「#教師のバトン」悲痛な声が噴出する2つの理由と意味

文科省HPより抜粋

 学校にまつわる、ちょっとイイ話や、働き方改革などの事例、保護者の声などについて投稿を募集している文部科学省の「教師のバトン」プロジェクト。「#教師のバトン」というハッシュタグのもとにはTwitterを中心に、非難の声や疑問が相次いでいます。「学校の労働環境は過酷で、そんなキラキラした投稿なんてできない」というコメントなどが多いです。

 また、部活動の負担が重いことや、休憩も取れないほど忙しい日々であることなどを訴える声も多く寄せられています。

 こうした声が多数寄せられているのは、そうした「事実」の一端があるからなので、文科省はしっかり向き合う必要がありますが、ほかの背景事情もあると思います。ここでは2点に整理して解説します。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:Paylessimages/イメージマート

■非難の背景には、文科省や教育委員会への不信感

 第一に、今回の一連の動きで改めて可視化されたのは、現役の先生たちのなかに、文科省や教育委員会への不信感が高い、渦巻いている、ということです。

 たとえば、人間関係でもあまり信頼、信用のない人が、たまにいいことを言ったとしても、「白々しい」とか「なんか裏があるんじゃないか」と思ったりしますよね。それと似ています。

 実際、教員の労働環境がこれほどひどくなった要因の一端に、文科省の政策があることは確かです。国が先生たちの勤務時間の実態などを大規模に調査した、2006年と2016年の教員勤務実態調査によると、授業時間の増加が特に小学校では影響しています。学習指導要領で授業時間と学習内容を増やしてきたためです。

 なお、中学校でも授業負担は増えていますが、平均値で見ると、1日あたり約15分の増であり、その影響よりも土日の部活動指導の増加のほうが大きいです。

出所)文科省「教員勤務実態調査(平成28年度)の分析結果及び確定値の公表について(概要)」
出所)文科省「教員勤務実態調査(平成28年度)の分析結果及び確定値の公表について(概要)」

 また、発達障害などで丁寧なケアが必要な子や、日本語指導が必要な児童生徒も増えています。要するに、教師の業務の質としても、高度化、複雑化しているわけですが、それに見合う教員の配置、増加は多少は進んでいるとはいえ、十分とは言い難い水準です。

 つまり、学校現場に負担を増やしてきた文科省が、教員採用試験の倍率が下がってきたからといって、今度は「先生の仕事って魅力的だよ」とつぶやいてほしいとお願いをするのは、都合が良すぎるという怒り、不満が教員側にはあるわけです。

 ただし、文科省もこれまでまったく無策だったわけではない、ということは、前回のわたしの記事でも書きました。

文科省・教師のバトンプロジェクトは教員募集にはマイナスか? #教師のバトン

 さて、各地の教育委員会や校長たちは、今回の一連の動きをどう見ているでしょうか。対岸の火事とか、他人事ではいけない、と思います。

 というのは、もちろん、文科省もこれまでの取り組みで反省するべき点は多々あると思いますが、現役の先生たちから、これほど、さまざまな悲痛な声が寄せられているのは、そうした声をこれまで教育委員会や各学校で十分に聴いてこれなかったし、政策等にも反映してこなかったからではないでしょうか?

 たとえば、部活動に関する負担軽減については、文科省の支援や制度的な検討も重要ですが、中学校等が抱える部活の数が多過ぎることの問題や、休養日を確保すること、育児や介護など事情がある方等に無理に顧問をお願いしないことなど、各学校と市区町村教育委員会で取り組むべきことは多いです。

※他人事という姿勢の教育委員会や校長らばかりだ、と申し上げたいのではありません。採用試験の倍率低下も関係しますが、本来配置されるべき教員が不足した体制のなかで、苦慮されている学校などもありますし、できることから、改善や工夫を進めている学校等もあります。

■国と学校との直接的、双方向なコミュニケーションは増えるか?

 もうひとつ、今回の動きで注目したいのは、文科省がTwitterやnoteという気軽なツールを使って、直接、先生たちや保護者の声を集めようとしていることです。

※こうした動きはこれまでにはほとんどないことであり、画期的な側面もあることは内田良先生の記事でも指摘されています。

 世間一般には、教育について文科省はかなり強いというイメージをもたれているかもしれませんが、実は、文科省は、最前線の学校はもちろんのこと、市区町村教育委員会に対してさえ、太いコミュニケーション手段をもち合わせているわけではありません(わたしの知る限り)。

 文科省からはよく事務連絡や通知というのが出ていますね。たとえば、新型コロナでこういうことを気をつけてくださいとか、GIGAスクール構想で端末の整備状況はこんな感じです、といった情報です。これらのほとんどは、都道府県教育委員会向けです(政令市だけは都道府県と同じレベル)。

出所)文科省から教育委員会への通知の例(「新型コロナウイルス感染症に対応した持続的な学校運営のためのガイドラインの改訂について」より抜粋)
出所)文科省から教育委員会への通知の例(「新型コロナウイルス感染症に対応した持続的な学校運営のためのガイドラインの改訂について」より抜粋)

 つまり、市区町村立学校の場合は、文科省⇒都道府県教委⇒市区町村教委⇒校長または教頭⇒教職員というのが一般的な情報の流れです。ここには2つの問題と言いますか、限界があります。

 ひとつは、これでは「伝言ゲーム」によるミスコミュニケーションが起きることがあります。たとえば、学習指導要領の理念や趣旨などは、どんどん薄まって伝わったりすることがあります。

 また、新型コロナで休校が長引いたことで、やむを得ない場合は授業を無理して詰め込まなくていいよ、と文科省が言っていても、市区町村教委としては、通常の年と同じくらいの授業時間は確保せねばと躍起になるという具合です。もちろん、地方自治の世界なので、自治体側が独自にやっていいことはたくさんあるのですが。

 二つ目の問題は、多くの場合、文科省⇒都道府県教委⇒市区町村教委⇒校長または教頭⇒教職員は、一方通行的なものになりがちです。もちろん、国や教育委員会は学校に対して調査をしたりすることもあるので、まったく教職員の声が届いていないわけではありませんが、限界があります。国の審議会などでも、各種団体の代表者らが意見を述べることが多く、最前線の声をどこまで伝えられているかは課題が多いです。

 数ヶ月前に「規制改革・行政改革ホットライン」(縦割り110番)に何千件という意見が寄せられましたが、似ているかもしれません。これまで国に直接もの申すという機会が先生たちにはほとんどなかったのです。

 今回の「#教師のバトン」プロジェクトは、文科省へ要望を伝えるツール、場ではなく、教職員と教師をめざそうか迷っている人との間の情報共有、それから先生や保護者等のリアルな声のシェアに主眼があるわけですが。

 さて、これまでも、文科省はYouTubeやWeb会議でのセミナー、雑誌記事、メーリングリストなどを利用して、積極的に直接語りかけることもやってきています。やはり通知文などの行政文書では堅苦しくて、伝わりにくい部分もありますから。ですが、こうした手法も双方向性には欠けます。

 今回、双方向性が少し出てきたと思うのは、文科省が昨日早速noteを更新して、さまざまな声に答えたいというメッセージを出しているからです(下記に一部引用)。

投稿を拝見し、教員の皆さんの置かれている厳しい状況を再認識するとともに、改革を加速化させていく必要性を強く実感しています。(中略)

いただいたご意見を分析し、本質的な改革につなげたいと考えております。

 大臣も今日の記者会見で言及しています。このプロジェクトが始まったのが26日金曜でしたから、営業日からすればほとんど置かずの、これまでの行政組織にはなかったクイックレスポンスです。

文科省noteより抜粋
文科省noteより抜粋

 今回のような方法が、いいかどうかはまた別の議論です。文科省はもっと地方自治体に任せて、国家権力が関与するのは遠慮(抑制)したほうがよいという考え方だってあると思います。

 とはいえ、文科省と学校とのコミュニケーションを考える上で、「教師のバトン」プロジェクトは興味深いチャレンジだと言えます。

 要約します。今回のプロジェクトに賛否はさまざまあっていいと思いますし、もっと効果的な打ち手もあるのではないかといった議論は、もっと必要です。とはいえ、今回さまざまな悲痛な叫びがTwitterなどで寄せられている背景としては、現場が本当に苦しいからということでもあり、また、これまであまりにも、直接的で双方向性のあるコミュニケーション、対話が、文科省と教職員とのあいだでできていなかった、ということを示しています。

★妹尾の記事一覧

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