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「ゲノム編集食品」の拙速な市場流通は、必ず消費者の混乱を招く!

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真のマダイは養殖ですが、ゲノム編集食品ではありません)(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

■遺伝子とゲノムの違いがわかる消費者はほとんどいない

3月25日のこのコラム遺伝子組み換えゲノム編集の違いについて、ごく簡単にご紹介した。読めばご理解いただけると思うが、両者とも、基本的には「人工的にゲノムに操作を加える」という点では同じである。遺伝子組み換えのほうは「他の生物の遺伝子を持ってきて加える」のに対して、ゲノム編集のほうは「もともと持っている遺伝子を変更する」という違いがある。

筆者の受け取り方は別にして、専門家から見るとこの2つの技術は、もしかすると「似て非なる物」なのかもしれない。しかし、消費者(専門家以外の人間)には「似たような科学技術」に見える。その2つに対して「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」という、まったく異なるニュアンスの名前を付けたのはなぜなのだろうか!?

これも「もしかすると」なのだが、専門家からみると「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」というのは、それほど特別なものではなく、耳にしただけでその内容がすんなりと理解でき、しかも、その内容と名前の間にまったく違和感はないのかもしれない。しかし、消費者にとっては両方とも「ほとんどなじみのない言葉」であり、かつ、「名前から中身がまったく想像のつかないシロモノ」である。

一般的には遺伝子ゲノムというまったく違う用語を用いてある以上、まったく異なる技術だと考えるのが普通の思考だ。叱られるのを覚悟でいえば、「遺伝子」と「ゲノム」という言葉から「両者のイメージを思い浮かべることができる消費者」はまずいなかろう。もう少し理解の助けになるような名前を付けられなかったのだろうか?

たとえば「遺伝子組み換え」は「遺伝子組み込み」、「ゲノム編集」は「遺伝子変更」などとすれば、消費者にはまだわかりやすかったのではなかろうか。

■遺伝子組み換えに対する消費者の「無理解」が原因なのか?

素人目には似たように見える2つの科学技術に、まったくニュアンスの違う名前をつけた理由がもう1つ考えられる。これはあくまでも筆者の推測だが、そこには、行政上の(政治的な?)事情があるのではなかろうか。つまり、先に登場した「遺伝子組み換え」技術に対する消費者の無理解だ。

「無理解」というのはあくまでも行政側(あるいは研究者側)からとらえた言葉であり、消費者側からいえばそれは「不安」と表現できる。人は(消費者だけに限らず)「知らないもの・こと」に対しては保守的に接するし、不安を抱き距離を置こうとする。これは生物としての「リスク管理」からみて当然の対応だ。よく知りもしないのに不用意に近づいていたのでは命がいくつあっても足りない。

遺伝子組み換え作物が登場したときに、それまで見たことも聞いたこともなかった消費者が「不信感」を抱いたのは当然といえばあまりにも当然な反応であった。しかし、科学者や行政の立場は違っていた。「遺伝子組み換え技術が科学的に安全である」ということを示せば“誤解”は解ける、とタカをくくっていたのではないだろうか。

この、最初の「すれ違い」が今でも尾を引いていると、筆者は感じている。はじめから「科学的な説明」だけではなく、「消費者の不安に寄り添う対応」ができていれば、現状のようにはならなかったのではなかろうか。同じことが、いま「ゲノム編集」でも起ころうとしている。

■リスコミにおける「同じ失敗」を繰り返してはならない

ゲノム編集技術を使って作られた食品は、2019年の夏にも市場流通される可能性が出てきた。ここで問題になるのは、やはり「安全性」だ。厚生労働省は「すべてのゲノム編集食品に安全性審査を義務づける」のではなく、「一定の条件(これは筆者の表現)を満たしたゲノム編集食品は安全性審査を必要とせず、国への事前届け出だけでよい」とする方針を打ち出したようだ。

この「一定の条件」というのはなかなか説明が難しいのだが、基本的には「外部から遺伝子を加えないケース」と「外部から遺伝子を加えるケース」とに分類する【※下記】。その上で、前者は「審査の必要なし」とし、後者は「審査の必要あり」とするようだ。

前者を「審査の対象」から外すのは、国際的な基準であるカルタヘナ法との整合性をとるためと、外部から遺伝子を加えないケースでは「ゲノム編集をしたか・しないか」の検証ができない、という理由のようだ。わからなくもない。

しかし、カルタヘナ法は環境への影響に対する基準だ。食品安全にスライド適用すべきではないのではなかろうか。また、検証法は「科学的方法」だけではなく「社会的方法」もある。本気になって取り組めば、検証法は必ず見つかるはず。

「科学だけに頼っていては(仮にその手法が正しくとも)消費者の理解は得られない。その結果、社会が混乱する」ということを、行政や科学者はBSE以来のリスコミで、さんざん学んできたはずだ。その失敗をまたも繰り返すつもりなのだろうか?

■食品安全委員会に「自ら評価」を進言する

日本の「食品安全」は、長い間の試行錯誤を経て、「思想信条、賛否両論はあるとしても、科学的根拠としては食品安全委員会に任そうよ」というところまでようやくたどり着いた・・・・と筆者は理解している。

ゲノム編集作物の研究・生産・管理等に関しては、農林水産省がカルタヘナ法に則して管理すればよい。しかし少なくとも「市場流通するゲノム編集食品」に関しては、厚生労働省がその安全性検証を食品安全委員会に諮問すべきだ。食品安全委員会は、それを受けて速やかに検証し、その結果を答申する。少なからぬ時間を要するだろうが、結局は「それが早道」だと信ずる。

「ゲノム編集はレベル1(カルタヘナ法のSDN-1)だから、安全性の審査が不要」ということは、「遺伝子組み換えは危険性が高いから安全性の審査が必要である」ということの表明だと受け取る人もいるはずだ。遺伝子組み換え技術(や食品)に対してもさらなる悪影響を及ぼすことになるだろう。

もし厚生労働省が諮問をしないのであれば、食品安全委員会は、これこそ自ら評価の対象として、安全性審査を実行することを進言したい。

【※】

ゲノム編集操作を3段階レベルに分類し、「外から何も組み込まない」のをレベル1(SDN-1)として、これは審査の必要がない。「外から遺伝子を持ち込むけど後で削除する」のをレベル2(SDN-2)とし、「外から持ち込んだ遺伝子を組み込んでしまう」のをレベル3(SDN-3)として、この2と3は審査の必要があるとする。詳細は【下記】を参照のこと。ちなみに「遺伝子組み換え」はレベル3に相当する。

https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000494346.pdf

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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