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アメリカでは科学技術の進歩が「農業への女性の進出」をあと押ししたようだ。日本でもそうなるのだろうか?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■農業は女性にとって辛く厳しい仕事である

リケジョはもとより、農業女子、畜産女子など、働く女性が注目されている。ただ、先週のコラム(下記)でも少し触れたが、女性労働者の「持ち上げ方」が尋常ではないところに、経営側の「身勝手さ」を感ずるのは私だけではあるまい。もちろんそれだけではなく、女性労働者の増加には、社会構造の変化、女性の能力と意欲の向上、男性の意識の変化等々、様々な要因が考えられる。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20150831-00048950/

そんな問題を考えるきっかけになる「講演&パネルディスカッション」が、9月1日、東京都港区で開催された。在日アメリカ合衆国大使館とくらしとバイオプラザ21の共同主催。テーマは「農業と女性」で、「女性の立場から農業を話そう」というサブタイトルがついている。

基調講演は米国の農業経営者、パム・ジョンソン氏。アイオワ州の農家の6代目で、全米トウモロコシ生産者協会前会長など、数々の農業関連団体の役職に従事してきた女性。農村振興や未来の農業者育成及び支援など、現在でも広く活躍している。

私は、米国というと(少なくとも日本よりは)男女の立場や権利が平等で、農業においても女性は昔からガンガン働いている、というイメージを抱いていた。しかし、日本でいえば全中のコメ部会(そんな部会があるかどうか知らないが)会長にもあたる全米トウモロコシ生産者協会会長という要職に就くパムさんでさえ、結婚前そして結婚してしばらくは農業ではなく看護師として働いていた。

それくらい、アメリカといえども、農業は「男性の仕事」だったのだ。その主たる理由は「農業が力仕事」だったからに他ならない、とパムさんはみている。頭脳労働者として、あるいは精神労働者として、女性が男性と引けをとらずに務めたとしても、肉体労働者としては男性と肩を並べて仕事をすることはできない。「それほど、農業は辛く厳しい仕事だった、少なくとも私の祖父母の時代までは」とパムさんは言う。

■科学技術の進展が女性の農業参加を「あと押し」した

アメリカで、女性が農業に従事することができるようになるには、男女差別をなくす社会的環境、本人の努力、家族の理解、夫の協力など多くの条件が整ってきたからであろう。しかし最も大きな変化は科学技術の進歩であるというのがパムさんの分析だ。科学技術の1つは農業の機械化、2つめは化学肥料と農薬の改良である。

パムさんは、祖父母の時代の農業はまだ機械化が進んでおらず、農業は男でさえもネをあげるほどのきつい仕事であった。父母の時代になって大型の機械が導入され、ようやく広大なアメリカの農地を有効に利用できるようになった。パムさんの時代には、超大型のコンバインやトラクターを扱うことができれば、女性であっても男性とほぼ対等に働くことが可能になった。

また、アメリカ農業では(これは世界中のどの地域で同じだが)大きな労苦を伴う「雑草」と「病害虫」への対策が、きわめて重要である。化学肥料と農薬のめざましい進歩が、女性の就農環境を飛躍的に向上させたとパムさんは確信している。それでも、女性が農業に従事することのハードルは、まだまだ高いのだそうだ。

しかし二十世紀の最後に実用化してきた新しい農業科学技術=遺伝子組換え技術が、この問題の解決の大きなポイントになったようだ。

農業の機械化が進み、農薬が開発されても、米国の広大な農地の除草や害虫駆除は、消費者の想像もつかないほどに大変な時間とエネルギーを費やす。その労苦を大幅に減らしてくれる遺伝子組換え農産物(GMO)の実用化は、女性が育児や家事をしながら農業に従事できる可能性を飛躍的に向上させたのだと、パムさんは力説する。

GMOの生産になって気になるのは「安全性」であったそうだ。たとえ農作業が楽になったとしても、自分たち生産者にとって、そしてお客さんである消費者にとって、安全性は確保されているのかどうか、という問題だ。

パムさんは、すでに長年GMOに取り組んでいる当事者として、自分たちの安全性に関してはまったく問題がないと実感している。ただし「GMOを食べる消費者にとっての安全性は(自分はその専門家ではないので)専門家者の評価を見てほしいが(※)欧米諸国において、GMOの安全性は証明されている」とパムさんは考えている。

これからの農業は、世界の食料不足に対応する義務がある。そのためには女性のエネルギーも最新の科学技術も総動員しなくてはならないだろう。その状況は米国であっても日本であってもかわりはない、とパムさんは締めくくった。

■論点を絞るべきではなかったか

このコラムに関しては、お詫びをしなくてはならないことがある。当日、パムさんの講演は英語で行なわれた。同時通訳がついたのだが、日本語で聞くのとは、やはり、理解度に差が生ずる。私の「勘違い」があるかもしれない。もしそういうことがあったら「文責」は私にある。

また、当日の「進め方」にも若干の問題があったであろうことを指摘しておきたい。タイトルは冒頭に書いたとおり「農業と女性」であったが、じつは、パムさんの講演の2/3近くの時間は遺伝子組換え技術の話に費やされた。しかし、第2部のパネルディスカッションの2/3近くは「女性が農業に携わることの大変さ」に関する議論であった。

この「食い違い」が、聴衆(私も含めて)の理解を妨げたのではないかと危惧する。せっかく米国からパムさんを招いたのであるから、「女性の農業参加と科学技術の進展」というようなタイトルにして、論点を絞るべきではなかったろうか。

(※)パムさんは「参考サイト」として下記のURLを紹介した(いずれも英語)が、ここではうまく表示できないようだ。

ただし、直接入力すれば開くことができる。 

[ www.gmoanswers.com]

[ www.geneticliteracyproject.org]

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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