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豚コレラ騒動でもあまり話題にならない皮革製品はどこへ行くのか?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
かつて革ジャンは若者の憧れの的であった。(写真:アフロ)

 私たちが食べる豚肉はブタの筋肉である。ブタ1頭をと畜すれば、当然、筋肉以外の部位(副産物=内臓や皮など)も産出される。あまり話題になることが多くはないが、こちらも重要な産業製品だ。このところの豚コレラ騒動で、「ワクチンを接種して非清浄地区になると移動が制限される」等々、豚肉の動向がマスコミを賑わしている。では、副産物の動向はどうなのか一般社団法人日本畜産副産物協会の伊藤剛嗣専務理事に話を聞いた。

■ブタの皮が市場に出るのは日本くらい

 かつて動物の皮はいろいろなところで使われた。靴・鞄・家具・衣類・車の内装等々・・・・いずれも皮革製品は「高級品」として扱われていた。車のシートの革張りや革ジャンに憧れた人も多かったのではあるまいか。

 ただし、高級皮革製品の原料の多くは牛革だ。ブタはウシに比べて毛が太いために、皮の毛穴がブツブツと目立つ。そのため、皮製品にしたときに見た目がよくないので「高級品」としては扱われない。靴の裏側など、目立たないところに使われていた。

 また、ブタの皮にはウシの皮とは異なる特殊性がある。ウシの皮は、基本的に「食べられる」ことがないので、牛肉を食べるためにと畜をすると牛皮が必ず市場に提供される。しかし、ブタの皮は世界的にみると「食べられる」ことが多いので、豚皮としてはあまり市場には出回らない。

 例外的に日本ではブタの皮を食べる食文化が育っていないために、豚肉を食べようとすると必然的に豚皮が産出されることになる。日本では、沖縄地方でラフテーという豚の皮付き料理があるが、それ以外の地方ではブタの皮はあまり食用にはされない。日本は、ブタの皮が製品として市場に提供される珍しい国なのだ。

■世界の豚皮(原皮)流通量の7割は日本産

 

 昭和40年代(だいたい1960年代)くらいまで、日本では皮革産業が盛んであった。なめしから皮革製品の製造まで、多くの人が関わっていた。日本で製造する牛皮(年間約100万頭分)だけでは間に合わず、その10倍(1000万頭分)の牛皮を輸入していた。当然、牛皮だけだはなく、豚皮の加工も発達していた。

 しかし、皮の加工(なめしなど)は強い臭いが発生したり、処理する際に使う薬品が環境を汚染したりする、などの理由で、日本国内では事業をしにくくなった。よくあるケースだが、皮革の加工産業は、しだいにアジア地区などに移っていった。現在、日本国内ではなめしなどはほとんどといっていいくらい行なわれていない。

 ただし、盛んであった時代の皮革加工技術はまだ残っている。現在でも日本で生産される豚皮については、なめしの前段階(原皮加工という)までは、日本国内で行ない、原皮をアジア地区(昔は主として台湾、現在は主としてタイなど)に輸出している。

 世界の皮革事情を見てみると、牛革は(牛肉の世界的需要増加に伴って)生産量が増えている。それに対して豚皮は(前項に書いたような食文化の違いで)ほとんどが日本からの産出だともいえる状態だ。世界の豚皮(原皮=皮の脂肪等を除去して塩漬けにした物)流通量の約7割は日本産といっていい。

 日本は大量の豚の原皮を輸出している。

■皮革全体の需要が低迷し、供給が過剰になる

 このたび、農林水産省は(遅まきながら)家畜豚に豚コレラワクチン接種を決断した。ワクチンを接種すると、日本の豚肉は「清浄国(地域)」であるEUなどには輸出できない。ただ、日本からEUへの豚肉輸出は、元々多くはないので大きな問題にならないことは、先日のこのコラムで書いたとおり。

 しかし、豚の原皮は大量に輸出しているので、豚コレラワクチンを接種することによって多大な影響が出るのではないか? この点を日本畜産副産物協会・伊藤氏に尋ねた。

 「今のところ、輸出量に影響が出てはいません。現在は、日本が原皮を輸出している先は主としてタイですが、タイは豚コレラの非清浄国ですから、それを理由に輸入をストップすることはないでしょう。すでに昨年の9月に日本で豚コレラが発生していますが、その後もタイには継続的に原皮を輸出しています。仮に今後、もしタイが輸入を拒否するようなことがあれば、それは大問題になりますが・・・・」

 それよりも、もっと基本的な問題があるのだそうだ。それは、前項に書いた「皮革の供給過剰問題」である。牛皮が余り気味の上に、それに追い打ちをかけるように非皮革製品の品質が向上している。品質だけではなく、消費者の人気も上がってきているようだ。昔は「合成皮革」といって「本革」よりもワンランク下と捉えられていたのだが、最近では、牛革のコートがダウンジャケットに、あるいは、革靴がスニーカーに取って代わられるようになり、皮革の需要が減少してきている。

 皮革全体の需要が低くなると、豚皮の需要は真っ先に影響を受ける。牛革と比べて圧倒的に流通量が少ない豚皮でさえ供給過剰に陥る。

■ワクチン接種による「風評被害」を防止しよう!

 供給過剰になった豚皮は、必然的に価格が下がる。

 「出荷者に支払っていた豚原皮代金(と場わたし・1頭あたり)は、最近のピークでは180円だったのが現在は10円と、これまでで最低になっています。こんな状態が続くと、日本の原皮産業は潰れかねません。だからといって、日本人が急にブタの皮を食べ始めるわけはないし、と畜によって出てくる豚皮の行き所がなくなってしまいます。国の援助を頼るわけにはいかないし、豚を提供するかたたち(養豚農家など)に負担してもらわなくてはならない事態も生ずるかもしれません」と伊藤さんは懸念する。

 消費者も「自分とは関係のない話」とするのではなく、豚肉と同様に豚皮の動向にももう少し関心を持つべきである。

 今後、日本国内でも「ワクチンを接種する地区」と「ワクチン接種をしない地区」とが生ずることはほぼ間違いがない。ワクチン接種をした豚は、基本的に、体内に抗体ができて豚コレラには感染しない。ワクチンを接種してもその豚肉や豚皮の安全性は確保されている。消費者は、間違っても、ワクチン接種をしない豚を求めたりしないように留意したい。

 「ワクチン接種したブタの肉や皮は安全ではない」というような風評被害が広がると、いずれそのつけは(価格の値上がりや商品の不足というような形で)消費者に回ってくる。冷静で、科学的な対応をしなくてはならない。

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食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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