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「子どもの日常は危険だらけ」は本当か?埼玉県置き去り禁止の騒動下、見過ごされた事実

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:イメージマート)

埼玉県議会での虐待禁止条例の改正案が物議を醸した。子どもだけで留守番させる、子どもだけで登下校する、子どもだけで公園で遊ぶことなどを禁止した内容だった(小学3年生以下は禁止、小学4~6年生も努力義務)。保護者等の反発は大きく、条例案を提出していた自民党県議団は撤回に追い込まれた。きょうはこの条例案をめぐる騒動、議論のなかで、見落とされがちだった、子どもたちの安全は実際どうなっているのかについて、データを見ながら考えたい。

「猛暑のなか車に置き去りにする親がいる」とか「日本は外国よりも安全だし」といった一部の事例や個人の感覚だけで議論するべきではない、と思う。

たしかに、今回の条例案は問題が多かった。ゴミ出しなどのほんの少しの間、子どもを置き去りにすることまで禁止となると、現実離れしているし、県民に通報義務を課すというのも、まわりから監視されているようで、子育て中の保護者は、とてもつらい。今回のような案が通れば、いまでもバスや電車でベビーカーに乗せてとても気を使うのに、一層子育てしにくい世の中になっていただろう。

■子どもの安全と親の都合は、天秤にかけるもの?

条例案が撤回されてよかったとは思うが、子どもの命・安全が現状のままでよいかどうかは、別途検討していく必要がある。もちろん埼玉県に限らず。わたしも3歳と小学生等の親(5人の子育て中)なので、育児の大変さは身に沁みているし、反省することも多いが、親が大変だ、余裕がないからといって、子どもを危険な目にあわせてよい、ということにはならないだろう。

今回のような騒動があっても、なくても、子どもたちの命・安全を、だれが(保護者+保護者以外、社会)、どう守っていくのかは、考えていく必要がある。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

似たことを感じたのは、2020年3月、新型コロナのために全国で一斉休校になったときだ。小学生らの保護者から「子どもを預ける場所がなくて困る」という声が多くあがった。私も大変で、子守りしながら仕事をするなんてムリがあると実感した。実際、小学校等の一部では、休校中でも一部の教室を開放したところもあった。

あのときも、「子どもの安全(感染回避)」という価値と、「親が仕事できること」という価値の衝突だった。結果的には子どもの重症化率、致死率はたいへん低かったので、休校にするほどではなかった、と主張する人もいる。だが、当時は、コロナがどこまで恐ろしいかは分からない部分も多かったし、感染した子どもから重症化リスクの高い高齢者等にうつすこともあった。

そもそも、子どもの安全と、仕事上の親の都合を天秤にかけるものだったのだろうか。繰り返しになるが、子育て中の保護者が大変で、社会的な支援が不足しているのは大きな問題だ。だが、だからといって、子どもの安全を軽視してよい、ということにはならない。そうした葛藤、ジレンマを休校中に感じた保護者も少なくなかったことだろうし、今回の条例案についても、「そりゃ、できれば子どもだけを置き去りにしたくはないよ(でもいろいろな事情があるし)」という保護者は多いと思う。

■子どもの日常は危険だらけ?

現実問題としては、子どもの安全だけを重視するわけにもいかない。交通事故があるからといって、子どもを一切車に乗せません、という人はほぼいないだろう。溺れるリスクがあるので、子どもを一切プールに入れません、というのも極端だ。便益(自動車を使うことや水泳できるようになることによるメリット)と、事故などのリスクを考えて、リスクが大きすぎることはしないが、そうでないものは、なるべく危険を回避しながら、折り合いを付けていくしかない。

そこで、子どもたちはどのくらい危ないのか、少し調べてみた。※ただし、犯罪統計については扱わない。

図1と2は、子どもが交通事故や不慮の事故で死亡した件数だ(図1と2で縦軸の数値幅が異なることには注意)。いま子育て中の保護者が子どもだった頃の1980年代、90年代と比べて、2015年以降は、はるかに事故死は減っている

図1

出所)厚生労働省「令和4年人口動態統計」をもとに作成
出所)厚生労働省「令和4年人口動態統計」をもとに作成

図2

出所)厚生労働省「令和4年人口動態統計」をもとに作成
出所)厚生労働省「令和4年人口動態統計」をもとに作成

少子化の影響も多少あるが、その年齢区分の人口比のデータを見ても、大幅に減っている。5~9歳の人口10万人あたり、交通事故を含む不慮の事故による死亡率は、1980年11.4⇒1990年7⇒2000年4⇒2010年2.3⇒2020年1⇒2022年0.6と低下している。

もちろん件数だけの問題ではなく、子どもの死が1件でも起きるのは悲しいことだし、防げるものは防ぎたい。だが、少なくとも死亡事故から見れば、子どもの環境の安全性は相当高くなっている、と言えそうだ。なお、本稿では深入りできないが、子どもの自殺は深刻な問題として残っている。

■保護者や保育士、教職員はよく安全確保している

次の図3では、交通事故を除く不慮の事故死の内訳を示した。0歳は窒息が圧倒的に多く、1~4歳は窒息に加えて、転倒・転落や溺死、熱中症などがある。5~9歳は溺死が多くなる。なお、火災による死亡事故は2022年はない。

図3 不慮の事故による死亡の内訳(交通事故を除く、2022年)

出所)厚生労働省「令和4年人口動態統計」をもとに作成
出所)厚生労働省「令和4年人口動態統計」をもとに作成

こうしたファクトデータをどう解釈するか。わたしは子どもの事故の専門家ではないので、専門家からご指摘いただきたいが、ひとつの可能性は、子どもの監護に関わる大人(保護者をはじめとして、保育士や教職員等を含め)が相当気をつけている、ということだろう。

もちろん、ほかの要因も考えられる。石油ストーブなどがエアコンに代わった家庭・学校・保育園等も多い中で火災事故が減ったこと、子どもの遊びや生活の変化(テレビゲームなら転落死や溺死は起きない)、医療や救急体制のおかげで助かる命が増えたことなどの影響も、おそらくあるだろう。

■死亡に至らない事故の状況は

以上は、死亡事故についてであったが、死亡には至らないが、子どもが深刻な障害や怪我を負うケースもあるし、後遺症はなくても危なかったというケースもある。

総務省によると、2021年中の救急自動車による急病の搬送数は0歳~6歳で約13万人、7~17歳で7万人、交通事故による搬送数は0歳~6歳で9千人弱、7~17歳で約3万1千人発生している(「令和4年版救急救助の現況」)。約20年前の2005年で急病の搬送数は0歳~6歳で約16万人、7~17歳で7万人、交通事故による搬送数は0歳~6歳で約2万7千人、7~17歳で約7万5千人である(「平成18年版救急救助の現況」)。交通事故は大きく減っている。

東京消防庁のデータによると、0歳から5歳までの乳幼児の事故で、平成29年から令和3年までの5年間に約4万6千人が救急搬送されているが、多いのは、「落ちる」「ころぶ」「ものがつまる」ケースだ(令和3年中「救急搬送データから見る日常生活の事故」の概要)。事故の発生場所は74%が住宅等居住場所で、道路・交通施設が9%、公園・遊園地・運動場等が9%などとなっている。

図4 0歳から5歳までの事故種別ごとの救急搬送人員と中等症以上の割合

出所)東京消防庁・令和3年中「救急搬送データから見る日常生活の事故」の概要
出所)東京消防庁・令和3年中「救急搬送データから見る日常生活の事故」の概要

東京消防庁のこの資料では、年齢別に起きやすい事故と気をつけることがまとまっているので、紹介する。

図5 特徴的な事故

出所)前掲東京消防庁資料
出所)前掲東京消防庁資料

こうした救急のデータを参照すると、比較的発生件数が多い、子どもの転倒事故や誤飲等による窒息には、保護者等は特に気をつける必要があるし、発生件数は少ないものの重症化リスクの高い水難事故については、ライフジャケットの着用や川遊びの是非について検討することなどが必要となろう。

■そもそも、埼玉県の条例案の前提は確かだったのか?

以上概観したデータから示唆されるのは、ここ数年、子どもを死なせる大人は、20年前、30~40年前と比べてずいぶん減ってきたということだし、公園などの子どもの遊び場がすごく危ないとは言い難い。置き去りによる熱中症等も起きているのは事実だが、すごく多いわけではない。

よく言われることではあるが、一部のセンセーショナルな事故、事件の報道等に引きずられて、思い込みで「いまの子どもは危ない」、「いまどきの保護者は何をやらかすか分からない」などと捉えることは、現実を正確に観察しているとは言い難い。ましてや、市民の自由や権利を制限する条例や制度をつくる主体となりえる、今回の条例案を出してきた県議の方、あるいはその是非を審議する県議の方等は、子どもの安全の状況、実態をどこまで確認していたのだろうか。

写真:アフロ

繰り返すが、件数や発生確率が低いからといって、無視してよい、軽視してよいというわけではない。地震や津波への備えが大事なのと同じことだ。子どもの命を守る安全対策は、それこそ自治体や国の仕事としても推進してほしいし、また保護者等が気をつけるべきこともたくさんある。今回の騒動をきっかけに、たとえば、子どもをやむなく留守番させないといけない家庭等への支援が充実することを、わたしも強く願っている

便益とリスクを考えて、折り合いを付けて生きていくなかで、ましてや、いろいろと困難や悩みを抱えながら子育てをしている保護者等も多いなか、一部のリスクを重く捉え過ぎるのはバランスを欠いた考え方、議論と言えるだろう。たとえば、交通事故が心配だからといって、子どもを乗せた自転車(あるいは子どもだけの自転車)は禁止、という法律や条令ができたら、それは、失われる便益のほうが大きいと言えるだろうし、なにより、窮屈というものだ。今回の置き去り禁止というのも、この例に近いものがあったのではないか。

事故や事件の報道等は大事だが、一部の事案だけでなく、経年変化や内訳を確認しながら、

●どのようなリスクが高いか、あるいは深刻なのか。

●どのようなことをすれば、子どもの命がなくならないで済むか。

●どうすれば、高いコストや犠牲を伴わずに安全を高められるか。

●自助(保護者が気をつけること等)、共助(親同士の協力や地域で見守ることなど)、公助(国や自治体の施策として対策すること)でできることは何か。

などを考えていけたらと思う。

◎引用した資料のほか、とくに次の資料が参考になりました。

武田信子「埼玉県虐待防止条例改正案の論点」

平成30年版消費者白書 第2章 【特集】子どもの事故防止に向けて

◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/expert/authors/senoomasatoshi?page=1

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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