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【学校の働き方改革のゆくえ】月45時間、年360時間まで残業上限の意味とインパクト

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
中教審資料(筆者撮影)

先生たちも、月30時間残業できるかできないか

本日、国の審議会(中教審)で公立学校の教師にも時間外勤務(残業)に上限を設けていくガイドライン案が出た。

教員の長時間労働に歯止めをかけるため、文部科学省は6日、時間外勤務(残業)の上限を原則「月45時間、年360時間」とする指針案を公表した。年度内に決定した上で、各教育委員会に指針を参考に上限規制を定めるよう求め、2020年度の適用を目指す。

出典:読売新聞2018年12月6日

「月45時間、年間360時間を超えないように」という数字は、どこから出てきたのかと言うと、それは、先般、働き方改革関連法が成立したことで労基法に改正があり、企業や私立学校等でそういう原則となったからだ。例外規定があるとはいえ、公立学校も民間の原則と合わせた。

なお、どんなときでもこの原則が適用されるわけではない。たとえば、災害時には公立小学校等は避難所となることも多い。東日本大震災や熊本地震のときなども、教職員は地域の方らとともに、避難所運営や児童生徒の安否確認に尽力した。これは、地方公務員としては、もともと職務のひとつでもあろう。

※12月6日22時追記:無限定に教師に災害時対応が求められるわけではない、という指摘をいただきました。

また、いじめ問題や生徒指導事案で、子供の命が危ないとき、「残業規制があるので」などとはもちろん言っていられない。こうした臨時的な特別な事情については、原則の枠外である。ただし、そういう例外的な場合であっても、一定の制約は設ける予定だ(年間720時間までなど)。

とはいえ、ひとくちに生徒指導と言っても、学校だけの責任ではなく、家庭の責任、役割も大きいことには留意が必要である。とりわけ学校外で起きた事件・事故への対応が、本当に教師の業務なのか、そこは家庭の責任だろうということはよくよく精査したい。また、どうしても時間外に及ぶことも、勤務の割振りで対応することが原則である。

※12月6日22時追記:いじめや生徒指導事案についても、原則は勤務の割振りで対応するべき、との指摘をいただき、修正しました。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

たとえば、部活の大会があるから時間外にもっと部活指導をしたいとか、行事の準備が残っているからといった事情は、緊急性が非常に高いわけではないし、例外規定には、おそらく当てはまらない(今後、国や自治体で精査していくこととなる)。

年間360時間までとなると、月あたり単純平均すると、30時間までということだが、これは現状の過労死ライン超えの多い実態からすると、すごく高いハードルである。

なぜ、こんな数値目標とするのか?

「文科省や中教審は学校現場を分からず、何を机上で高い目標だけ言っているのだ。また現場への押しつけか!」との批判、声はあろう。

だが、この残業の上限目安、目標というのは、少なくとも、次の3つの趣旨がある。

 

第1に、先ほど述べたとおり、民間もその原則で頑張ろうとしているし(例外規定はあるとはいえ)、民間は上限に違反すると罰則まで付く。労基署が入ることもある。実際、私立学校には労基署が入り、指導している例がある。そんななか、今のところ公立学校には罰則規定はないし、労基署も入らない(これは市役所など、他の公務員も同じ制度)。とはいえ、公立学校も社会全体の動きと歩調を合わせていく必要がある。

第2に、むしろ、学校は社会全体の動きに受け身になるのではなく、社会をリードしていくくらいが必要だ。未来ある子供たちを育てる仕事をしているのだから。教育現場が長時間労働をよしとして、生産性無視の、ど根性魂で疾走していては、子供たちへも悪影響だと思う。

このガイドラインと同じく示された中教審の答申素案では、こんな一節がある。

学校における働き方改革は,より短い勤務時間で高い成果を維持・向上することを目的とするという点において,我が国の様々な職場における働き方改革のリーディングケースになり得るものである。

出典:中教審働き方改革答申素案p7(一部を要約)

第3に、現実に過労死や過労自殺となっている教師があとを絶たない。つい最近も富山と大分で中学校の先生が過労死と疑われる事案で倒れている。

◎参考記事:【学校の働き方改革のゆくえ】なぜ、教師の過労死は繰り返されるのか

過労死ラインは月80時間残業などだが、これは過労死してもおかしくないくらい、危険水準という意味である。なお、残業が45時間を超えて長くなるほど、過労死リスクは高まるというのが、医学的な知見を整理した厚生労働省の見解だ。公立学校には上記のとおり、例外的な緊急時もあるし、通常時には過労死ラインよりもはるかに下の残業に押さえておかないと、健康経営にならない。

関連して、ガイドライン案で次の記述も重要である。

関係者は、本ガイドラインが、上限の目安時間まで教師等が在校したうえで勤務することを推奨する趣旨ではなく、「学校における働き方改革」の総合的な方策の一環として策定されるものであり、他の長時間勤務の削減方策と併せて取り組まれるべきものであることを十分に認識すること。決して、学校や教師に上限の目安時間の遵守を求めるのみであってはならないこと。

出典:公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン案

つまり、月45時間までなどと言っても、そのくらいまで目いっぱい残業させたい、という趣旨では全くない。もちろん、残業はないに越したことはない。

※教職調整額について、月残業30時間前後と比較しても、4%では安すぎるのでは、という批判、声も大きいが、この点は別稿としたい。

平均月30時間までなんて、実現するのか?

「月45時間、年間360時間」つまり、平均月30時間残業できるかどうかという目標は、本当に実現できるだろうか。

そのために、公立学校教師の現状の典型的な1日をイメージ、共有したい(小学校4年の学級担任・女性のイメージ)。

7:20  

出勤。職員室で荷物を整理して、すぐに教室へ。窓を開けて空気をフレッシュに。あっ、そういえば、2時間目の国語のプリントを印刷しなきゃ。

7:40

早い子は登校してくる。挨拶を交わしつつ、前日にやり残った仕事を片付ける。

でも集中できない。インフルが流行ってきて、欠席連絡の電話が今日は多い。職員室と教室を行ったり来たり。

8:05  

不登校ぎみだったAさんが保護者と数日ぶりに登校。保護者ともしばし話をする。

8:15  

実はこの時間からが正規の勤務時間。

★すでに時間外は1時間近く発生しちゃった。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

8:15~8:30  

朝学習。漢字の練習や読書など。担任にとっては、体調の気になる子へのケアや連絡帳の確認などをこなす時間。

8:30  

朝の会。出欠をとる。日直の進行を見守りつつ、宿題のチェックもする。

8:40~12:10  

授業(4コマ)。たまにB君は情緒不安定で、教室を飛び出す。休み時間もなかなかトイレにも行けない。

今日も、数の少ない重たいICT機器を持ち運ぶはめに。腰痛めないかな、とほほ。

12:10~12:55

給食。配膳係がちゃんとできているか、やけどや嫌がらせはないかなど、目が離せない。1人アレルギーの子もいるので、毎日献立も細かくチェックしている。

自分の分は10分もかからず、早食い。これが食育かしら?

そのあとは、国語の時間に提出してもらったプリントのコメント書き。よくできましたハンコだけだと、前にクレームがあったしなあ。

12:55~13:10

掃除。担当場所を巡回。実は掃除用具は子どもを傷つける武器にもなりかねないので、やんちゃな子への目配りは欠かせない。

13:10~13:30

昼休み。児童の。

担任はここでやっとコーヒーを飲めるときも稀にあるが、昼休みの外遊びに付き合っている先生も多い。わたしの場合、今日は5時間目の理科の実験の準備。理科はニガテなんですけど・・・。

13:30~15:10  

授業(2コマ)。眠くなる子もいる、そりゃそうだよね。

15:10  

帰りの会

15:20~15:30  

校門で下校の見守り

15:45~16:30  

一応、規定上は休憩時間ということになっているらしいが、採点作業をしたり、翌日の授業準備をしたり、会議が入ったり、わたしも含めて誰も休憩なんて取っちゃいない。

16:45

★はい、ここで正規の勤務時間は終了。でも、閉店です~とはいかないのよ。。。

16:45~19:00

授業準備や行事(PTA主催の1/2成人式など)の準備。

やばっ、教育委員会に提出する書類、締め切り、過ぎてる? 

19:00  

帰ろうとしたところ、ある保護者から電話。どうも、帰宅後、児童が別のクラスの子と遊んでいて、ちょっともめているらしい。そりゃ、我が子のことは心配でしょうが、親同士で解決してくれないのかなあ。

でも、むげな対応をすると、もっとややこしくなるし。結局1時間近くかかったよぉぉ。

20:00  

やっと学校を出ます!おなか減ったよ~。

似たような学校は多いのではないだろうか?

この場合、残業は休憩時間も勤務していたことを足すと、夕方・夜で実質4時間近く。これに早朝出勤の分もあるから、合計5時間近い時間外勤務である。

これが毎日続くと、5×約22日=月・約110時間。土日の勤務がゼロだとしても、すでに過労死ラインをはるかにオーバーで、とても危険である。が、そういう先生も少なくないのが実情である。

今回は小学校を例としたが、中高と一部の小学校では、部活動指導もあるので、よけい長時間労働になりやすい。

これを仮に1日2時間残業という半分以下に圧縮できたとしても、2×22=44時間で、月45時間はクリアーするが、年間このままだと、ガイドラインを超過する。

今回のガイドライン案はもっと、1日の残業を2時間より少なくしないといけないという意味だ。ハードルが高いといった意味が理解いただけると思う。

では、どうするか?

たしかに、1日2時間残業よりも少ない水準にもっていくのは、簡単ではない。一定の予算はかかるが、不可能でもないと思う。この例をヒントに考えてみると、たとえば、次の4点を進めないといけない。

第1に、この担任の先生おひとりにあらゆることを背負わせ過ぎている。おそらく他の先進国と比べて、日本の教師ほどマルチタスクな人はいない。

たとえば、不登校ぎみの子や家庭へのケアは、カウンセラーやスクールソーシャルワーカーらと分業・協業したいが、現状では、予算が少なく、来訪頻度が少なくて連携しにくいなどの問題がある。

給食や休み時間中の見守り、掃除の時間なども、教員免許がないとできないことではない。担任の教師の役割がゼロにはなりえないが、スクールサポートスタッフあるいはランチスタッフのようなかたちで、分業を進めていくべきだろう。地域人材がボランティアで協力している事例もあるが、安全管理もかかわるので、ボランティア依存だけでは問題もある。退職した教職員や、育児中で短時間勤務を好むワーキングマザー(orワーキングファーザー)などをもっと学校に入れていくべきだろう。

第2に、今日の中教審でも発言があったが、児童生徒の登校時間の設定がそもそもおかしい。お店やレストランで、開店前から客を入れているようなものだ。保護者の理解、協力を得て、正規の勤務時間よりあとの時間まで遅らせる。それが嫌、あるいは無理というなら、学童のように見守りスタッフを入れる予算を保護者ないし行政が負担していくしかないだろう。

第3に、そもそも、その仕事、業務が必要か、もっと見直せる余地はある。たとえば、PTAとの1/2成人式などは、学習指導要領で絶対やりなさいとはなっていない。必要性は高いだろうか?

ちなみに、清掃指導も、義務付けられていないのだから、外注もありである。運動会だって、指導要領上は、絶対やりなさいとはなっていない。学校の裁量で、児童生徒と保護者等の理解も得ながら、見直せることは実は多いのだ。

また、早朝や夜の保護者からの電話も、緊急時のものをのぞき、遠慮してもらうことや留守番電話対応にすること、出欠連絡などはメールやITで対応することなども考えられる。実際、そういうふうにしている学校も出てきた。

小学校の教師等では採点、添削なども時間がかかっており、残業のひとつの要因となっているが、これも近い将来的にはITやAIをもっと使えるようにしたい。よくできました、などのコメントも簡素なもので児童や保護者に納得してもらう。採点作業に時間を使うよりは、採点結果を参考にして、授業をよりよくするほうに時間とエネルギーを割くべきだ。

もちろん、なんでもかんでもカット、カット、時短、時短と言いたいのではない。真に重要なものは残せばよいし、やればよい。ただし、過労死などの健康被害のリスクを冒してまでやるべきではない。

第4に、この事例の場合、先生の授業が6時間目までびっしり6コマ入っているが、それを教員の増員などで、たとえば、4コマ程度とする。そうすると、空いている2コマ分の約90分のあいだに、授業準備などが進む。いまは小学校はこうした空き時間が少ないのだが、大きな問題である。

以上、この例からもわかっていただいたと思うが、学校の働き方改革は、ひとつやふたつの対策、施策ではダメである。もちろん、残業に月45時間などと目標設定しただけで、「あとは教師のみなさん、よろしくね!」でもダメダメである。

いくつかの相当思い切った改革、改善を並行して進めなければならない。それに、多くのものが保護者等の理解、協力が必要となるし、一部は保護者等にガマンしていただくことになる。

今回のガイドライン案と中教審の答申素案には、そんな選択の意図、覚悟があるのだと思う。(了)

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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