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中学受験不合格、母親の言動で登校できなくなったA君ー親は子どもにどう接するべきか

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
写真はイメージです(写真:イメージマート)

 そろそろ大変だった中学受験シーズンも終わりを迎えようとしています。この時期は合格発表の結果を受け入れなければならない時期でもあります。志望校に合格した子どももいれば不合格だった子どももいます。そこで、受験の結果が思うようにならなかった場合、親としてどのようなことに注意すべきかについて、親の言動が影響して入学後すぐに学校に行かなくなったA君のケースを元にお伝えしたいと思います。

第一志望から第三志望の中学に不合格だったA君

 中学1年生のA君は第一志望から第三志望の中学に合格することができませんでした。進学した中学の入学式とオリエンテーションには登校したものの、その後、朝起きなくなり不登校になりました。そのため母親が慌ててクリニックに来院しました。

 母親はA君が部屋に閉じ籠ってゲームばかりしているので、大学受験に差し障るような脳への悪い影響はないかということ、昼夜逆転の生活をしているがいずれは朝起きて昼間に勉強ができるようになるのかなど、中学受験が終わったばかりにもかかわらず、将来の大学受験を巡る不安について尋ねてきました。

 私が「A君が登校しなくなったことについて何か思い当たることがありますか」と尋ねると、母親は「しいて言えば、負けず嫌いな性格なので、志望していなかった今の中学に行くのが嫌なのかもしれません。今の中学はあまり勉強の出来る子がいないらしいし雰囲気も今ひとつで・・・」とまだ入学したばかりの中学について否定的な様子で答えました。

「なんでこの制服にお金をださなきゃいけないの?」息子を責める母親

 その後、A君本人は来院しないため、両親から話を聞くことにしました。

 A君の父方祖父は高学歴の専門職で、同じ専門職に就けるように進学校である第一志望の中学に合格することを強く望んでいたそうです。A君の父親は祖父の期待に応えることができなかったため、父方祖父は孫のA君に期待をかけていたそうです。そして母親もまた、ママ友仲間の間で何人かの子どもが同じ中学を受験するため、見栄や世間体から、A君を合格させたいと願っていました。父親は自分の経験から中学受験に乗り気ではなかったため、母親主導でA君の受験対策が始まりました。

 母親は塾の送迎だけではなく、膨大なプリントを整理して、毎日の予習復習や塾のクラス分けテストのための対策なども付きっきりで行っていました。A君は勉強態度にムラがあるものの、それらをこなして塾ではいつも上位のクラスに選ばれていました。

 けれども残念なことに、緊張しやすいA君は実力を発揮しきれずに第一志望の中学に落ちてしまいました。その中学に進学することしか頭になかった母親はパソコンで不合格の通知を見るなり「こんなにやってあげたのに。こんなにお金をかけたのに」と泣き崩れてしまいました。本当は、合格を目指して頑張ってきたA君こそ悲しいとか悔しいとかさまざまな感情が湧き起こったことと思いますが、泣き崩れる母親を前にして何も言わずに自分の部屋に戻ったそうです。

 それでもA君は翌日も翌々日も暗い表情で受験会場に向かいました。結局第二志望の中学も第三志望の中学も不合格で、A君は滑り止めの中学に入学することになりました。

 父方祖父は、「母親の指導が悪いからこんなことになったんだ」と母親を責め、母親は「B君は受かったのになんであなたは落ちたの?」「あんな学校に通うことになるなんて」「なんでこの制服にお金をださなきゃいけないの?」と受験が終わってもA君に文句を言い続けていたそうです。当然夫婦関係にも亀裂が生じ、父親は母親を避けて皆が寝てから帰宅するようになりました。

 入学式当日、父親と母親は一言も口をききませんでした。入学式から帰宅すると母親は「学校の雰囲気が良くない」とか「自由過ぎてAには合わないと思う」などとため息をつきながらA君の入学した中学について否定的な言動を繰り返していたそうです。

現実を受け入れて入学した学校に適応していくこと

 子どもたち全員が自分の志望している中学に合格し、進学できれば良いのですが、現実的にそうはいきません。志望校には不合格だったとしてもその現実を受け入れて、進学することになった中学を受け入れて、その中学の生徒として勉強や部活や友達との交流に励んでいくことが必要です。人生において自分の思い通りにならないことはたくさんあります。思い通りにならなかったけれど、結果的にはこれでよかったんだと思えることもあるし、やはり今度は自分の思い通りの結果がでるように、こんな努力をしてみよう、と学ぶこともあります。いずれにしても、目の前の現実を受け入れて、適応して生きていく経験を繰り返していきます。

 A君の母親は現実を受け入れることがなかなかできませんでした。そして、A君が自分の望みを満たせなかったことでA君を責め続けました。一生懸命頑張ったけれど思うような結果が得られなかったA君の気持ちを考えることができませんでした。父親もまたA君と母親の間に立ってA君を守ることや、母親と祖父の間に立って関係を調整することをせずにそこから逃げてしまっていました。

 私は両親に「頑張ったけれど志望校に合格できなくて一番つらい気持ちなのはA君ではないのですか?それに、自分が合格した学校を親御さんに『あんな学校』と言われたらどんな気持ちになるでしょうか。行く気がなくなっても不思議ではないですよね?」と言うと父親はうなずきましたが、母親は意外そうに「え?そうですか?」と答えました。母親は自分の傷つきで頭が一杯になりA君の気持ちを考えることが全くできていませんでした。

「A君だって第一志望の中学に行きたかったに違いありません。けれどもこれからは合格した学校で勉強したり運動したり友達関係を築いていく必要がありますよね。いつまでも第一志望の中学にこだわっているお母さんの言葉はA君が現実を受け入れて今の中学で色々な経験をしていくことの妨げになりませんか?」と伝えると母親は恥ずかしそうな様子で下を向きました。

小学校高学年は反抗が始まる時期

 小学校高学年年代は、性ホルモンと成長ホルモンの分泌が高まって、子どもは体の中からの変化に対してそわそわして落ち着きがなくなったり、反抗的になったりします。つまり、ただでさえ、難しい時期に突入しているのです。

 そして、受験で成功するためには、親ではなくて自分の目標をもてること、受かるか落ちるかという結果をひとまず棚上げにして努力できること、ゲームやスマホなどへの欲求をコントロールして今やるべきことをやれること、などができる必要があります。さらに、生活リズムを整えて、試験当日には不安に打ちのめされず、多少の緊張がありながらも自分の持っている力を発揮しなければなりません。

 しかし、子どもの心の発達のスピードには個人差があるので、中学受験の時点ではまだそこまでに至っていない子どももたくさんいます。しかし、親御さんはとにかく志望校合格を勝ち取るために、子どもの発達状況を理解せずにコントロールしようとして、子どもの自尊心や自己肯定感に悪い影響を及ぼしてしまうことが多いと感じます。

 中学受験をする子どもたちは、小学校高学年の時期としては、かなり大変な課題を子背負わされていると言っても言い過ぎではないと思います。

親は子どもが現実を受け入れられるように支える

 親の期待していた学校に合格できなかったときに、「もっと頑張ればもっと偏差値の高い中学に行けたのに」とか「高い塾代を返しなさい」とか「○○ちゃんは合格したのに」などと子どもにイライラをぶつけていませんか?それを言われた子どもがどんな気持ちになるのかを考えていますか?中学受験は人生の通過点にしかすぎません。親御さんの心理的、経済的な苦労ももちろんわかりますが、自分の不満を子どもにぶつけることはやめましょう。そして不合格で落胆している子どもがまた前向きな気持ちで新しい学校生活に適応していけるように、見守り、励まし、支えてほしいと思います。

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

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