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ドウデュースで凱旋門賞の前哨戦ニエル賞に臨む武豊とキズナの前哨戦での逸話

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
今週末のニエル賞に出走するドウデュースと騎乗する武豊騎手(フランスにて撮影)

武豊とニエル賞

 今週末、フランスのパリロンシャン競馬場で凱旋門賞(GⅠ)へ向けたプレップレースが行われる。本番と同じ競馬場、同じ距離2400メートルで、3歳限定のニエル賞(GⅡ)、古馬のフォワ賞(GⅡ)、そして牝馬限定のヴェルメイユ賞(GⅠ)が施行されるのだ。

 今年は4頭の日本馬が世界最高峰のレースに出走を予定しているが、前哨戦に使うのはドウデュース(牡3歳、栗東・友道康夫厩舎)だけだ。このダービー馬とタッグを組む武豊騎手は9月6日の火曜日に現地入り。ニエル賞に備えている。

フランス入りし、ドウデュースを見つめる武豊騎手(手前)
フランス入りし、ドウデュースを見つめる武豊騎手(手前)

 武豊とニエル賞というと、過去にはキズナでの勝利が思い出される。

 2013年、天才騎手を背に日本ダービー(GⅠ)を制したキズナは勇躍、凱旋門賞に挑戦。前哨戦としてニエル賞に出走した。レースは10頭立てで行われた。比較的早目にゲートへいざなわれたキズナは、ヨーロッパ特有ののんびりした枠入れに、長い間、ボックス内で待たされる事になった。日本馬の応援隊は皆、不安そうな表情を見せたが、そんな心配を他所に、武豊は考えるところがあった。

 「本番はあくまでも凱旋門賞ですからね。前哨戦ではどのくらい我慢が出来るのか、あえてゲートの後入れなどのリクエストは出さなかったんです」

 自分が秤にかけられているのを知ってか知らずか、キズナは一発で回答を出す。

 「長く待たされてどうかと思ったけど、ゲートの中でボロをするくらい余裕がありました」

 と、武豊。

 スタート後は後方、10頭立ての8、9番手を追走する形になったが、直線では外から進出。途中、本場イギリスのダービー馬ルーラーオブザワールドを内へ閉じ込めながら自らは番手を上げるという日本のナンバー1ジョッキーの狡猾な手綱捌きもあって先頭に躍り出た。最後にそのルーラーオブザワールドに迫られただけに、天才騎手の手綱捌きが光ったレースとなり、ハナ差しのいでの勝利となった。僅かハナ差でも「勝った」という感触を得た鞍上だが、レース直後に思いもしない声をかけられたと述懐する。

13年ニエル賞は、勝利したキズナ(ゼッケン8番)他、大接戦のゴールになった
13年ニエル賞は、勝利したキズナ(ゼッケン8番)他、大接戦のゴールになった

接戦の勝利を確信していた(?)男

 「(ルーラーオブザワールドの)ライアン(ムーア)が『僕が差し切った』と言ってきたんです。『勝ったと思ったのに、差されちゃったかぁ……』という悔しい思いで引き上げてきたら、やっぱりこっちが勝っていたと聞かされ、ホッとしたのを覚えています」

 ライアン・ムーアといえば世界中でGⅠを勝っている名手である。そんな名ジョッキーをしても間違うほどの大接戦だったのだが、実は1人だけ、勝利を確信していた男がいた。

 キズナを管理する佐々木晶三調教師だ。

 「ゴールした瞬間に勝ったのが分かったから、大喜びして万歳しながら武豊君を迎えました」

前哨戦を勝ち満面の笑みの佐々木師(右から2人目)
前哨戦を勝ち満面の笑みの佐々木師(右から2人目)

 更にはスタッフや関係者、皆のところへ駆け寄った。

 しかし、実はこの話にはオチがあった。

 「スタンドから見ていたのですが、立っていた位置の関係でルーラーオブザワールドが全く視界に入っていませんでした。だからハナ差の接戦になっているとは全く気付いていなくて、楽勝だと思っていたんです」

 喜び勇む自分と、周囲との温度差におかしいな、と感じていた佐々木が「血の気が引いた」というのは帰国してからだった。日本に帰ってから初めてゆっくりレースのVTRを見直した佐々木は、この時、初めてルーラーオブザワールドがキズナの内から猛烈に迫って来た事を知った。

 「ビックリすると同時に差されないで良かったと思うと、冷や汗が流れました」

ニエル賞でのキズナ
ニエル賞でのキズナ

前哨戦と日本馬のデータ

 こうして現地でひと叩きされたキズナだが、本番の凱旋門賞では残念ながら4着に敗れた。ちなみにこの時、勝利したのはもう一つの前哨戦であるヴェルメイユ賞を勝利したトレヴで、2着も前哨戦のフォワ賞を勝っていたオルフェーヴルだった。

13年のフォワ賞を勝ったオルフェーヴルは本番の凱旋門賞でも2着に善戦
13年のフォワ賞を勝ったオルフェーヴルは本番の凱旋門賞でも2着に善戦

 更に言えば日本調教馬で凱旋門賞を2着した延べ4頭、すなわちエルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルの2回はいずれもフォワ賞をステップに本番に挑んでいた。逆に言うと、日本で実績がありながらもロンシャンで勝ち負け出来なかった馬はディープインパクトを筆頭にフィエールマンやメイショウサムソン、タップダンスシチーに昨年のクロノジェネシス等、いずれも凱旋門賞をフランス初戦に選んだ馬達だった。

 今年、凱旋門賞に挑戦する日本馬は先述のドウデュースがニエル賞に使う他、ステイフーリッシュ(牡7歳、栗東・矢作芳人厩舎)が8月28日にフランスでドーヴィル大賞(GⅡ、2着)を叩かれたが、タイトルホルダー(牡4歳、美浦・栗田徹厩舎)とディープボンド(牡5歳、栗東・大久保龍志厩舎)はいずれもぶっつけで世界の頂点を目指す。3ケ月以上の休み明けで凱旋門賞を制した馬はもう半世紀以上出ていないが、果たしてその壁を日本馬が打ち破れるのか? 前哨戦をステップにするドウデュース・武豊の手綱捌き共々、注目したい。

ニエル賞の走りが注目されるドウデュース
ニエル賞の走りが注目されるドウデュース

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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