Yahoo!ニュース

消費者の利益と食品産業振興の両立のために、 加工食品の原料の原産地表示はどうあるべきか。

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■中間報告の期限が近づいて検討会の流れが急転換した

食品表示法がスタートしてから1年以上が経過し、様々な問題点が浮かび上がってきている。その1つが加工食品の原料原産地をどこまで表示すればいいのか、という問題。これに関しては平成28年1月からひと月にほぼ1回のペースで「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」で議論し続けている。しかし、できるだけ詳しく知りたいという消費者、実行可能性に無理があるという食品加工事業者や流通業者、国産であることを消費者に知らしめたいという生産者・・・・それぞれの思惑が入り乱れて、なかなか結論に至らない。

しかし、この検討会にはタイムリミットがあり、秋までには「中間報告」を出さなければならない。中間報告とはいっても、実質上は「最終結論」である。私はこの検討会をたびたび取材してある(このコラムでも報告をしてある【※1】)。平成28年8月23日に第7回の検討会が開催された。あいにく前回(第6回)の検討会を傍聴できなかったのだが、第7回は私の予想を覆すスタートとなった。

加工食品の原料原産地表示は、現在施行されている食品表示法に規定がないわけではない。加工食品の中でも、消費者から「知りたい」という要望が高い22食品群(たとえば乾燥きのこ類、調味した食肉、衣をつけた魚介類等々)と4品目(農産物漬物、野菜冷凍食品、うなぎ蒲焼き、かつお削り節)については、原料の原産地を表示するように定められてある。この検討会は、対象品目を拡大する必要があるのか、拡大するとすればどの範囲まで広げるのか、現実的に可能な表示法にはどのような方法があるのか、監視や罰則はどうするのかなどを議論するための検討会だ。

少なくとも第5回目まではその方向で議論が進められてきた。立場の異なる委員たちが議論するので、遅々として進まないという状況ではあったが・・・・。しかし、第7回の検討会はいきなり「すべての加工食品に原料原産地を表示すること」アリキで始まったのだ。「対象とする加工食品の範囲を広げるのか?」「広げるとしたらどこまでなのか?」という議論が吹っ飛んでいる。この点に関しては、私が傍聴しなかった第6回の検討会で決着をみたのだろうか?

第6回の検討会を傍聴した知人に聞くと、どうもそうではないらしい。第6回の冒頭に提出された「事務局案」で、唐突に、「すべての加工食品に」原料原産地を表示すると書かれていたようだ(このあたりの事実関係は議事録【※2】で確認していただきたい) 。

■「輸入又は国産」という表示にどんな意味があるのか?

この「変貌」には政治力学が働いているようだ。平成28年3月末に行なわれた自民党の「農林水産業骨太方針策定プロジェクトチーム」の会合で小泉進次郎農林部会長が「すべての加工食品に原料原産地を表示する」ことを打ち上げた。どうやら、これを受けて、それまでは民主的(?)に議論を重ねてきた検討会の流れが一挙に傾いたようである。

というわけで(?)第7回の検討会は「すべて」の加工食品に表示することが大前提となって開始された。「すべての加工食品」に原料原産地を表示することは、実行可能性から「とうてい無理」だということは、これまでの検討会で事業者から説明があり、検討会委員もそのことは了解してある。そのため「具体的な表示方法については大幅に妥協しなくてはならない」ことも承知の上だ。

そこで検討事項として上がっているのが「可能性表示」や「大括り表示」だ。可能性表示というのは、原料の原産地となる可能性がある国を全部表示してしまう、という方法。たとえば「A国又はB国又はC国又はD国」となる。ただし、そう表示してある食品の原料原産地が実際には「A国とB国」だけということもあり得ることになる。「うそ表示」にはならないが、きわめて不正確な表示である。

大括り表示のほうは、たとえば「輸入」とか「国産」という表示になる。大括り表示と可能性表示を組み合わせることもできるので、原料原産地の表示が「輸入又は国産」となることもある。これが「消費者が求めていた表示」なのだろうか。この表示から消費者はどんな情報を得ることができるのだろうか。

委員からは「このような表示を容認しなければ実行可能性がない」ということは、そもそも「すべての加工食品に表示する」こと自体が無理だからではないだろうか、やはり、これまで何度も議論してきた(そして、結論が出てない)「すべての加工食品に表示することが本当に適切かどうか」に戻って議論すべきではないか、という指摘がなされた。当然といえば当然であろう。

しかし、ここで、検討委員会の座長【※3】から驚くべき発言があった。「今回(第7回)は述語の部分を検討する会議なので、主語の部分に関する議論は控えてもらいたい」という趣旨の発言だ。つまり、何を(主語)どうするか(述語)のうち、「何を」の部分は「すべての加工食品」と決定しているのだから、「どうするか」だけに限って議論したいということ。これには、意見を述べた委員も唖然としていたのだが、座長のかたくなな(言葉は丁寧ではあるが)態度に押された様子。

■「表示制度に関する検討会」はいつから「表示を拡大する検討会」になったのか?

その後の会議は、座長(と事務方?)の思惑通りに述語部分の検討に移っていった。しかし、どうしても主語(何を)の部分を議論せざるを得ない局面に至ってしまう。たとえば、「実行可能性」からみて、やむを得ない場合は原料原産地の代わりに「中間加工地表示」も致し方ないのではないか・・・・という案も出てくる。加工食品の原料の原産地がA国とB国とC国であっても、加工地がA国であるならば(原料の原産地は表示せずに)「加工地A国」と表示すればそれでも「可」とするものだ。これは、消費者が求めているものとはほど遠い表示なのではないか。

消費者の要望が強くかつ正確に表示が可能な加工食品に限って原料原産地を明示するという(現行制度に近い)案も検討すべきではないかという意見も、必然的に、出てくる。このとき座長はさらに不適切な(これは私の感想だが)発言をして、その意見を門前払いにした。「この検討会は、すべての加工食品に原料原産地を表示することを議論する検討会だ。これを念頭に置いて議論を進めていただきたい。それをしないのであればこの検討会の意味がないので解散してもいい」という趣旨の発言をした。

議論が進展しないことにいらだつ座長の気持ちは理解できなくはないが、確認するまでもなくこの検討会は「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」だ。いつから「すべての加工食品に原料原産地を表示する検討会」になったのだろうか?! あまりのも乱暴な発言であり、進め方である。

秋までに(もう秋だけど・・・・)中間報告という名の結論を出さなければならない検討会なので、政治的圧力の影響を強く受けたまま進むのであろうが、私たち消費者としては「何を求めていたのか」を冷静に見つめ直す必要がありそうだ。このままだと、制度の成立後にわかることは「原料の原産地がどこなのか」ではなく、加工食品の原料の原産地が「特定の国ではないこと」くらいになりそうである。

実は、消費者が意思を表示する方法はパブリックコメントを提出することだけではない。もう一つ「購買によって意思を表す」という手段が残されている。原料原産地を法律で義務づけることは「最低限の加工食品だけ」にして、あとは事業者にゆだねる。そしてそれが不十分でありかつ消費者の意に沿わない物であれば「購入しない」という方法もある。「すべての加工食品に表示を義務づける」制度は事業者に大きな負担を強いることになるだけではなく、無理が講じて不正確な表示を誘発する危険性もある。

一方で、この制度をかろうじて守れるのは大手事業者であって、中小・零細の事業者にとっては致命的ともいえるほどの負担を負わせることにもなりかねない(違反したときの罰則が大きい)。ここで検討されている制度が、本当に消費者の合理的な食品選択の確保に資することになるのかどうか、そして食品生産の振興に寄与することになるのかどうか(これも食品表示法の目的の1つ)、いま一度考え直してみるべきなのではないだろうか。

【※1】

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20160415-00056634/

【※2】

http://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/other/kakousyokuhin_kentoukai.html

【※3】

森光康次郎(お茶の水大学大学院教授)

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

佐藤達夫の最近の記事