Yahoo!ニュース

いじめをやめた中学生 ストレスの元凶「母親との関係」を見つめ掴んだきっかけ

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
画僧はイメージです (提供:PantherMediaイメージマート)

 クリニックには学校でのいじめにまつわる悩みから心や体の調子が悪くなってしまい、相談に来られる方がいらっしゃいます。その多くはいじめられている当事者の方々です。

どのような事情があるにしろいじめをすることは間違っており、やめなければなりません。一方でいじめを行っている子自身が心の問題を抱えており、相談に来る場合もあるのです。

 クリニックを訪れて、いじめをしている自分自身の心の問題に気づいたA子さんのケースを基に、自分と向き合っていじめをやめることについて考えてみたいと思います。

「ふざけていただけです」仲良しグループ内でのいじめ

 A子さんは女子校の中学2年生です。ある日A子さんと同じ仲良しグループのB子さんの足にあざがあることにB子さんの母親が気づきました。母親が尋ねるとB子さんは「転んだから」とか「寝ている間に自分でやった」などと答えました。しかし母親は不審に思い、父親と相談してB子さんには内緒で担任に事情を話しておくことにしました。

 ある日、体育の授業から教室に戻るとB子さんの制服が踏みつけられ泥だらけで床に落ちていました。体操着のまま次の授業にでていたB子さんに、担任が事情を尋ねたところ「絶対に内緒にしてほしい」と前置きをした上で、次のように話しました。

 「A子さんから先生たちに気づかれないように椅子の下で蹴られたことがある。化粧ポーチもトイレに流された。制服は新調したばかりだけど、『スカートの長さが長すぎてださい』と言われた直後だから今回もA子さんが犯人だと思う。」

 B子さんの話によると、最近転校したC子さんと海外留学をしたD子さんもA子さんにいじめられており、二人がいなくなったことでいじめが自分に回ってきたと思うとのことでした。

 担任は、いじめ問題が水面下で深刻化していることに頭を悩ませましたが、ある日音楽教室でA子さんがB子さんのリコーダーを床に転がして蹴っ飛ばしているところを目撃しました。A子さんに事情をきいても「ふざけていただけです」の一点張りで話に応じようとしないため、担任はA子さんの保護者と面談を行って、家庭の様子を聞いてみることにしました。

A子さんのいじめ行動、背景に見えた母親との問題

 面談の日に心配そうにやってきたのは近所に住む母方祖母でした。学校での様子を担任から聞くと「大変申し訳ありません。本人に注意をします」と頭を下げ、A子さんの家庭環境について話しだしました。

 A子さんの両親はA子さんが幼稚園の頃に離婚しました。母親は仕事一辺倒で育児も家事も全くしないため、A子さんと弟は父親に引き取られましたが、父親が再婚したため、小学校低学年の頃に再び母親と住むことになったそうです。祖母は「私が甘やかしたので母親に色々問題があって。A子が悪いことをしているのはよくわかりましたが、どうかA子の話も聞いてやってください」と話しました。

 担任はA子さんのいじめの問題を解決するためには、A子さんの話もきちんと聞く必要があることに気がつきました。A子さんに母方祖母の話の内容を伝え、担任と話すのが気が進まなければ、保健室の先生やスクールカウンセラーとも話ができることを提案しました。しかしA子さんが学校の中では話したくないというため、周囲の勧めによりクリニックを受診することになりました。

「ストレスを、自分よりも弱い立場の人、羨ましい人をいじめることで発散していたのかも」

 A子さんは背の高いどこか陰のある暗い顔をした女の子でした。早口で「友達に嫌がらせをしてしまっていて……。それが止まらなくて……」と話しだしました。私が黙って話を聞いていると、自分のことを徐々に話していくようになりました。

 A子さんは小学校3年生の時から母親に引き取られ、弟と三人で暮らしているそうです。母親は毎晩飲酒をしては「お前なんて引き取りたくなかった」「生まなきゃよかった」「あんたのせいで自由がない」とA子さんに八つ当たりをするようになりました。小学校高学年になると弟にはお小遣いを目の前で与えるものの、「どうせくだらないものしか買わないだろうから」とA子さんには渡しませんでした。A子さんは何度か母親に反発したことがありましたが、翌日空のお弁当箱を持たされたり、母親に階段から突き飛ばされたり、首をしめられたり、何か月か家事を全くしてもらえなくなったりしたため、母親に反発することを一切やめました。「早く母親から自立して経済力をつけたいが、それまでは母親に従うしかない、それが悔しくて辛くて仕方がない。いつも歯を食いしばって我慢している」と話しました。

 A子さんは何度か話をしているうちに、「小さい頃父と母と三人で公園に行った。あの時の母は優しかった」と昔を思い出し、「母も離婚して女手一つで私たちを育てるのが大変なんだと思う……。でもそうだとしてもやっぱり私に対する態度はひどすぎる。許せない」と話しました。

 私は、A子さんの気持ちそのものはよくわかることを伝えた上で「確かにA子さんの置かれた環境は大変だけれども、そのストレスを友達をいじめることで解消しているということはないのかな? もしそうであればお母さんのしていることと同じことをしていることになるよね。だからそれはやめなければならないよね」と伝えました。A子さんはハッとした様子で、「弟をいじめると母親から更にやられるので弟と喧嘩するのはやめたんです。自分が母親に言いたいことが言えないストレスを、自分よりも弱い立場の人、羨ましい人をいじめることで発散していたのかもしれないです」と答えました。

 A子さんは「でもこれまでずっとやってきたから癖みたいになっていて、自分でやめられるかわからない」と涙ぐみました。私はA子さんにその気があれば、ここでも学校でも相談しながら、みんなの力を借りながらやっていくことができることを伝えました。

 その後A子さんには「気持ちが落ち着かずなにかやってしまいそうになったらSOSを出すこと」と伝え、学校内では保健室の先生が担任と連携して継続的にA子さんの話を聞いていくことになりました。また、母親に新たにパートナーができたこともあり、A子さんは弟と一緒に祖母の家で生活することになって母親と距離をとることになりました。一筋縄ではいきませんでしたが、A子さんの精神状態はそれに伴って次第に落ち着き、いじめをすることはなくなっていきました。

いつもいじめたい気持ちが生まれる、そんな時は自分の心を見つめて

 いじめを行う人の中には、A子さんのように複雑な家庭環境が影響している場合があります。私たちは自分がされたことを他の人にしてしまう習性があります。そのような場合には、家庭環境の見直しや調整が問題解決に有効です。

 いつも誰かを責めていないと気が済まない、いつも誰かに意地悪をしたくなる、そんなことはありませんか? どんな理由があるにしろ、人をいじめることはやってはいけないことです。まずはそう思ってしまう自分の心の中を見つめてみましょう。

 それも一人では難しいので、誰かに相談しながらやっていくことが肝心です。自分の未解決な問題がいじめる行為として表現されているならば、その問題を解決していかなければなりません。

 このような問題は学校だけではなく、大人の社会の中でもしばしば見受けられます。子どもに限らず私たちは成長していく過程で自分の心の中を見つめる必要があると言えるかもしれません。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

関谷秀子の最近の記事