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<休校か、学校再開か>悩む教育現場、メリット、デメリットを比較

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
地域によっては4月、子どもたちの登校姿は見られない(写真:アフロ)

 新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、各地の学校と教育行政等では、通常通り新学期を開始してよいものか、あるいは休校(臨時休業)とするか、判断を迫られている。東京都や神奈川県、大阪府、福岡県など都市部を中心に、当面の休校を決めたところもある。

 前回の記事では、次のことをお話しした。

●40人学級が標準の日本の学校において、3密、とりわけ密集と密接を完全に避けることは困難

●子どもたちと社会の安全、命を守ることは第一だが、そこだけに注目してもいけない。

●休校措置により、子どもの学習権、また学校が福祉として支えてきたことが損なわれる影響も考える必要がある。

●ところが、これまでの休校措置を概観するかぎり、そこへの配慮が薄い例も少なくない。

●部活動などでは別の価値(大会で勝ちたい等)を優先させることが入り込むことで、安全面でも危うくなるリスクがある

前回記事:<休校延長か、学校再開か 3つの価値の衝突>安全第一だが、子どもたちの学びはどこへ?

■学校再開か休校か、一長一短

 前回書いたことは、ごく当たり前の話ではあるが、学校再開がよいのか、休校がよいのか、メリット、デメリット、功罪を比較してみよう。次の図をご覧いただきたい。ほかの政策オプション(選択肢)もあるが、主だったものをあげた。

※筆者作成
※筆者作成

 前回の記事で解説したとおり、今回重視しなければならない価値は、少なくとも3つある。安全、教育、福祉に関する価値だ(前回は自己実現の価値も入れたが、ややこしくなるので、ここでは省く)。加えて、政策には予算コスト、費用が関係してくるので、その点も考慮して、比較表をつくった。

 ◎、〇、△、×で各観点を評価したが(予算コストは高いか、低いか)、あくまでも例示であり、地域ごとの感染状況とか、たとえば貧困家庭が多い地域では福祉的なケアが重要となるなど、各地の実情によって、評価は変わってくる。厚労省の専門家会議が提案しているように、3つの地域区分によっても評価、判断はちがってくるだろう。

 (a) 学校再開という選択肢は、前回の記事で述べたとおり、教室や職員室、部活動の場での感染リスクが残るので、安全という観点では△。だが、授業ができ、子どもたち同士でも交流でき、保護者は仕事にも出かけられるので、教育と福祉という2観点では◎だろう。

 (b) 休校(臨時休業)のみという選択肢は、たとえば、ゴールデンウィーク(GW)頃まで休校にする。入学式、始業式は縮小したかたちで実施して、プリントなど課題を与えておく。ただ、休校明けまでは、基本それっきりという運用だ(電話で状況確認くらいはするとしても)。

 (b) では、子ども同士が接触する機会は非常に少なくなるので(塾、習い事などは残るが)、安全面では◎。だが、おそらく、多くの子どもは、フォローもないなか、学習が続かない、深まらない。もちろん、本人の意識や家庭環境などに応じて違ってくる。

 また、福祉という観点では、欧米でも国内でも指摘されているように、休校が長引くなかで、虐待や家庭内暴力などが増える危険性もある。「コロナパンデミックを虐待パンデミックにしたくない」という声もある(朝日新聞2020年3月31日)。

写真素材:photoAC
写真素材:photoAC

■「オンライン授業、やれるなら、やってるよ」かもしれないが・・・

 (c) 休校+オンライン授業、ウェブでの交流では、安全は確保したうえで、教育上の効果も一定程度期待できる。また、ウェブ会議などを通じて、教員が子どもたちの様子を確認したり、虐待やストレスに悩む子がいれば、そのSOSをキャッチできる余地はあるから、福祉上も(b)よりはマシだ。ただし、小学校低学年などは保護者のサポートがないと、オンラインでの学習もできないことが多いので、家庭負担は残る。福祉は△とした。

 (c)は 海外ではかなり実施されている。たとえば、韓国政府は「4月9日に高校3年生と中学3年生の授業を始め、下旬からは小学校に広げる。対象となる生徒は約540万人で、パソコンやタブレット端末がない低所得の家庭には学校や国が貸与する」という(日本経済新聞2020年3月31日)。ただし、いいことばかりではない。韓国でも「しっかりした準備もなく、“苦肉の策”として実施する遠隔授業であるだけに、懸念も高まっている」そうだ(the hankyoreh4/1記事)。家庭の状況や教師の力量により、遠隔授業も差が出てくるし、小学校低学年などはそもそもどこまで可能かという指摘もある。

 先ほど入ったニュースでは、日本でも「政府が、小中学生がいる低所得世帯でインターネット環境がない全ての家庭を対象にモバイルルーターを貸与する方針を固めた」という(共同通信4/2)。とてもありがたい話だと思うが、こうした家庭は自宅にパソコンやタブレットがないところも多いだろう(保護者のスマホはあっても、保護者が仕事で持っていくだろうし)。日本は、欧米や韓国よりも、学校のICT環境の整備も、授業等でのICT活用も、各段に遅れているのだが、その弊害がここにも影響してきている。

 また、(c)は他の政策よりも、はるかにカネがかかる選択肢でもある。これをコストとみるか、将来への投資とみるかは評価が分かれるところだが。熊本市や岐阜県白川村の公立学校、あるいは一部の私立学校、国立附属学校等のように、既にタブレット等を大量に入れていた学校では、遠隔授業などが実施しやすい環境にあり、実施している例もある。だが、ほかの地域では、児童生徒が使うデバイスもないから、予算と(配備までに)時間がかかる選択肢が(c)だ。

 現状では、同じ義務教育とはいえ、地域間格差が歴然とある。なお、高校生なら、スマホをもっている子も多いから、通信環境と通信料の心配はあるが、小中よりは、(c)の選択肢は採りやすい。

■現実的なのは分散登校か?

 (d) 休校+分散登校は、基本的には休校にするのだが、週に1~2日や月に数回は登校日を設けて、児童生徒の様子を確認したり、学習課題の進捗状況にフォローアップを入れたりする選択肢だ。たとえば、月曜と木曜は、小1、小3のみ登校などとすれば、ほかの学年の教室も使って、密集をかなり避けることができる。

 この場合、学校での感染リスクは残るものの、通常の学校再開よりは低くなるだろうから、安全は〇とした(ぼくは感染症の専門家ではないので、断定はできないが。)そして、教育と福祉の観点でも、週に1、2日とはいえ、一定のフォローはできるから、マシだ(△とした)。ただし、週5日授業できていたのに、週1~2日とか月に1~2日の登校日、それもおそらく短時間しかできないから、教育上の効果は限定的だ。

 文科省は4月1日に臨時休業のガイドラインを改訂したが、そのなかで、休校となる場合でもこう述べている。「各学校が児童生徒の学習状況の確認や補習等の学習指導を適切に行うとともに,生徒指導,児童生徒等の健康観察を適切に行う観点から,児童生徒等や学校の実態に応じて登校日を適切に設定することも考えられること。その際には,例えば,児童生徒等を分散させて登校させ,人が密集しない環境を確保する等,最大限の感染拡大防止のための措置等を講じること。」

文科省が臨時休業ガイドラン(写真は筆者撮影)
文科省が臨時休業ガイドラン(写真は筆者撮影)

 以上のメリット、デメリットは、議論の交通整理に過ぎない。各自治体の首長も教育委員会も、これら以外の要素や影響も含めて、非常に難しい決断を迫られていると思う。難局に立ち向かっていただいている姿は本当にリスペクトしているが、一方で、気になることもある。

●どこまで丁寧に検討して休校あるいは学校再開が決定されたのか、検討の経緯やプロセス、その決定をした理由がほとんど伝わってこない。

●どの選択肢にも功罪あるが、保護者や児童生徒(さらには教職員も)、完全に蚊帳の外である。休校を決定したといった通知しか来ない。緊急事態、災害時とはいえ、政策プロセスの透明性や説明責任、参加という観点から、十分なものだったかどうかは、検証されるべき課題だろう。

●本稿では、安全、教育、福祉、コストで比較検討したが、なにかの価値が過度に犠牲になっていないだろうか、置き去りになっていないだろうか。それを軽減する施策をあわせて考えられているだろうか。たとえば、休校にした場合、子どもの学びや遊びの場の確保、SOS相談窓口の周知など。

 ぜひ、こうした懸念、課題も含めて議論を深めてほしい。

※次回の記事では、休校するにしても、再開するにしても、教育・学習上、別の大きな課題もあることを解説したい。

※妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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