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姑の肩を持つ夫にも怒り…嫁姑関係をめぐり夫婦喧嘩が絶えない環境、子どもへの影響とは

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
写真はイメージです(写真:イメージマート)

私は日頃、子どもの心の相談に来院する母親にお会いしていますが、いわゆる嫁姑問題の話を聞くことが多くあります。「夫が私よりも姑の味方をする」「こんなはずじゃなかった」「選ぶ相手を間違えた」と夫が妻である自分よりも姑の肩を持つことをきっかけに、夫婦関係に大きな亀裂が生じているのです。

子どもが思春期に入る以前に喧嘩の解決がなされていれば大きな問題になることは少ないのですが、依然として喧嘩が続いている場合には、子どもは親の夫婦関係と嫁姑関係の両方に巻き込まれてしまいます。すると、親離れをして将来に向かって自分自身を作りあげていく、という子どもの心の発達にも影響を及ぼします。

嫁のいけた花をトイレに移動させる姑

 40代前半のA子さんは「中学2年生の息子が心配で」と一人で来院しました。A子さん家族は4年前から姑と同居するようになりました。結婚前から「将来姑とは同居したくない」とA子さんは夫に伝えていました。しかし舅が亡くなると、夫は姑を呼び寄せて一緒に住むことを一人で決めてしまったそうです。A子さんがそれを知ったのは引っ越しが差し迫った頃でした。「夫に抗議しても『仕方ないだろう。年老いた母親を一人にさせておけない』と取り合ってもらえなかった。経済力がないから従うしかなかった」とA子さんは今でも怒りがおさまらない様子で話を始めました。

 同居してしばらくたつと、姑はA子さんが作った夕食を「栄養バランスが良くない」とか「味付けに深みがない」と言って寿司の出前やレストランのデリバリーを頼むようになりました。そして「あなたもこっちを食べなさい」と夫にも勧めていたそうです。A子さんが夫に文句を言っても「美味しいものを食べられるからいいじゃないか。うちの母親は今まで美味しいものしか食べてこなかったから多目に見てくれよ」と姑を庇い、A子さんの気持ちを汲む言葉はありませんでした。

 また姑は夫が出勤するときには玄関まで送りにきて、傘やハンカチを渡し、帰宅時には鞄を持ったり背広を脱がせたりお世話をするため、A子さんは妻の座を奪われたように感じていたそうです。姑に対してだけではなく、何も言わない夫にも内心激しい怒りを感じていました。

 毎日我慢していたA子さんでしたが、ある日リビングに自分の好きな花を飾ると、「地味な花はリビングに相応しくない」と姑はその花瓶をトイレに移動させてしまいました。帰宅した夫に文句を言うと、「悪気があるわけじゃないんだよ。華道をやっていて花に詳しいから」とまたしても夫が姑を庇ったため、A子さんはとうとう堪忍袋の緒が切れてしまいました。

 「私とお義母さんとどっちが大事なのよ」とA子さんは夫に迫りましたが、夫は「今まで育ててもらった恩があるから母親を無下にできない」と答えたそうです。A子さんはその言葉を聞いた瞬間頭に血が上り、何も言わずに息子の手をひいて実家に帰ったのでした。日頃から両親の言い争いや、嫁姑の棘のあるやり取りを見聞きしていた息子は家の中で何が起きているのかについてよく理解していました。A子さんの手を握り、「僕がついているから大丈夫だよ」と慰めたそうです。その時「息子はなんて優しくて頼りになるんだろう。私の気持ちを誰よりもわかってくれる。私よりも姑を大事にするような夫なんかもうどうでもいい。これからは息子と生きていこう」とA子さんは決意しました。

 数日後夫はA子さんと息子を迎えに来ました。そして姑と今後について相談したことをA子さんに伝えました。つまり、1階でA子さんたち家族が生活し姑は2階で生活すること、食事など基本的な生活は姑と別々にする、ということです。これ以上A子さんと姑の仲がこじれると自分自身にも更に火の粉が降りかかってくることや今回A子さんの実家に連れて行かれたことで、学校を休むことになった息子にも悪い影響を与えてしまうことを夫は心配していたのです。A子さんは夫が自分の話を聞かずに姑とだけ話し合いをしたことに怒りを感じましたが「今後一切姑と関わらない」と宣言した上で、息子のためにすぐに家に戻ることにしました。

嫁姑問題に巻き込まれ伝言係をする息子

 さて、A子さんの家は2世帯住宅の構造ではありません。玄関もお風呂も一つしかありません。A子さんはばったり姑と家の中で顔を合わすことを避けるため2階の物音に耳をそばだてて生活するようになりました。それを見ていた息子は「僕が様子を見てきてあげる」と2階に行って、姑の入浴時間や外出の予定を聞いたりするようになりました。

 父親はA子さんと姑の争いに巻き込まれることを恐れ、家庭から距離をとるようになっていたため「僕がお母さんを助けなければ」と息子は姑とA子さんの間の調整役割を引き受け、A子さんはますます息子を頼りにするようになりました。しかし「ちゃんとお母さんからまともなご飯を食べさせてもらってるの?栄養摂らないと大きくなれないからね」と祖母から母親に対する嫌味を聞かねばならず、A子さんからは「おばあちゃんからいじめられた。でもパパがママよりもおばあちゃんを大事にするからこんなことになってしまった」と祖母だけではなく、父親への不満も聞かねばならなくなってしまいました。更に、A子さんは自分のせいで祖母と孫の関係が壊れることについては罪悪感を抱いていたので、息子に姑の悪口を言いながらも、「あなたには関係ないからおばあちゃんとは仲良くしなさい」と息子が自分の代わりに姑と良好な関係を築くことを求めていました。A子さんも父親も祖母も、自分の都合ばかり考え、家庭の中で息子が矛盾に満ちた辛い役割を担っていることに気づくことができませんでした。

「いい加減にしろ」と部屋にこもりだした息子

 小学生の間は母と祖母間の伝言係をし、また母親の不満のはけ口となってきた息子でしたが、中学生になると「宿題がある」「友達とオンラインでゲームする」などと言ってそれを避けるようになってきました。

 ある日曜日、いつものように「おばあちゃん何時にお風呂に入るか聞いてきて」と言われた息子は、なかなか2階に行こうとしません。しびれをきらした母親が「明日朝早いんだから早く聞いてきてよ」ときつい口調で息子をせかすと、「そんなに気になるなら自分で聞きに行けばいいじゃないか」と言い返しました。その時ちょうど父親がゴルフから帰宅したため母親の怒りは夫に向かいました。「あなたはゴルフで楽しんで、何で私だけこんな目に遭わなきゃいけないのよ」「仕事なんだから仕方ないだろう」と大声での夫婦喧嘩が始まりました。それを聞いていた息子は「そんなに喧嘩ばっかりするならお前ら離婚すればいいじゃないか。仲が悪いなら全員バラバラに暮らせばいいじゃないか。お前たちもばばあも大嫌いだ。いい加減にしろよ。」と叫び自分の部屋に入ってしまいました。その後息子は家族とは口をきかず部屋にこもりがちになってしまったそうです。

 A子さんはその様子を話しながら、「息子がこうなったのは私のせいなんです。私が息子を頼りにし過ぎてしまって」と涙ぐみました。

伴侶から得られない満足を子どもから得ようとしてしまう

 結婚するときには「この人となら幸せになれるに違いない」とか「私を理解してくれるのはこの人しかいない」などお互い相手に期待をもつわけです。その期待というのは、それまでは十分に叶わなかったけれど、今度こそ叶えたい、叶えてもらいたい、という願望です。しかし、そのような大きな願いが100%満たされることは殆どなく、多かれ少なかれ裏切られることになるわけです。A子さんは夫が自分を一番大切にしてくれることを期待して結婚しましたが、当初夫はA子さんよりも姑を優先したため、それは叶いませんでした。A子さんのように、伴侶から得られなかった願望を、今度は子どもに託し、子どもがその願望を満たしてくれることを知らず知らずのうちに期待してしまうことはしばしば見受けられます。子どもはその結果、「親の期待に応えなければ」という重荷を背負わされて自分自身の人生を歩めなくなってしまうことがあるのです。

息子として夫として母親をとるのか妻をとるのか

 息子として母親をとるのか、夫として妻をとるのか。このことが、夫婦関係に影響しているケースは多々あります。息子として夫として母親と妻を同時にかつ十分に満足させることはかなり困難と言えるでしょう。

 A子さんの夫はその後、息子に精神的な負担をかけていたことを反省し、姑との調整役割を自分が引き受けることにしました。そして、夫婦で話し合い、息子のためにまずは夫婦関係を立て直すために両親カウンセリングを受けることを決めました。特にA子さんは過去の姑からの嫌がらせとその時の夫の態度についての怒りがおさまらず、その話が毎回繰り返されました。

 私は夫に対しては「なぜ自分の母親の欠点が見えにくいのか、もしくはなぜ母親に物が言えないのか、それがA子さんにどのような気持ちを引き起こしているのか」考えていくことを勧めました。同時にA子さんにも「なぜそんなに姑のことが気になるのか、なぜ妻としての自分に自信がもてないのか。なぜ夫の行動が改善しても姑にこだわってしまうのか」について考えていくことを勧めました。ここから先に進むためにはかなり多くの時間を必要としました。

 一方息子は、「母親を自分が守らなければならない」という気持ちについてカウンセリングで話すようになりました。そして嫁姑関係や夫婦関係は、父と母と祖母の問題であり、本来、母親を守るのは父親の仕事であること、自分は勉強や部活、友達関係など、中学生としてやるべきことをやっていく必要があることをカウンセラーの助言を得て理解していきました。

子どもの思春期問題は夫婦の再契約の機会

 どんな家庭でも嫁姑問題やそれに準ずる争いは大なり小なりあるのが当たり前かもしれません。大切なことは、その争いに子どもを巻き込まないことです。また、深刻な嫁姑関係は結局のところ、夫婦関係の問題であると言えることも多いでしょう。ですから、子どもが心の問題を抱えた時に、親は子どもからみて安心できる夫婦関係を作っていくことが大切です。子どもの思春期問題は夫婦の再契約の機会でもあるのです。

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

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