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不可知性の時代――これからの長期変化を考える

柴田悠京都大学大学院人間・環境学研究科 教授
2020年6月2日から11日にかけて発動された「東京アラート」(写真:西村尚己/アフロ)

「第4波」と「感染力が高まり子どもにも感染しやすくなった変異ウイルス」に不安を感じるなかで、本記事では、「これからの社会の長期変化」について、近代化論の視点から考えてみたい。

近代化と「リスク」

社会の近代化(科学技術の発展に起因する時空間の拡大化)が生みだした、近代社会への脅威となりうるもの。それを、近代化論では「リスク」と呼ぶ。

新型コロナウイルス、地球温暖化、金融危機など、さまざまな「リスク」がありうることを知った私たちからすると、「リスク」はいくつかに分類できるように思われる。そして「分類する」ことは、思考の整理につながることもある。(しかし、従来の近代化論では「リスクの分類」はあまり試みられてこなかった。)

「リスク」の4類型

そこでまずは、「リスク」を、つぎの①と②に大別してみよう。

①:近代化以前から存在または発生しつつも、近代化によってその脅威が空間的・時間的に拡大された、準自然的リスク。(例:温室効果ガス、放射性物質、新型ウイルス、新型細菌など)

②:近代化以前は存在せず、近代化によって生み出された、人工的リスク。(例:金融危機、遺伝子工学、〔深層学習以降の社会的影響力が高まった〕人工知能など)

さらにそれら①と②のそれぞれを、つぎのAとBに下位分類してみよう。

A:脅威の性質が、科学的研究などによって徐々に解明可能であり、ある程度予測できる、可知的リスク。(例:①温室効果ガス、①放射性物質、②金融危機など)

B:脅威の性質が、変異や学習などによって変わる可能性があり、その点で根本的に予測できない、不可知的リスク。(例:①新型ウイルス、①新型細菌、②遺伝子工学、②〔深層学習以降のブラックボックスを孕む〕人工知能など)

以上の2通りの分類を組み合わせると、「リスク」はつぎの4つに分類される。

①A:準自然的・可知的リスク(例:温室効果ガス、放射性物質など)

①B:準自然的・不可知的リスク(例:新型ウイルス、新型細菌など)

②A:人工的・可知的リスク(例:金融危機など)

②B:人工的・不可知的リスク(例:遺伝子工学、人工知能など)

不可知性の時代

新型コロナウイルスの出現によって私たちが身をもって知ったことの一つは、「これら4類型のうち、とりわけ性質が根本的に予測できないBの類型(不可知的リスク)が、その不可知性ゆえに、社会全体にとって大きな脅威になりうる」ということであった。

そこから長期的な視点で考えると、これからの社会で重要さを増していく課題として、「①B(新型ウイルスや新型細菌など)の不可知性にどう対処していくか」に加えて、「②B(遺伝子工学、人工知能など)の不可知性にどう対処していくか」も挙げられるだろう。

とくに「(深層学習以降の)人工知能」は、その高度な予測力ゆえに、(環境破壊とグローバル化のもとで今後もたびたび発生しグローバルに流行するだろう)新型ウイルス・新型細菌に対処するには、積極的に頼らざるを得ない技術である。

その点で、「人工知能の不可知性」への対処こそが、今後最も重要な課題になるかもしれない。

いずれにせよ、総じて「不可知性にどう対処していくか」が、今後の重要課題となっていく。そのような「これまで以上に不可知性への対処が重要課題になる時代」、いわば「不可知性の時代」に、私たちは突入しているように思われる。

真の難題

「これからの社会の長期変化」として本稿が見出した、これからの時代の特性は、「これまで以上に不可知性(変異や学習などによってリスクの性質が変わること)への対処が重要課題になる」という特性であった。

この「不可知性への対処」(たとえば変異ウイルスへの感染予防)のために、私たちはやがて人工知能の予測力(例:感染可能性の高い地域や人々の予測など)にも頼らざるを得なくなるだろう。

しかしその人工知能もまた、新たな機械学習によって予測能力や性質が変化するのであれば、不可知性を孕んでいる。

では、その「人工知能の不可知性」への対処(人工知能の性質変化がもたらしうる不可知なリスクへの対処)は、人間にとっていかにして可能か。その対処にも、より高度な人工知能に頼るのだろうか。ではその「より高度な人工知能」の不可知性には、どのように対処するのだろうか。

このような対処の困難性が、人工知能の発展とともに、いずれは顕在化するだろう。そのとき私たちは、「不可知性の時代」の真の難題に、初めて気づき直面するのかもしれない。

京都大学大学院人間・環境学研究科 教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会保障論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

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