなったのも大きな要因と言えるだろう。だからこそ、解説文に「高い評価を受けた」「酷評された」などと書いてあるのに、そう評した根拠が具体的に何も説明されていないという、にわかには信じがたい構成のまま出版される事態が起きてしまうと考えられる。

力量不足のライターが執筆に参加した可能性も大いにあり得る。上記の例に挙げたような、実際にゲームをプレイしないで書いたとしたか思えないような記事や、ひどいものになると既刊の関連書籍の記述やWikipedia、個人ブログなど、誰が書いたのかも正しい情報なのかもよくわからない、有象無象のネット上の情報を参考にして書いたと思われる文章も、本によっては随所に見受けられるからだ。

ライターの証言から明らかになった、本の制作上の問題点

また、近年に発行されたレトロゲーム関連書籍の執筆、編集を担当したライター数名に話を聞いてみたところ、ほかにも大きな問題がいくつもあることがわかった。

あるライターによると、某レトロゲームカタログ本の編集部では、事実関係をきちんと調べたうえで書き上げた原稿を、どういうわけか担当編集者が勝手に書き換え、しかもWikipediaなどのネット情報を元にして書き換えたので間違いだらけにされてしまったことがあったそうだ。

しかも、外部からゲームに詳しいフリーのライターや編集者をブレーンとして招き、書面全体を監修する体制を作ったにもかかわらず、デタラメな状態のまま発売されてしまったという、実に不可解なことも起きていたというのだ。

さらに、別の某ガイドブックでは校了前に著者校正を行わず、誤った箇所を直さないまま入稿したり、なかにはゲーム画面などの写真をインターネット上から無断で転載した本もあったというのだから、もう開いた口が塞がらない。

最初から、「ネットの情報を参考にして記事を書き、低予算で本を作ろう」という企画コンセプトで作られるケースがあることも、極めて深刻な問題だ。

「完全ガイド」「コンプリート」などと標榜していながら、よく見ると1ページごとに特定のタイトルだけがクローズアップされ、それ以外の作品は小さくタイトル名と画面写真だけしか載っていない本もある。要するに、版元がライターに発注する原稿の量、すなわち経費や工程を節約したいからであるが、これのいったいどこが「完全ガイド」なのだろうか。

予算が少なければ、ライターに支払われる原稿料も当然ながら安くなる。よって、ライターは自分で調べて書くのは時間がかかって割に合わないからと、ネット上の書き込みをそのまま拝借するという、(本来あってはならないことだが……)手抜きに走る者が出やすくなる構造が必然的に出来上がる。

また、本によっては記事ごとに担当ライターの署名が入らなかったり、奥付に全ライティングスタッフの名前が一切載らない場合もある。よって、ライター側としては自身の宣伝ができないため、ますますモチベーションや責任感の低下につながってしまうのだ。

誤った情報・歴史が拡散される、負のスパイラルからの脱却を

クオリティに疑問符が付く本が増えた結果、Wikipediaの書き手がこれらの本から引用した記事を掲載することによって、誤った情報がさらにネット上で拡散されるという悪循環がすでに起きている。

今後も、「ネットの記事を参考にしながら原稿を書け」とライターに指示を出し、低予算で本を出し続ける出版社が減らないようであれば、ライターがWikipediaなどの誤った情報をまた引用した結果、おかしな本がまた新たに生産されてしまうという悪循環が生じてしまう。ゲームの歴史や文化を後世に残すための取り組みである、アーカイブ活動という観点からも、不確かな情報の拡散は非常に大きな問題だ。

拙稿、「日本が世界に誇るゲームを後世に 国もバックアップを始めた保存活動【ゲームアーカイブ】」でもご紹介した、今年1月に開催された「国際デジタルゲーム保存会議2019」には、実はゲームの各種情報(メタデータ)のアーカイブをテーマに講演を行った登壇者が数名いた。

そこで筆者は、登壇者に上記のような負のスパイラルが現場で起きていることを説明し、「何か解決策などはありませんか?」と質問させていただいた。すると、「今はそのような状態でも、時間とともに掲載される情報のクオリティは上がっていくと思います」という旨のご回答をいただいた。だが、低予算で手っ取り早く儲けたい出版社がはびこる間は、その連鎖を断ち切る日がやって来るのは、まだまだ当分先のことになりそうである。

筆者自身も、過去にレトロゲーム関連書籍の原稿を何度も書いた経験がある。なので、古いソフトやハードの調達をはじめ、資料調査や写真撮影、各メーカーへの掲載の許諾等々、出版するまでにたいへんな手間が掛かることは重々承知しているつもりだ。だが、ゲームメディアに限らず出版不況と言われて久しい昨今、せっかく良いチャンスを得たのに内容が拙い本を乱発した結果、読者にそっぽを向かれては元も子もないだろう。

繰り返すが、20年も30年も前に発売されたゲームソフトやパッケージ写真が並んだ本を、今なお作れる環境があることは本当に素晴らしい。だからこそ、これからレトロゲーム本を出そうと考える出版社の方々には、お金を払って買ってくれる読者に対して失礼のない、相応のクオリティを担保した書面に仕上げていただきたい。同時に、ライターに対しても労働の対価に見合った原稿料が払えるよう、適切な予算編成と無理のないスケジューリングによる制作体制の構築も併せてお願いしたい。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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