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重度の燃え尽き症候群は51%との結果も…新型コロナ感染拡大で医療者が抱える過酷さ

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:WavebreakMedia/イメージマート)

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は今も続いている

新型コロナウイルスの感染者は、世界全体で8000万人を超えました。また、亡くなった人は175万人を超えています(日本時間の27日午後3時時点)。(文献1)

感染者数が多い国は米国、インド、ブラジルなどで、死亡者数も同国で多いことが報告されています。

日本では、国内での新型コロナウイルス感染症の感染者は21万人、死亡者は3000名超となり、都内での感染者数は1000名/日に達しようとしています。(26日時点)(文献2)

感染拡大の勢いは落ち着いているとはいえず、年末年始をきっかけにどのような変化が生じるのか非常に注目されています。

医療従事者への大きな負担

感染拡大を止めるために一人一人の行動が重要な鍵を握ることは当然ですが、いざ発熱などの症状がでた場合に、検査を実施したり治療をするのは医療従事者です。

感染者が増えるということはそのぶん医療従事者の負担が増えることになりますが、医療従事者の人数を数ヶ月で倍増させることはできないため、現在日本でも「医療体制維持の限界点」を迎えようとしています。

(一部の地域では「もう崩壊している」と言われていますし、水面下ですでに平常時の医療体制を保てなくなっているところも少なくないでしょう)

そのような中でも、医療従事者は限られた人数で対応を続けています。

・新型コロナウイルス感染疑いの人

・新型コロナウイルス感染により入院を要する人

・新型コロナウイルス感染による重傷者(集中治療を要する)

に加え、

・突発的なケガ(外傷)や病気(心筋梗塞など)を起こした人

・それまで何らかの疾患で治療をしていた人

・安定していたが病状が急に悪化した人

・妊娠/出産

など「これまで実施してきた医療」も同時に扱わなければなりません。

私が専門とする産婦人科では「出産」が一つの大きなテーマです。

「少しでも新型コロナ感染の疑いがある」状況では、陣痛や破水などで体液が飛散する可能性が高い出産時は感染予防策に大きな負担が強いられます。

また、そのような予防策を敷いた状況(マスクや全身防護服の徹底など)では、「産まれるまでの十数時間」を過ごす妊婦さんも医療従事者も大変ですので、精神的・身体的疲労は平常時の何倍にもなってしまいます。

また、医療スタッフに感染者が出れば欠員になり、残った人員への負担はさらに増してしまいます。

安全な出産・育児を迎えるために避けては通れないのですが、このような現実が全国の医療機関に存在します。

実際、私の周囲にも、

「週末もほぼ休みなく勤務で急変時には呼び出されてしまい休息が取れない」(医師)「新型コロナウイルス感染の患者さんに長時間接するため自分自身が知らずに感染していないか不安で怖い」(看護師)

などといった声があり、心身への負担は相当なものになっています。

医療従事者の抱える心身の負担

それでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大下で、実際にどのくらいの負担が医療従事者にかかっており、不眠症やうつ症状、燃え尽き症候群などの症状がどの程度広まっているのでしょうか。

このテーマで、世界各国から調査研究の報告がなされています。

それらをまとめ、整理してみました。

(1)医療従事者の精神的症状の頻度

2020年7月時点での文献レビュー(scoping review)が報告されています。(文献3)

文献検索でヒットした154の論文のうち、厳格な基準を満たした10の論文をまとめて解析したものです。

主な結果は以下の通りです。

約4人に1人(53/230人)が心理的問題を抱えていた

・男性よりも女性の方が、医師よりも看護師の方が、メンタルヘルスの問題に悩まされている割合が高かった

・各症状の頻度は全般的不安(23~44%)、ストレス障害(27~71%)、うつ病(50%)、不眠症(34%)

・COVID-19の患者ケアに直接従事する最前線の医療従事者は、うつ病、不安症、不眠症、精神的苦痛のリスクが高かった

また、2020年9月に報告された研究(systematic review and meta-analysis)も紹介します。(文献4)

17カ国の162,639人が含まれる62件の研究をまとめて解析したものです。

このうちアジアからの報告は46件ありましたが、日本の研究は1つのみでした。

主な結果は以下の通りです。

・不安や抑うつ症状に共通する危険因子

 - 女性

 - 看護師

 - 社会経済的地位が低い

 - COVID-19に感染するリスクが高い

 - 社会的孤立

・保護因子(リスクを下げる)

 - 十分な医療資源の存在

 - 最新かつ正確な情報を持っていること

 - しっかりとした予防措置をとっていること

(2)医療従事者の燃え尽き症候群(バーンアウト)

2020年8月に報告された、欧州での横断的調査研究です。

集中治療に関わる医師が対象となりました。

回答率は20%で85カ国・12地域から約1000名の回答が集められました(平均年齢45歳、女性34%、大学付属病院50%)。

主な結果は以下の通りです。

不安は47%に、抑うつ症状は30%に、重度の燃え尽き症候群は51%に上った

女性はうつ病の危険因子だった

高齢なほど重度の燃え尽き症候群を持つ割合が高かった

(3)日本からの報告(総合病院勤務者の精神的負担)

日本から英語で報告された研究論文は非常に少ないですが、2020年11月に報告されたものを紹介します。(文献5)

2020年4月から5月にかけて都内の総合病院に勤務する方を対象とし、不安、抑うつ症状、レジリエンスに関して調査したものです。

合計848名の医療従事者(医師104名、看護師461名など)や事務員が回答しました。

主な結果は以下の通りです。

10%の回答者が「中等度から重度の不安障害」を抱えていた

28%の回答者が「抑うつ症状」を抱えていた

看護師であることはうつ病の危険因子だった

・高齢者およびレジリエンスの高い人は、抑うつ症状を抱える割合が低かった

医療従事者への理解と国からの支援が不可欠

ここまでの内容を整理すると、以下のようなことがわかります。

・医療従事者において不安症状や抑うつ症状、燃え尽き症候群を抱える割合は高い

・看護師、女性や、集中治療など最前線で対応にあたる医療者は特にリスクが高い

・十分な医療資源(物資・人員)は精神的負担の軽減効果がある

医療者の仕事は専門性が高く、なかなか勤務の実態を一般の方には想像しにくいかもしれません。

ただ、ぜひ少しだけ考えてみてください。

- あなたの大切な家族や友人が、医療従事者として日々の診療にあたり、過酷な状況で懸命に対応しながら「抑うつ症状」などに苦しんでいるとしたら。

- 彼らが、応援されるならまだしも「差別」や「批判」を受けているとしたら。

- 感染拡大予防策が守られずに、日々の感染者数がどんどん増えているとしたら。

彼らの心身が崩れてしまうことは、「医療崩壊が急速に進み、本来受けられるはずの医療が当然のように受けられなくなり、重症者や死亡者が増える」ことに直結します。

国がリーダーシップを取り、私たち一人一人が正しく理解し、適切な行動を日々選ぶ。

まず、これに尽きるのではないでしょうか。

そして、全国の医療者の心身を守り、支え、「身体的にも精神的にも折れないような施策」をしっかりと継続して組んでいくことが不可欠でしょう。

年末年始でどのような変化がもたらされるのか、誰にも予測ができません。

みなさま自身や大切なご家族、友人を守るため、そして医療体制を守ってくれている医療従事者を守るため、ぜひ力を貸していただければと思います。

*参考文献5の表記に誤りがあったため修正いたしました。大変失礼いたしました。(2020年12月29日)

参考文献:

1. Johns Hopkins University.

https://coronavirus.jhu.edu/

2. 厚生労働省.

https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html

3. Shaukat N, et al. Physical and mental health impacts of COVID-19 on healthcare workers: a scoping review. Int J Emerg Med. 2020 Jul 20;13(1):40.

4. Luo M, et al. The psychological and mental impact of coronavirus disease 2019 (COVID-19) on medical staff and general public - A systematic review and meta-analysis. Psychiatry Res. 2020 Sep;291:113190.

5. Awano N, et al. Anxiety, Depression, and Resilience of Healthcare Workers in Japan During the Coronavirus Disease 2019 Outbreak. Intern Med. 2020;59(21):2693-2699.

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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