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「トランス脂肪酸低減」マーガリンは安心か?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■トランス脂肪酸に関する風評被害

コレステロールや中性脂肪など、脂質はわかりにくい物が多く、それ故に誤解されることも多い。

トランス脂肪酸もその1つだろう。

トランス脂肪酸は、もともと、脂肪を構成する化学成分である脂肪酸の1つ(より正確にいうと「トランス型という1つのタイプ」)で、天然の脂肪にも含まれている。

本来、専門家(?)しか使わない類いの専門用語なのだが、トランス脂肪酸の認知度は「なんとなく知っている」を含めると約8割にも達しているらしい

ここからは私の推測だが、その「なんとなく知っている」の中身はおそらく「なんとなく体に悪そう」ということなのではなかろうか。

典型的な風評被害の1つ、と私には思える。

もちろん原因はある。

今世紀のはじめころ、冠動脈疾患(心臓病の1つ)が多発する欧米でトランス脂肪酸の過剰摂取が問題となり、規制する動きがあった。

日本はそういう状況ではなかったのだが、トランス脂肪酸のことを「食べるプラスチック」などと非科学的な表現をする人たちが出現した(と私は記憶している)。

その後、FDA(アメリカ食品医薬品局)がトランス脂肪酸を「一般に安全と認められるものから除外する」という発表を行ない、それから一挙に「トランス脂肪酸害悪説」が広まった。

このときFDAが「一般に安全と認められるものから除外する」としたのはトランス脂肪酸ではなく「部分水素添加油脂」だったのだが、このことは後述する。

■日本人がトランス脂肪酸を制限する理由はない

コレステロールにしろトランス脂肪酸にしろ、健康との関係を述べる場合にはつねに「質」と「量」の両面から検討されなければならない。

しかし多くのケースでは、「○○(食品や成分)が××(病気)の原因となる」という「質の話」ばかりが強調され、「○○をどのくらい摂取すると××に悪いのか」という「量の話」が置き去りにされる。

トランス脂肪酸に関しても、欧米人を対象にした研究から、虚血性心疾患等を予防するために「トランス脂肪酸の摂取量を、総エネルギー摂取量の1%未満とする」ように勧告されてある。

ちなみに、米国人のトランス脂肪酸摂取量は平均で「総エネルギー摂取量の2.6%」(EUでは「0.5~2.1%」)で、勧告されてある「1%未満」をオーバーする。

そのため欧米でトランス脂肪酸を制限することは理にかなっている。

一方、日本ではどうか。

日本人のトランス脂肪酸摂取量(エネルギー比)は「平均で0.3%」である。

そして、日本人を対象とした研究で「トランス脂肪酸の過剰摂取が虚血性心疾患(その他の疾患をも含めて)に悪影響を与えている」というものはまだない。

トランス脂肪酸をとりすぎてはいない日本人が、欧米人と同様にこれを制限する理由はないといえよう。

■お菓子作りに欠かせないマーガリン類

ここでトランス脂肪酸がどんな食品に含まれているかを見てみよう。

一般消費者によく知られているのはマーガリン類【※】(以下「マーガリン」と略)だろう。

マーガリンは、大昔(ナポレオンの時代ともいわれている)バターの代用品として、植物油から作られた。

植物油(の多く)は常温で液体なのでパンに塗りにくいし、風味もバターとは異なる。

そこで、製造工程段階で「植物油の化学構造の一部分に水素を添加する(これを「部分水素添加油脂」という)」という化学的処理をほどこし、常温で固体状にしてバターの代用品としたのがマーガリンだ。

原料費も安いし、柔らかさを調整したりすることが容易にできる。

マーガリンの1種・ファットスプレッドはサクサク感やパリパリ感をさらに出しやすく、香料などを加えることができるので、菓子類やパン類にかなりの量が使用されている。

これが(欧米では)トランス脂肪酸の過剰摂取につながっている。

基本的には、消費者個人が「食べすぎないように気をつければいいこと」なのだが、それでは過剰摂取が解消しないことから、FDAは2015年6月に、トランス脂肪酸が多く含まれる部分水素添加油脂は、食品の使用に関しては「一般に安全と認められるもの」から“3年後に”除外する、という発表を行なった。

その“3年後”が今年(2018年)の6月に訪れようとしている。

おそらく、あとひと月もすれば(また)「トランス脂肪酸害悪説」がマスコミに登場するだろうと推察する。

■消費者の「安心」のためにトランス脂肪酸を低減

日本の食品メーカーもこのこと(今年の6月にはトランス脂肪酸害悪説が流布されるであろうこと)を推測して(?)すでにテを打ち始めた。

マーガリンの大手であるM社は、自社のすべてのマーガリンを「部分水素添加油脂不使用」とすることを発表した。

マーガリンの製造過程で生ずるトランス脂肪酸をゼロにする。

これまでは、植物油に水素を添加してマーガリンを作っていたのだが、新しい商品では「水素を添加」するのではなく、「パーム油などをブレンド」して固さや味や風味を調整することにしたようだ。

FDAの規制もクリアするし、消費者庁の意向にも沿う商品となった。

ちなみに、パーム油をブレンドすると飽和脂肪酸が増えてしまう可能性があるのだが(パーム油は飽和脂肪酸を多く含むので)、M社の新ブレンドマーガリンは「トータルで飽和脂肪酸が増えないように考慮」してある。

もちろん、食品メーカーとしてはFDAや消費者庁に合わせるのが目的ではなく、今回の新商品開発は「消費者ニーズに合わせた商品作り」に違いない。

マーガリンメーカー各社は「トランス脂肪酸害悪説」以来、マーガリンの売り上げ減少に悩んできたので、マーガリンからトランス脂肪酸を低減することに、長年取り組んできた。

おかげで、日本産マーガリンのトランス脂肪酸含有量は、けっして高くはない。

そこに、今回の「部分水素添加油脂不使用」マーガリンの登場である。

もし、マーガリンのトランス脂肪酸が気になる消費者がいたら、これはオススメだ。

M社も、消費者に「おいしさ」と「安心」をお届けします、とPRしているし、商品にも「部分水素添加油脂不使用」「トランス脂肪酸量の低減」を表示する。

■かえって風評被害を広げることにならないか?!

ただし冷静に考えてみると、先述したように、そもそも日本人のトランス脂肪酸摂取量は健康を害するほどには高くない。

加えて(これも先述したように)日本産マーガリンのトランス脂肪酸含有量はけっして多くはない。

このような状況下で、本当に「マーガリンのトランス脂肪酸低減」が必要なのだろうか?

もし「過剰に摂取すると健康を害する成分はできるだけ少なくするほうがよい」ということになると、ほとんどすべての成分(食品)の摂取量を可能な限り少なくしなければならなくなる。

なぜなら、ほとんどの成分(食品)は「過剰に摂取すれば健康を害する」といえるからだ。

この論理を突き詰めて実践すると、栄養不足に行き着いてしまう(極端にいうと「食べる物がなくなる」)。

百歩譲れば、消費者には選択の権利があるので、「トランス脂肪酸の少ないマーガリン」を買いたいという人のために、そういう商品を提供するのが食品企業の役割であるのかもしれない。

しかしその場合でも、「トランス脂肪酸含有量が少ないマーガリンのほうが安心だ」というPR戦略はいかがなものか。

部分水素添加油脂不使用のマーガリンを開発したとたんに「トランス脂肪酸は過剰に摂取した場合に心臓病のリスクを高める可能性があると言われています」と喧伝するのは、今まで風評被害に苦労してきた側が、風評被害を広める側に回ることになるのではないかと、懸念する。

【※】

マーガリンよりも水分含有量が多く、香りや油脂以外の原料(チョコレートなど)を加えることができるものがファットスプレッド。食用油脂の含有量が80%未満のものがファットスプレッドで、80%以上のものをマーガリンという。現在市販されているマーガリン類の多くは、じつは、ファットスプレッド。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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