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CHAI、春ねむりの北米ツアー盛況。パンク精神を持つ日本の女性ミュージシャンが海外で支持を集める理由

柴那典音楽ジャーナリスト
CHA I (photo by Emilio Herce)

日本のアーティストが久々に海外ツアーを再開させている。欧米各国で入国規制が緩和されたこともあり、海外で高い評価を集め独自のファンベースを築くバンドやミュージシャンがライブを開催し活況を呈している。パンデミックの2年間を経て、日本と海外の音楽シーンの関係はどう変わってきたのか? いくつかの例から解説したい。

まずは「ニュー・エキサイト・オンナバンド」を標榜する4人組、CHAIが約2年振りとなる北米ツアー「WINK TOGETHER NORTH AMERICA TOUR」を開催。2月から3月にかけてニューヨークやロサンゼルスなどを巡る全11公演で、3月17日(現地時間、以下同)のツアーファイナルLA公演も、待ちわびていた現地のファンが拍手と歓声で迎える大盛況の一夜となった。

CHAIはNYを拠点に活動する人気シンガーソングライターMitski(ミツキ)のサポートアクトにも抜擢され、2月17日から3月10日にかけての北米ツアーに帯同。テキサス州オースティンで開催される世界最大級の複合フェスティバル「SXSW(サウスバイサウスウエスト)2022」にも出演を果たした。

■CHAIのワールドワイドなブレイクと、USインディシーンにおける「アジア系女性」への注目

2017年のデビュー作『PINK』、2019年の2作目『PUNK』が海外メディアで高い評価を集め、2019年にはアメリカやヨーロッパを回るワールドツアーを行うなど世界中にファンを増やしてきたCHAI。着目すべきは、海外への渡航が途絶えていた2年間を経てもその人気は衰えず、さらに勢いを増しているということだ。

その理由の一つは旺盛なコラボレーションにある。

2020年8月にはスペインのガールズバンドHINDSとコラボシングル『UNITED GIRLS ROCK ‘N’ ROLL CLUB』を発表。10月にはGorillazのアルバム『SONG MACHINE: Season One - Strange Timez』に日本人アーティストとして唯一参加するなど国境を超えたコラボを繰り広げてきた。

レーベルのバックアップ体制も大きい。CHAIは2020年10月にアメリカの老舗インディーレーベルSUB POPと契約。2021年5月に3作目のアルバム『WINK』を同レーベルからリリースしている。

『WINK』収録の「IN PINK (feat.Mndsgn)」はLAを拠点に活動する気鋭のビートメイカーMndsgnと共作し、今年2月には世界5カ国のミュージシャンが最新作の6曲をリミックスしたEP『WINK TOGETHER』を発表。リモートでの音源制作が可能になった環境を活かし、日本にいながら海外アーティストとの交流を深めていった。

「ネオカワイイ」というキーワードを掲げ「コンプレックスはアートなり」という信条を持つ彼女たちのスタンスが、女性のエンパワーメントやルッキズムへの批判が広がる時流の中で評価を高めていったことも、支持拡大の理由の一つにあげられる。ニューヨーク・タイムズ紙は「現代の可愛らしさの理想を再定義する」とそのメッセージ性を解説し、自然体の音楽性を賞賛した。

昨今ではアニメ主題歌をきっかけに海外での知名度を高めるアーティストの例も多いが、CHAIの場合は音楽メディアPitchfork主催のフェス出演や米公共ラジオNPRの看板番組「Tiny Desk Concert」出演などを経てインディーミュージックのファンに支持を広げていったのが特徴だ。

ここ数年、インディシーンでは「アジア系女性ミュージシャン」への注目が高まっている。前述したMitsukiを筆頭に、韓国系アメリカ人のJapanese Breakfast、フィリピン系アメリカ人のJay Som、韓国系アメリカ人のSasamiなどのシンガーソングライターがブレイクを果たし、一つのコミュニティを形成してきている。こうした潮流の中でCHAIも受け入れられていると言っていいだろう。

■ロシアのライオット・ガールと共振する春ねむり

また、シンガーソングライターの春ねむりは3月4日から13日にかけて初の北米ツアーを開催。NYからテキサス州ダラスまでの5公演に加えて「SXSW」にも出演した。

2018年の『春と修羅』、2020年の『LOVETHEISM』が批評家やメディアに絶賛されたことをきっかけに海外での知名度を広げ、2019年にはヨーロッパツアーと共にスペインの大型フェス「Primavera Sound 2019」への出演も実現した春ねむり。初の北米ツアーは本来2020年3月に予定されていたが、4度にわたる延期のすえにようやく実現した形だ。

ツアーは全公演ソールドアウト。春ねむりも渡航が途絶えていた2年間のあいだに人気を高め、待望の存在となっていたようだ。2021年9月にシアトルのラジオ局・KEXPの恒例企画「Live on KEXP」にリモート出演しライブパフォーマンスを繰り広げるなど、オンラインでのメディア露出も大きかったはずだ。

3月16日には、SXSWでのパフォーマンスの高評価を受けて急遽イベント「FLOODfest」への追加出演が決定。ヘッドライナーはモスクワを拠点に活動するロシアのフェミニスト・パンク・グループ、Pussy Riotだ。ツイッターのプロフィール欄にも”RIOT GRRRL”と記す春ねむりは、Pussy Riotと同じく90年代の「ライオット・ガール」ムーブメントの精神性を受け継ぐアーティスト。前述の「Live on KEXP」でも楽曲「Police State」をカバーするなどPussy Riotを敬愛する姿勢を示していたが、「FLOODfest」では同曲を共にパフォーマンスする場面も見られた。

CHAIや春ねむりの活躍は、パンキッシュな精神を持つ日本の女性ミュージシャンが国境を超え支持を集める今の音楽シーンの潮流を示しているとも言えるだろう。

他にも、日本のアーティストの海外ツアーや海外フェス出演が発表されている。

きゃりーぱみゅぱみゅは2022年4月15日から4月24日の2週にわたって開催される米国最大級の野外音楽フェス「Coachella Valley Music and Arts Festival」に出演。Perfumeは2022年6月にスペインで開催される音楽フェス「Primavera Sound 2022」に出演。BAND-MAIDは2022年10月の音楽フェス「Aftershock Festival」に出演し3度目となる全米ツアーを開催。延期となったがおとぼけビ~バ~も北米とヨーロッパをまわるワールドツアーを予定している。

さらなる躍進に期待したい。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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