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チャ・ジュンファンの『マイケル・ジャクソンメドレー』 世界選手権銀メダルをもたらした名作

沢田聡子ライター
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

マイケル・ジャクソンの曲を使ったフィギュアスケートのプログラムは数多く存在するが、その中でも今季チャ・ジュンファンが滑ったショートは屈指の名作だろう。シェイ=リーン・ボーン氏の卓越した振付が、華やかなジュンファンの魅力を十二分に引き出した。

何よりも、プログラムのスタートが抜群に格好いい。スタートポーズを解いたジュンファンがぐんぐん伸びるスケーティングで滑り出し、音の空白部分で4回転サルコウを決める。歌声が入るのは着氷後で、男声のボーカルが流れる。ジュンファンが再び助走に入り、跳ぶスケーターが限られている3回転ルッツ―3回転ループを降りると、今度はコーラスが歌い始める。曲とジャンプが交互にプログラムを盛り上げていく構成にボーン氏のセンスの良さが感じられ、観る者は胸を躍らせずにはいられない。

スピンを挟んで始まるのは『Billie Jean』に乗ってムーンウォークをするというある意味“お約束”の振付なのだが、ジュンファンの洗練された身のこなしによるものか全く陳腐さはなく、「待ってました!」という喜びさえ感じる。

『Billie Jean』の有名なメロディに乗り、ジュンファンはクールな仕草をしながらジャッジの前を横切っていくが、その時にみせる伸びやかなスケーティングは絶品だ。容姿端麗で手足が長いジュンファンは表情の作り方も上手で、人を惹きつける。

ただこのプログラムの質を本当に高めているのは、ジュンファンの優れたスケーティングに他ならない。この『マイケル・ジャクソンメドレー』は、ジュンファンが所属するクリケットクラブで受けているスケーティング指導の素晴らしさを改めて感じさせるプログラムなのだ。

トリプルアクセルを決め、スピンを終えると、曲は『Smooth Criminal』に変わる。マイケル・ジャクソンは数々のミュージックビデオで優れたダンスをみせてくれたが、個人的には『Smooth Criminal』でのダンスがその最高峰だと思っている。このプログラムの最後に『Smooth Criminal』を持ってきて、世界でもトップクラスの表現力とスケーティング技術を持つジュンファンにステップシークエンスを滑らせてくれたボーン氏に、心から感謝したい。ジュンファンがジャッジの方を振り向くようにしてフィニッシュポーズを決めると、いつもプログラムが終わってしまったことを残念に感じる。

今季の初めからこのプログラムには見入ってしまう魅力があったが、北京五輪の翌季という難しさもあってか、なかなかクリーンに滑り切ることができなかった。ジュンファン自身も、歯がゆかったのではないだろうか。

しかし、ジュンファンは3月に行われた世界選手権にきっちりとピークを合わせてきた。緊迫感の漂うさいたまスーパーアリーナのリンクで『マイケル・ジャクソンメドレー』を完璧に滑ったジュンファンは、銀メダルを獲得することになる。

どんなに良い振付のプログラムでも、ジャンプを失敗すると雰囲気が崩れてしまい、本当の魅力は伝わらない。フィギュアスケートのプログラムには、滑るスケーターの調子によって名作となるか否かが決まってしまう難しさがある。ジュンファンが世界選手権という大舞台でミスなく滑り切ったことで、この『マイケル・ジャクソンメドレー』は真の傑作となったといえる。

韓国チームのキャプテンとして世界国別対抗戦(4月)に参加したジュンファンは、再び日本で競技会のリンクに立っている。東京体育館で滑った『マイケル・ジャクソンメドレー』は、自信と余裕によるものか、さらに見応えの増した極上のプログラムになっていたように思う。

ライター

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(フィギュアスケート、アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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