土曜授業や夏休み短縮は、学力向上につながるのか?

(写真:アフロ)

学力低下対策に夏休み短縮?

今週、気になるニュースを見かけた。朝日新聞(本年1月15日)は、「学力下位返上へ夏休み5日減 東松島市、授業30時間増」というタイトルで報じている。

全国学力テストで小中学校の多くの科目が全国平均を下回っている宮城県で、特に下位にある東松島市が今年から、小中学校の夏休みを短縮して授業時間を増やす。

・・・中略・・・

市議会でも対策を取るよう求められていた。教員の指導力向上などの取り組みを講じてきたが、十分な成果がみられないとして、夏休みの短縮に踏み切ることにしたという。

出典:朝日新聞(2018年1月15日)

また、同じく学力向上に問題意識の強い伊賀市では、ここ3年実施していた土曜授業を来年度からやめ、代わりに夏休みを短縮する方針だと言う。

三重県の伊賀市教委は16日の市議会全員協議会で、小中学校の土曜授業を平成30年度から廃止することを明らかにした。教職員の負担軽減などが目的。一方で夏休みを短縮することで学習時間は確保する。

・・・中略・・・

全国学力学習状況調査の結果が伸びないことや、教職員の働き方改革が課題となっていることなどを受け、市教委は昨年9月から土曜授業の見直しに向けた検討を開始。PTAや教職員らでつくる検討会の検討結果を踏まえて市教委が廃止を決定した。

出典:伊勢新聞2018年1月17日

毎年1~3月は、来年度の学校の計画や予定、主要な学習内容(専門用語となるが、教育課程)を考える時期である。

この2つのニュースのように、必要に応じて、土曜授業や夏休みのあり方について見直すことはどんどんあってよいと思う。

しかし、現実はそうシンプルではない。

この2市がどうかはわからないが(※)、とても気になるのは、果たしてどれほどしっかり練られたものだろうか、というギモンだ。というのも、こうした動きには、以下の発想が見え隠れする。

(※)筆者は報道以上のことは知らないので、あくまでもこの2市の例を参考に考えた一般論をお話しする。

◎子どもの学力低迷

 ⇒学習時間が短いからだ or 今の授業時間だけだと定着しない

 ⇒授業時間をもっと取るべきだ

 ⇒夏休み短縮しよう! or 土曜授業しよう!

果たして、子どもの学力とは、こうもシンプルに捉えてよいものだろうか?関係者には大変失礼だが、かなりお粗末な発想ではないか、とも思えてくる。ツッコミどころは満載である。

第1に、多くの自治体で気にしている子どもの学力は、全国の学力テスト(学力・学習状況調査)あるいは都道府県独自で実施している学力テストの結果である。それも平均正答率だ。

この数字はひとつの目安にはなるが、どこまで意味があるだろうか?

たとえば、全国学力テストは、毎回小6と中3を対象とするが、経年比較には向いていない。去年受けた子と今年受けた子は違うのだから、当たり前の話だ。去年より平均正答率が下がったとか、上がったとか(ましてや都道府県別順位がどうだとか)だけでは、何がよかったか悪かったかはわからない。

加えて、注目されるのはたいてい平均正答率なのだが、平均近くにたくさん分布しているだけなのか、それとも高学力層と低学力層のそれぞれが多くて、両者がかなり乖離しているのか、などによっても、対策は変わってくる。平均だけに注目すると、そうした内訳や中身が見えづらくなりがちだ。しかも、児童生徒数が少ない市町村では、ある学校(または学級)が荒れて授業が成り立ちにくくなったとか、ある宅地開発が進んで所得のある層が人口流入したといった特定の事象が起きれば、その影響を大きく受けてしまう。また、全国学力テストに参加しない私立中学等に高学力層が行くと、当然だが、その自治体のテスト(=公立の参加が多い)の結果は低くなる。

第2に、学力テストの結果は、学校の努力だけの影響とは言えない。『「学力」の経済学』がベストセラーとなった中室牧子先生らの研究によれば、中3段階の学力の35%は遺伝、34%は家庭環境という要因で説明できるという。身も蓋もない話のようにも思えるが、子どもの学力には、学校の努力だけでなく、家庭の影響も大きいのだ。

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第3に、本当に授業時間を増やすことが学力アップにつながるのか、慎重に検討、あるいは検証されているのだろうか?一番よいのは、家庭環境(※)のなるべく似ている学校同士で実験して、比較することである。たとえば、A小学校では土曜授業をやった(または夏休みを短縮して授業を増やした)、B小学校ではそれをやらなかった、でどうなったかを測る。

あるいは同じ学校のなかで、1組は一学期に土曜授業をやってみる、2組はやらない、二学期は逆をやる、それで観察してみるといった感じだ。

(※)家庭環境の似ているところで比較するとは、ひとまず、家計を見ることだろうと思う。市教委が市役所の課税担当に聞けばおおよそは分かるし、あるいは就学援助の比率も目安になる。

おそらく統計等の専門家が見れば、もっと厳密にやれと叱られそうだが、この程度の実験と検証でさえ、平等主義が根強い学校教育で行うことは容易ではない。だから、実験や検証なしで、関係者の意見を聞きました、検討委員会をしましたくらいで、「検討した」ことになっている・・・。

ともかく時間を増やせばよい病

第4の点は、次の写真にも関係する話。

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(筆者撮影、岩手県大槌町にて)

今では珍しくなったが、かつて多くの小学校には二宮金次郎像が建っていた。勤勉さを象徴、奨励する銅像である。

金次郎さんのことを悪く言うつもりはないが、ともかく時間を増やして対応しようとするのは、学校や教育行政の悪い癖である。

つまり、授業時間増に、たとえ多少の効果が検証されたとしても、愚策ではないか、というギモンが4点目である。生産性の観点や学校の働き方改革の観点からは、限られた時間で質を高めようとする発想と行動が大事だ。いまの授業時間の中でも、果たしてどれだけよい授業ができているかは問われなければならない。

あるいは、むしろ授業時間を減らしたり、授業以外の仕事(典型的には部活動指導や行事の準備など)を減らしたりして、教師に授業準備のできる時間をしっかり確保したほうが、学力向上につながる可能性だってある。(この対策もちゃんと検証されていないことだけれども。)

少し話はとぶが、実は、似た発想が部活動にもある。練習時間を増やせば強くなる信仰(文化)である。これは、スポーツ科学の研究知見からは、否定されているそうなのだが・・・。

真の課題に目を向けよ

第5に、以上の点とも重なるが、本当に必要な対策は授業時間増なのだろうか、というギモンだ。たとえば、中学校の数学の学力テストの結果が悪い、低学力層が多い。それはなぜだろうか?遺伝や家庭以外の要因、背景として考えられるのは、小学校の段階で既につまずいていた、という可能性である(小3、4の段階のつまずきが、中学まで尾を引くことが多いことは、小中の教員や教育行政の担当者なら常識的な話)。

であるなら、正規の授業を増やしても、そうした低学力層の生徒にとっては、ワケが分からない、苦行とも言える時間が増えるだけであり、さらに勉強嫌いになるかもしれない。それよりも、ある中学では、地域人材やNPOと連携して、中学生に小学校段階の算数等の補習を放課後にしているが、そうした取組のほうが学力アップへの効果は大きいかもしれないし、教員の負担の点でも望ましいかもしれない(補習は部活の休養日の設定とセットで進めるとよいと思う)。

(なお、補習も子どもにとっては時間を増やしてしまう施策なので、子どもに過重負担となっていないか等はよく見ないといけない。)

また、授業中に生徒同士の学び合いといった手法を採り入れることで、低学力層の学力が向上したという実践も多い。

つまり、真に対応するべき問題、課題は正規の授業時間の不足なのか、というクエスチョンに、学校や教育行政はもっと真剣に向き合うべきである。

以上、5点ほどギモンを投げかけた。わたしの理解不足もあろう。説得力のある反論、説明をしてくださるなら、大歓迎である。

繰り返すが、わたしは、夏休みや土曜授業の見直しをやるな、と言いたいのではない。問題、課題を捉え違えてはいないだろうか、もっと別のところにメスを入れるべきではないか、というコメントだ。

また、今回のわたしの些細なメッセージは、学校や教育委員会に向けてだけではない。学力テスト等の平均得点率や順位に目が奪われているのは、首長や議員、保護者もであろう。教育行政や学校の取組には、こうした周りの意見や声も大きな影響を与える。学力の問題はそう単純ではないのだと、周りももう少し冷静になってほしい。さらに、時間を増やせばよいよね、という生産性無視のガンバリズムは、日本社会全体の問題でもある。

学校教育は、子どもたちの未来と社会の将来全体に影響する。そんな素敵な場だからこそ、より対応するべきところに、しっかりとターゲットを置いて進めたいと思うのだ。