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熱中症から子どもの命を守るのは、だれか?

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

部活動は命の危険を冒してまでやるべきだろうか?先月28日、山形県米沢市で部活動を終えて帰宅途中だった女子中学生(13歳)が熱中症とみられる症状で倒れ、その後搬送されたが、死亡した。さまざまな要因が重なった結果起きてしまった不幸な事故なのか、それとも「人災」と言うべきことなのか。

■学校、教育委員会の責任は

部活動が学校教育の一環として行われている以上、学校には、生徒の安全を守る義務(安全配慮義務)がある。だが、現時点の情報では、学校(ならびに米沢市教育委員会)の責任がどれほど認められるのか、ないのかは、定かではない。

いくつか注意したいことがある。仮に今後訴訟となる場合、争点となり得る。

第一に、部活動が熱中症ならびに死亡の原因となったのか、どうか。部活動での激しい運動が影響したのか、それとも帰宅途中に自転車で上り坂を長い時間こぎ、日陰のない環境が続いたことが原因なのか、個人あるいはその他の要因なのか、あるいは複合的なものなのか、因果関係が争点となる。

なお、本件では、部活動前に学校は、暑さ指数を測定していなかった(NHKニュース2023年7月31日)。測定器が学校に1台しかなかったという事情もあったようだが、それでも、学校側の対応不足の責任、あるいは市教委が必要な予算措置をしなかった問題が問われる。

環境省「熱中症予防情報サイト」での本日(8月1日正午)の予報。赤は危険、橙は厳重警戒。
環境省「熱中症予防情報サイト」での本日(8月1日正午)の予報。赤は危険、橙は厳重警戒。

第二に、熱中症を起こすリスクについて、学校側は予見できたか、どうか。市教委の会見によると、この生徒に体調不良など異変は見られなかったという。

参考になる裁判例がある(最高裁平成18年3月13日)。平成8年、私立高校の生徒が課外クラブ活動でのサッカーの試合中に、落雷により両下肢機能全廃などの重大な後遺症が残ったケースだ。落雷が一般的には天災として予測が困難と考えられることから、予見可能だったかが争点となった。

一審、二審は、落雷事故は予見できないとして、指導教諭の安全配慮義務(注意義務)違反を否定した。

最高裁は、落雷は毎年5件は発生し3人は死亡していること、事故当時(平成8年)の文献には、運動場にいて雷鳴が聞こえるときには遠くても直ちに屋内に避難すべきであるとの趣旨の記載が多く存在していること、試合の開始直前ころには黒く固まった暗雲が立ち込め、雷鳴が聞こえ、雲の間で放電が起きるのが目撃されていたことなどからすれば、教諭は落雷事故の危険が迫っていることを具体的に予見することが可能であったとして、注意義務を怠ったと判断した。

この裁判を参考にする限り、相当広く予見可能性は認められる可能性がある(本件がどうだったかは、今後の検証次第だが)。

第三に、熱中症ならびに死亡を回避できたのか、どうか。本件がどうだったかは分からないが、一例として、生徒の体調が悪そうだったのに、保健室で休ませるなどの対応をとらずに帰宅させた場合などは、回避できる措置を怠ったと判断される可能性があるだろう。

また、熱中症のリスクが高い猛暑の中、そもそも、部活動をやるべきだったのかも、問われるところだ。いくら大会や試合が控えているなどの事情があったとしても、子どもたち(ならびに指導者)の命、健康のリスクを高めてまで部活動をやるべき、とは言えない。

連日各地で猛暑が続いている
連日各地で猛暑が続いている写真:アフロ

ただし、本件の場合、部活動中に倒れたのではなく、帰宅途中であったことが、回避可能性を考える上でも、難しい問題をはらんでいる。顧問の教員らは、帰宅途中の安全を隅々まで監視、管理できるわけではない。登下校中の事故は、保険(災害共済給付)の対象とはなるが、学校の管理責任下ではない。これは少し考えれば、当たり前の話で、登下校中に教職員が常に付き添って、交通安全などを確保できるわけがない。登下校中の安全は保護者責任であり、あるいは道路の安全を担う道路管理者(自治体等)の役割が重要だ。事故時の対応は警察と救急の仕事だ。

関連して、この中学校では、生徒のスマホ携帯を禁止としていたようだが、災害時や今回のような体調異変があるときにスマホを使えないのは、問題だ。中学生にスマホを持たせるかどうかは家庭の責任、判断だが、学校側が一律に禁止するのがよいとは思えない(授業中や部活中の使用は禁止する程度なら理解できるが)。

以上のように、学校ならびに市教育委員会の責任があったのかどうかは、少なくとも上記3点で検証されていく必要があり、現時点で、学校はけしからんと糾弾することは、慎重になったほうがよいと思う。

こうした前提のうえではあるが、今回のような事故(あるいは人災と言うべきか)を繰り返さないための対策を、私たちは考えていく必要はある。

■熱中症による死亡事故は減少傾向だが、何件も起きている

実は、学校教育の活動中等に熱中症により生徒が死亡した事故、事件は過去にも起きている。環境省・文科省「学校における 熱中症対策ガイドライン作成の手引き」(令和3年5月)が参考になる。データは次に掲載したとおり、近年は減ってきているが、熱中症で亡くなるケースは起きている。

出所)環境省・文科省「学校における 熱中症対策ガイドライン作成の手引き」
出所)環境省・文科省「学校における 熱中症対策ガイドライン作成の手引き」

「本件はとても気の毒なことだが、めったに起こることではないのだから、気を付けて部活動等は続けたらよい」。そう考えている校長、教職員、教育長、教育委員会職員等は少なくないかもしれない。だが、「自分のところで大きな事故が起こることはないだろう」と正常性バイアスを働かせて判断すると、リスクを過小に見積もってしまう危険がある。東日本大震災のときの学校対応の教訓にも通じることだ。

実際、死亡にまで至るケースは稀だとはいえ、子どもたちの熱中症は頻繁に起きている。直近は日本スポーツ振興センターの令和3年度のデータがあり、小学校で264件、中学校で996件、高校で1289件である。ただし、医療費等の給付がなされたケースのみの統計なので、気分が悪くなったなどのヒヤリハット的な事案はもっと多いだろう。かつ、令和3年度のデータはコロナ下で部活動や学校行事が制限されていた影響も考える必要がある。

中学校、高校では、部活動中の熱中症が圧倒的に多く5~6割を占める(次のグラフ)。登下校中は比較的少ない(小学校10件、中学校31件、高校39件)。

出所)日本スポーツ振興センター「学校の管理下の災害 [令和4年版]」をもとに作成
出所)日本スポーツ振興センター「学校の管理下の災害 [令和4年版]」をもとに作成

部活動だけの問題ではないとはいえ、部活動が特に要注意であることは明らかだ。本件でも、部活動中こまめに水分補給をしたこと、予定より早めに切り上げたことなどが分かっているが、前述のとおり、そもそも中止にするべきだったのではないか、という疑問は残る。

■命、健康を守ることを最優先に

部活動をやるのかどうか、重要な目安のひとつは、暑さ指数や熱中症警戒アラートだ。環境省・文科省の手引きでも解説されている。激しい運動を伴う部活動は、暑さ指数28度以上(厳重警戒ないし危険)が観察、予想される場合、中止するべきではないだろうか。

出所)環境省・文科省「学校における 熱中症対策ガイドライン作成の手引き」
出所)環境省・文科省「学校における 熱中症対策ガイドライン作成の手引き」

今回の生徒の死を受けて、山形県教育委員会は「暑さ指数」を測定した上で、5段階の指針のうち、最も危険性が高い場合、「運動は原則中止」とする通知を出した(NHKニュース2023年7月31日)。だが、「原則」という文言が残るうちは、大会前だからといった理由で、学校等が危険を過小評価してしまう可能性は残るし、暑さ指数がもう少し低い場合でも死亡を含む深刻な事故は起きている。前述の環境省・文科省の手引きには、死亡事案からの教訓が掲載されている(次の図)。

出所)前掲環境省・文科省の手引きより抜粋
出所)前掲環境省・文科省の手引きより抜粋

中学生ら本人が熱中症予防について考えられるようにすることも大事だが、自己責任で片付けられるものではない。教職員や保護者など大人の私たちが、これまでの事故や失敗から学び、対応していけるかどうかが問われている。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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